「ふるさとを探す旅」がリストに追加されました。

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兎追ひし かの山
小鮒釣りし かの川
夢は今も めぐりて
忘れがたき 故郷

如何にいます 父母
恙なしや 友がき
雨に風に つけても
思ひ出づる 故郷

志を はたして
いつの日にか 帰らん
山は青き 故郷
水は清き 故郷

誰もが一度は歌ったであろう童謡「ふるさと」です。この歌を聞くと、きっとそれぞれの故郷の光景や家族に思いをめぐらせ共感できるからこそ、時代を超え、今なお歌われ続けているのでしょう。

私は、毎年帰省ラッシュのニュースをTVで見ると、何とも言えない感情に襲われます。それは私の心にはポッカリと穴が空いていることを直視せざるを得ないものです。父親の仕事の関係で、引っ越しばかりしていたので、私には「ふるさと」と言える場所がないのです。

「ご出身はどちらですか?」とか「実家はどちらですか?」という良くある質問ですが、私にとっては返答に窮する非常に難しい質問です。出生地ということであれば大阪府豊中市になるのですが、出身地となると・・・どこと答えれば良いのかわかりません。実家にいたっては、父母の住所も電話番号も知りません。息災か否かすら不明です。

この歌の情感、この歌の景色が私にはイメージできないのです。故郷が無いということは、身軽で良い反面、拠り所がない、糸の切れた凧のような気持ちにもなります。嬉々として帰省する実家のこと、故郷のことを語る同僚がとても羨ましく感じます。

だから、私のSomeday/Maybeリストに【「ふるさと」を見つけ出す】という項目があったのですが、今日、家内とこの項目について話していたら、
『いつか二人でキャンピングカーに乗って、日本中を回り、私たちにとっての「ふるさと」を見つけよう!』
と私の心の穴を塞ぐ方法はとても楽し気な計画に姿を変えて、何だかラクになりました。

故郷のある方も、故郷の無い方も、来年がより良い年になりますように!!
来年も宜しくお願いいたしますm(_ _)m

あなたのマナーは大丈夫?-書評-『平林都の接遇道』

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「あなたは人に対して、相手に届く礼を尽くせているか」これがこの本の主題です。本になるきっかけになったらしい、フジテレビ「エチカの鏡」で著者の特集を組んだときのDVDを家内が借りてきてくれたので見たのですが、確かに教え方はとっても厳しい。ちょっと引くぐらいの厳しさです。しかし、著者の厳しさは理由もなく高圧的に言っているのではなく、心底理解して欲しいからあえて言っているんだなぁと思えるものでした。

私も新卒で入った会社では、マナー研修を受け、外部のマナー研修にも数回参加したことがありますが、この本を読むとただただ恥じ入るばかりです。その頃の研修資料を見直してみたのですが、まぁ、できていないことできていないこと。

さすがに社会人生活も長いですから、最低限の部分はできているだろうと思っていましたが、本書で解説されている、「ちゃんとした礼」ができていないことは、ちょっとしたショックでした。私の会釈は会釈じゃないし、私の礼は礼ではありませんでした。ただ頭を下げれば良いものではないと頭では分かっていても身体が分かっていないということを痛感させられました。

辞書を引くと接遇とは「もてなし・接待・あしらい」とありますが、著者はもっと重い意味合いのある言葉だと言います。曰く、「仕事場はあなたの舞台」なのだから、「清掃と身だしなみ」を徹底し、「礼と挨拶と言葉遣い」に神経を配り、「自ら行動すること」でその言葉を裏付け、お客様に「残る満足」を与えなければならない。なぜなら「企業は「できない人」で評価され」てしまうのだから。接遇ができているかいないかで、企業の評価も自らの評価も大きく違ってしまうのだと。

道徳や礼節、躾というものは、誰もが家庭で学校で教わったものだと思いますが、本来はここまで徹底しないと身につかないものなのだと再認識させられます。

病気のせいなのか、それまで比較的得意だった人と相対することが今では大の苦手になってしまいましたが、交渉上手の営業マンの様なトークやカッコよいプレゼンはできずとも、身だしなみや仕草、挨拶、言葉遣いに気をつけることによって、少なくとも「アイツはちゃんとしたヤツだ」と思ってもらえるようにはできるかもしれないと、少し勇気をもらえました。

さらっと読める本ですが、日頃の自分の振るまいを念頭に置いて読むと、意外と多くの気づきが得られる一冊だと思います。

My GTD System!-RTM×Moleskin×iPhone-

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GTDをどうすればより良く運用できるかと試行錯誤して早数ヶ月。タスク管理にはRemember The Milk(以下RTM)を使うコトに決め、有料会員になりました。私の場合、どうやってGTDを機能させているのかご参考になればこれ幸い。

<相棒の道具たち>
・モレスキン手帳+ペン
・iPhone
 主力アプリ
 「.Sched」
 「RTM」
 「Evernote」
 「Dropbox」
・Googleカレンダー
・RTM
・クリップボードに留めたA4裏紙

<INBOX>
とにかくGTDの肝は「安心して忘れられるツールを決めること」だと思います。色々調べた結果、RTMが一番使い勝手が良さそうだし信頼できるツールだと思ったので、RTMの受信箱にドンドン追加していきます。この時点ではカレンダー・ToDoリスト・プロジェクトリスト・Someday/maybeリストといったことは気にせずとにかくぶち込みます。

★INBOXの整理は日次レビュー(後述)で行います。

<物理上のINBOX>
会社のデスクには3段トレーを置いているので、上段をINBOX、中段をWait、下段をリファレンスとして活用してます。
自宅には2段トレーを置いていて、上段をINBOX、中段をWaitとしています。
自宅でも会社でも紙や雑誌などの媒体は基本的にサッと読んでして、重要なところだけSCANした上で廃棄していますので、ココが溢れるようなことはまずありません。

<E-Mailの受信箱の処理>
会社のWindowsPCではジャストシステムのShurikenを使っています。これは迷惑メール排除機能がやたらめったら優秀だから。受信箱に届いたメールは1時間に1回くらいの割合で確認して、その場で対応してしまいます。よくメーラーの受信箱がいっぱいという文章を読みますが、何故か、私のE-Mail受信箱が未処理メールで溜まるということは発生しません。1日60〜70通くらいは届くんですけどねぇ・・・今度良く分析してみます。

<プライベートか仕事なのか>
INBOXに入ったタスクはプライベートなのか、仕事なのかを明確にするため、RTMのリスト機能を使います。リストの先頭にプライベートなら「pv(Privateの略)」、仕事なら「work」とつけるようにします。
例えば、プライベートで毎日するタスクだったらリスト名は「pv_daily」ですし、仕事で繰り返し行うようなタスクだったら「work_routine」に入れてリマインダ設定をしておくという感じです。(仕事のルーティンワークはGoogleカレンダーにもリマインダ設定してます。)

<カレンダー(アポ)>
営業では無いので、外出予定などはほぼ無いのですが、たまに来客があったりします。ですので、INBOXにあるものがアポイントならば、Googleカレンダーとモレスキン手帳と2カ所に書き込みます。完全に2度手間ですが、iPhoneが使えない時のための保険なのでこれは仕方なし・・・。

尚、iPhoneのスケジュールアプリは「.Sched」を常用しています。このアプリとても優秀で、縦のときは月間表示、横にすると週間バーチカル表示!になるという優れもの。もちろんGoogleカレンダーとのSyncもバッチリ!操作性も安定性もなかなか好調です!個人的にはオススメ!詳しくはコチラをご参照ください。

<〆切りのあるタスク>
〆切りが明確に決まっているタスク(Project化するまでも無い程度だったり、手慣れたものだったり)は〆切りをやはりGoogleカレンダー(リマインダ設定必須)と、モレスキン手帳に記入。さすがに〆切りを忘れるのは何としてでも避けたいですからね。

<すぐタスク>☆ココが特殊!
私の仕事は"すぐ"アクションを起こす必要があるタスクが大半を占めます。タスクが投げられたら即時、打ち返さねばなりません。完全にタスク管理術の掟破りですが、とにかく速度最優先なので、要点を手元のA4裏紙にメモする程度で、とにかくスタート!他のものは一旦ペンディングとします。概ね20分〜30分強程度のタスクが最近は多いですね。この要点を記したA4裏紙は後述の日時レビューの時に使用して、廃棄します。

<日次レビュー(職場)>☆ココも特殊!
日次レビューというのはこの「すぐタスク」を管理するためにやっているといっても良いものです。仕事終わりに業務日報を必ず書くので(私は1日の仕事終わりのタスクを日報作成としていて、絶対に当日に出すことをポリシーとしています)この時を利用し、Googleカレンダーに先ほど使ったA4裏紙に書いた「すぐタスク」を入力し、どういうタスクにどの程度時間を取られたのか確認しておきます。これは同じようなことが投げられた時、確実に打ち返せる構えを取るためですし、自分がどれだけのタスクを一日でこなせるのか見積もれるようになるのに効果的です。と同時にINBOXの振り分け作業、プロジェクトの見直しも行い、明日やるべきことの確認をしてスッキリ退社するようにしています。

<Project>
問題はココです。複数のアクションを求められるProjectの管理が確立していないが故に、「すぐタスク」にかまけて、Project管理が疎かになる傾向がありました。ここからがRTMの本領発揮!

まず、RTMのリスト機能を使ってリストをProjectの分だけ作成します。そして『Projectのゴール地点を見失わないように』ちょっとした設定をします。例えば「Aという規格を来年10月に取得する」というProjectがあった場合、ゴール地点は当然「規格取得」ですから、RTMのリストの直下に「000_ゴール!2010年10月に規格の取得」と記入します。最初に「000」を入れるのはそうしておくと、常に最初にゴールが表示されるからです。これでゴールを見失って迷走することは避けられます。

こんなイメージです。

[work_規格取得]
 「000_ゴール!2010年10月に規格の取得」
 「企画書マニュアルを買う」
 「凡そ必要な文書量を算出」
    他

[pv_家内の実家に行く]
 「000_ゴール!100102実家に行って新年の挨拶」
 「手土産を買う」
 「手土産を何にするか相談する」
    他
 
後は、そのゴールに必要そうなことをタスクとしてドンドン追加していきます。順序はこの時点ではひとまず無視です。

GTDのちょっとした落とし穴だと思うのですが、週次レビューの際、NextActionだけを見直すので、全体が見えなくなることがあるように思うのです。その為、とにかくこのリストを見れば、ゴールは必ず目に入るようにしました。週次レビューの際にも全体を俯瞰して、足りない部分があれば補足していけるので、抜けの防止にもなります。

<関所タスク>
順序無視でProjectに加えたタスクですが、「この稟議が通らないと次の行動は起こせない」という要所にあたるタスクが存在します。こういうタスクを私は『関所タスク』と呼んでます。プロジェクトに必要なものを(とりあえず)全部書き出した後に、ザックリと工程を考えます。関所に当たる部分には"タグ"を使い、『関所』というタグを振り、その順序を頭に001,002,003と振って、今、全体のどのあたりに居るのかをわかるようにしておきます。

[pv_家内の実家に行く]
 「000_100102実家に行って新年の挨拶」
 「001_手土産を何にするか相談する」"関所"
 「手土産を買う」
   他

<NextAction>
次にプロジェクトの直下にあるタスク群から、どうやってNextActionを決めるのか?これはそのリストの中で今取りかかれることを見つければ解決です。先のケースで言えば「規格取得のマニュアルを買う」が当たりますね。ここでも”タグ”を使います。私の場合『次はコレ』というタグを作って、取りかかれることに『次はコレ』タグを付けてやっつけていくように管理しています。コレは明瞭です。見落としようがないですから(笑)

[work_規格取得]
 「000_ゴール!2010年10月に規格の取得」
 「企画書マニュアルを買う」"次はコレ"
 「凡そ必要な文書量を算出」
    他

<連絡待ち>
ボールが相手にあり、その返事待ちのものには『wait』タグをつけて、相手に振った日付をタスク名の最後にYY/MM/DDの形式で書き込んでおきます。週次レビューの際に見直して、ちょっと時間がかかりすぎているようなものは、催促のタスクを加えます。

[pv_家内の実家に行く]
 「000_100102実家に行って新年の挨拶」
 「手土産を買う」
 「手土産を何にするか相談する」(←これは済んだものとして下さい)
 「家内のチョイス待ち_091224」"wait"
    他

<コンテクスト>
「今、ここでできること」のリストがコンテクストですが、コンテクストという言葉がイマイチわかりづらい。私は「場所で全てのタスクを串刺し検索したもの」と理解しています(合ってる?)とすると私の場合基本的に3カ所しかありません。

『@home』『@work』『@buy_or_wants』これだけです。家でやることなのか、職場でやることなのか、買い物かです。実際は『buy_or_wants』もリスト化してしまっているので・・・コンテクストという串刺しリストはあまり使っていません。

とは言え、今後必要になった時のために用意はしています。後々@青山とか@中目黒とかを用意する必要があるかもしれないので。

このコンテクスト管理には、RTMの「場所」機能を使うことにしました。家と職場、あとは一番出やすい池袋の3箇所を登録。タスクリストに「場所タグ」を振ってあげておけば、ソートできますので、コンテクストの役目を果たします。池袋は買い物リストになるわけです(笑)

現在のタスクから一部を書くと・・・

・年賀状を出した人のリストを作っておく@home [自宅]
・協力会社にお礼メールを送る@work [職場]
・ブーツを買う@buy_or_wants [池袋]
・台所の蛍光灯を買う@buy_or_wants [池袋]←実際は近所の量販店

という感じです。

買い物は何も池袋とは限りませんが、自宅の近所で買うものも、都心に出ないと買えないものも広義には買い物ですから、一緒くたにしてます。この辺は今のところかなりアバウトに管理しています。

<Someday/Maybeリスト>
これはそのものずばり『Someday/Maybe』というリストを作り、そこにガンガン書き込んでいきます。「マチュピチュに行く」とかね。気が滅入るという人もいるようですが、私は殆ど行ってみたい場所だったり、見てみたい絵画だったり彫刻だったり、やってみたい冒険など欲望ばっかりのリストなので、これ見るのは楽しみだったりします。まぁ、何一つ当分の間、前進できないリストなんですけど、妄想を楽しめるわけです。週次レビューが好きなのはそのおかげかもしれません。

<資料>
業務に必要な資料は最低限。紙資料はSCANしてドンドン破棄するようにしているので、PDFをDropboxに突っ込んでおけば完了。一応プロジェクトごとにフォルダ分けはしています。

凡そこんな感じです。基本はリスト機能でプロジェクトを管理するという非常にオーソドックスなものです。「家と仕事」の2分割を基本として、「buy_or_wants」「ブログネタリスト」それに「work_スキマ時間」「pv_行きたい場所」があるくらいです。この程度なのですよ。私の活動って(-_-)

しかし、これで今のところ充分。会社の自席ではWindowsPCで、会社の検査作業フロアではモレスキン(腰にはiPhone)、出先ではiPhoneで、自宅ではMacでと、どこでもタスクの確認、入力、進捗の確認はできますし、公私に渡ってiPhoneが大活躍な体制を構築しています。

モレスキンの出番がちょっと少ないのでは?と感じるかもしれませんが、カレンダー部分にはアポイントと〆切りの管理が書いてありますし、他はユビキタス・キャプチャーやブログネタを書き留める為に使うので、実は縁の下の力持ちとして、こっそり活躍してくれています。最近はユビキタス・キャプチャーももっぱらiPhoneのEvernoteアプリを使って最近はボイスメモとしてぶち込んでいますが、やっぱりメモするしか方法がないというシーンもあります。何よりモレスキン大好きですしね!

まだそれほどこの仕組みをそれほど使い込んでいるわけではないので、かなり大雑把だとは思います。しかしよ~く考えてみた結果なのですが、管理してやるべきこと、管理してやらねばならないことは、決して多くは無いんじゃないかと思うのです。実際、日次レビューをしていても、リストに入力する前に身体が動いているタスクの多さに唖然とすることもあるくらいです。そういう意味では、『GTD』+『PEP』(『なぜか、「仕事がうまくいく人」の習慣 』)の合わせ技と言えるかもしれません。

何はともあれ、こういう仕組みで少しづつ「安心して忘れられる仕組み」を構築していくことで脳をフリーにし、能動的にこのブログのタイトルでもある「私の人生の意味」を見つけるよう、創造できるようになればいいなぁと2010年も楽しんで試行錯誤しながら取り組んでいく予定です(^^)/

スキマ時間をゲームにするHack!...なのか?

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先般よりごにょごにょ綴っている空き時間についてですが、「別に何も決めなくてのんびりしてても良いのでは?」という基本スタンスではあるものの、空いている時間を無為に過ごすというのはなかなかどうして難しいものです。何かしないと気が落ち着かない性分とでも言うのでしょうか。

かと言って、プライベートのスキマ時間に”やるべきことを決める”というのは、どうしても腑に落ちないので、ここはゲーム感覚を持ち込んでみようと考え、1ヶ月ほど前から実践中で、コレが意外に面白いのでご紹介。

やり方は簡単そのもの。「5分箱」なる箱を用意して、週次レビューのときに出てきた、細かい作業。期日も決まっていないけど、少しアクションを起こしたほうが良さそうなものをロディアに書き込み、”裏返し”に入れておくだけ。

ポカッと空いた時間に、「何が出るかな~何が出るかな~♪」という感じで、目を閉じて箱の中から無作為に一つ取り出し、それを実行するというバカみたいなゲームにしたわけです。

しかし、これだけでは、紙片が溜まっていくと、「こんなにあるのか~(-_-)」ということになりかねないので、Someday/Maybeリストの中から野望に近いことだったり、絶対5分でできないだろ!というものをハズレくじとして混ぜておきます。ココがミソ!
例えば、私のハズレくじは
「マチュピチュへ行く(オイ!5分でいけるか!)」
「ガルガンチュア物語を精読(2行で終わるぞ!)」
「モアイを作る(出来るもんならやってみろ!)」
「鼻でスパゲッティーを食べる(のび太か!)」
とかそんなのを入れてます。もちろんそのメモにはツッコミコメントも書いておくことをお忘れなく(笑)

今日の空き時間に引いたくじは写真の通り、「Moonwalkの練習」だったので、MJのDVDを見つつ、練習してました。私は大真面目にやっているんですけど、家内は大爆笑。うむ。不思議だ。こんな身近に素敵なMoonwalkerがいるのに笑うとは何事だ!ということはさておき、こんなちょっとしたことでも、楽しくちょっと贅沢にスキマ時間を使えると思います・・・たぶんね!

雑感ー「受難の世代」と呼ばれるか「礎を築いた世代」と呼ばれるかー

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村上龍著「希望の国のエクソダス」にポンちゃんという中学生が国会議員に尋ねるシーンがあります。
「要するに、誰を真似すればいいのか、みたいなことが全く分からなくなってしまっているわけです。政治家とかどうなんでしょう。いいからおれを真似て生きてればいいんだ、みたいなことを言う政治家の人っているんですかね?どうですか?みなさん」
(中略)
「今の政治家の生き方を真似ろ、今の政治家のように生きればいいんだと、なぜぼくらに向かって大きな声で言えないんですか?サイトウ先生、いかがですか?」
このワンシーンは、常に私の中心的な位置にある問いです。

確かに昔は大人のお手本が居たと思うんです。例えば白洲次郎。今、白洲のようにダンディズムを体現したような人、あるいは吉行淳之介のようなもうちょっとモダンで軽やかなダンディズムを見せてくれる人、思わず見とれてしまう着こなしの人。ちょっとした仕草がカッコイイ人。働く背中がカッコイイ人。バーの片隅で飲んでいて様になる人。葉巻が似合う人。万年筆と原稿用紙が似合う人、モーニングやタキシードが似合う大人。和服姿が粋な大人。「俺のマネをしろ」と言われなくても真似たくなる、カッコイイ大人。憧れる大人、お手本としたい大人。生き方が素敵な大人。価値観が素敵な大人。こういった生き方のモデルが不在だと思うのです。これら「モデルとなる大人」不在の世代だというのが、今の私たちの立ち位置だと最近つくづく思います。

モデル不在の世の中になった背景はいくつも考えられます。

経済的な面では、皆一丸となって成長、成長、成長を追及した成長社会が頂点を向かえ、今は下降もしくはこなれてきたということなのかもしれません。あえて美化した言葉を使うなら成熟社会に入ったとでもいうのでしょうか。

目標とすべき豊かさの象徴たるアメリカ型社会、全日本国民が超えることを目指した超大国アメリカが崩れてしまったことも一因かもしれません。アメリカンドリームに象徴される一攫千金、金こそ正義は崩壊したように見えます。ジェームス・ディーン、ハンフリー・ボガート、フレッド・アステア、マリリン・モンローたちが眩しかった古きよきアメリカは今はなく、もはやアメリカは目標となり得なくなりました。

昔は、謎につつまれていた大人社会の秘密のベールを「情報化」が、白日の下にさらしてしまったことも一因でしょう。昔はあったはずのいくら望んでも、もがいても手が届かなかった、大人だけに許された特権。大人だけに許されたモノ。大人だけの世界。そういったものを学生で容易に入手できるようになってしまいました。わかりやすいのは高級ブランド。ルイ・ヴィトンなんて昔はジャリタレが絶対手にできない大人だけが持てる名品だったのに、今や女子高生や男子学生が平気で持っています。もう大人を大人たらしめるモノがない。もしかしたらそういうことなのかもしれません。

先日、書店の生活雑誌・インテリア雑誌コーナーをフラリと覗いたところ、ある発見をしました。そこには、イギリス・フランス・北欧 etc ヨーロッパ各地のライフスタイルや生活雑貨を取り上げた書籍が並びます。アメリカに関する本は、NYやサンフランシスコなどチョロチョロとありました。しかし日本の暮らし、日本に合う暮らし、こういったものをとりあつかった雑誌が一冊も無いのです。これはどういうことでしょう?

目指すべきアメリカがダメになったら、次に目指すはヨーロッパということでしょうか?何故他国にモデルを求めねばならないのか?日本は世界的に見ても非常に希有な国で、長い歴史と洗練された文化をもった誇れる国では無くなってしまったのでしょうか?

"雑"誌も扱わなくなった日本という国を我々、市井の視点で見なおしてみましょう。
  • 歴史上類をみない巨額の借金まみれの国。
  • 借金してまで食料を輸入しないと食べていけない国。
  • 信念の無い保身しか考えない政治家が先生と呼ばれる国。
  • 口先だけで行動しない評論家がメディアに出まくる国。
  • 横文字だらけの役職を敬わんがばかりの国。
  • いまだに金が全ての経営者が大多数の国。
  • 効率化の元に切り捨てられ職につけない若者がいる国。
  • 教師がわいせつ罪で捕まる国。
  • 子どもが子どもを作っては捨てる国。
  • 人をもてはやした後、堕とすことが使命のメディアがある国。
  • そのメディアが庶民の最大の娯楽とされる国。etc...
これだけの負債をポンと渡されて解決できる術を私たちは持っているのでしょうか?モデルとすべき大人すら不在。他国にモデルを求めざるを得ない状況。そんな中で、私たちは一体何を目標とすれば良いのでしょう?どこに向かえば良いのでしょう?
組織に埋没していて良い時代は終わった。ようやく一人ひとりが独自の価値観を持ち、独立した個性を持った個人として、自由に人生を設計して、自分らしい人生を歩んでいけばよい。
最近、良く目にする指針です。でもこれは、随分勝手な言い草じゃないかと思います。そもそも「自分らしい」とは何ぞや?「独自の価値観」と「独善的」の違いは?「独立した個性」と「変な人」との違いは?「自由に人生を設計する」って耳障りの良い言葉だけれど、今まで図面なんて見たことも書いたこともない人に、いきなりジャンボジェットの図面を書かせるようなものじゃないでしょうか?全てを自分で決めて全てを自分の責任とすることは協調性のない悪いことだと教えられてきた世代に、突然上の世代のケツ拭いの為に、一方的にルール変更を言い渡されても戸惑うばかりです。

「学ぶとは真似ること」そんな言葉があります。今、私たちは真似る対象が不在なのだから、真に学んではいないのでしょうか?

今を懸命にもがいている私たちの世代は、後生からみれば哀れむべき受難の世代とされるのか、未来の礎を築いた偉大な世代と呼ばれることになるのか。少なくとも受難の世代だとリアルに感じますが、後生から、あの世代が今の礎を築いたんだと呼ばれる為に、今必要な事は何なのでしょう?冒頭の『希望の国のエクソダス』では全国の中学生が一斉に登校拒否という行動に出ました。私たちは?一斉に出社拒否でもしてみますか?みんなで暮らしやすい気候の他国へ移民となりましょうか?

あとがきにあるとおり、この小説は『龍声感冒』というサイトの掲示板で起こった議論に端を発しています。私はこのサイトの運営に幾ばくか関与していました。1996年のことです。その掲示板の議論の最中、村上氏は「真似したいと思わせる世代がいない世代の生き方を探しておく必要がある」確かこのような言葉を書き込まれました。当時大学生だった私には何か予言めいた一言に感じました。そして、96年から現在に至るまで答えが出ていません。みなさんの周りはいかがですか?真似をしたい大人(上の世代)がいますか?そして、今の私たちは今の中学生から、どう見られているのでしょう?「三十にして立つ。四十にして惑はず。」立てている実感はないし、あと6年で迷わないようになれるのか甚だ疑わしいものです。「兎角この世は生きにくい」漱石の時代から変わらないことのようですが、今は何だかより重苦しく感じるのは私だけでしょうか。

雑感-認知的不協和の解消と他者の介在、余白の時間と芸術-

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先般書いた「枠だけの真っ白なキャンバスのような時間」という記事に対して、佐々木正悟さん自ら非常に丁寧にあすなろブログで何と2回に渡り考察していただきました。ありがとうございます。その中で佐々木さんは、
お金や本とも似ています。「心理学書を読むもよし、哲学書を読むもよし、マンガを読むもよし」と衝動的に読みたいものを読むことにすると、「以前きわめて読みたかった本」を買ったことも忘れ、書棚の奥に埋もれさせるにまかせ、アマゾンから書籍を5冊も購入したりします。私はこれがイヤになったのです。
とおっしゃっておられます。さらに
「時間はかなり乏しいリソース」であるから、この方針では全部はできないのです」
ともおっしゃっておられます。が・・・え〜と、ちょっと私が言いたかったことと違うんです。別に全部やらなくて良いのです。何もしなくても良いんです。乏しいけれど持っている使える時間は、ムリしてでも何かを決めて、意志的に使わねばならないのでしょうかという疑問なんです。完全にな〜んにもしない時間と言い方でなければ、ぼーっとするとでもいうのか、完全にリラックスのみをしている状態とでもいうのか、やりたいことを気の向くままにやっているだけの時間とでもいうのか、人から見れば有限で乏しい時間というリソースを無駄にしているだけに見えるような時間を「余白の時間」と呼ぶとして、こういう「余白の時間」は不要なのかと疑問に思うと言いたかったのです。

佐々木さんのおっしゃられるように睡眠という「断絶」のせいで所与時間(起きていて意志的に使える時間)は確かに限られた乏しいリソースであるというのはその通りだと思います。では例えば、その乏しいリソースの範囲内で心ゆくまで(起きてから眠くなるまで)無駄に使うという使い方もあるんじゃないか。とか、範囲内で心ゆくまで(起きてから眠くなるまで)現在の自己の判断に身を委ねる時間の使い方もあるんじゃないかと思うのです。

一例をあげます。私には一回り(補足:12歳差)離れた弟がいます。コイツが小さい頃は可愛くて可愛くてしょうがありませんでした。弟が3歳くらいになった頃から、寝るときに読み聞かせをすることをやりたくて始めました。当時、私は中3ですから、受験が迫っています。読み聞かせをしながら「コイツが寝たら、あれをやらなきゃ」などと考えながら読んでいると弟は一向に寝てくれません。真剣に物語を読まないと寝てくれないのです。真剣に読む余り弟と同時に私も寝ているなんてことは日常茶飯事でした。しかし私はこの時間を(寝てしまった時間も含めて)きっと弟の成長の何か役には立ったろうし、私も楽しかったし良い時間だったと思うのです。おかげで第1志望の高校には見事スベりました(^^;)

恐らくこの例を心理学的には、認知的不協和の解消、「これだけの時間を費やしたのだから何か益がなければ嘘だろ!?」という心の動き、「高校受験に失敗しても弟と一緒にいれたから良かったんだ」という自己正当化にあたる心の動きと説明するのだと思います。しかし、読み聞かせていた弟が大人になった今「あの頃、色んな本を読んでくれたのは1日の内で一番楽しい時間だった」と言ってくれています。相手も楽しかったという思いを共有してくれている。他者が介在し、共有しているので、自己の葛藤だけとは言えないですよね?となると単に私の心の内で起こっている認知的不協和の解消というものとは、いささか話しが逸れてくるのではないかと思うのですが、こういうケースはどうなるのでしょうかという疑問が生じました。あの時間は思い込みで良かったのか、真実に良かったのか?どうなんでしょう??

話しは戻って、「余白の時間」です。これがなければ、それこそ生産性と言う観点から見れば、限りなく生産性ゼロに等しい絵画や彫刻や、誰が読むかも不明な小説や、多くの物語は紡がれなかったのではないかとも思うのです。周りからみたら完全に無駄な時間の使い方じゃないですか、芸術なんて。食べれませんしねぇ。

多くの画家が、貧しいまま亡くなっていって、その後ひょんなことから評価され、今やすごい値段が付いていますが、当時は貧しくても何でも、とにかく「書きたいから書いていた」のではないかと思うんです(でなけりゃ職業考えると思うんですよね)。近い例で言えば、J.K.ローリングさんはハリー・ポッターシリーズを最初から仕事として書き始めたワケではないと聞きます。想像を書き落としたくなったから書いて、出版社に持って行って、それがたまたま売れたわけです。う〜〜んと遡って、石器時代の壁画に書かれた動物の絵は、誰かが「この動物は食ったら旨かった」ということをが何とか残そうとしただけなのかもしれません。何より、多分、最初に絵を描き始めた人を周りの人は「何やってんだ?あいつ?」くらいにしか思わなかったんじゃないかと思うんです。むしろ「そんなことしてる時間があるなら狩りに行け!」と思ったかもしれません(^^;)

もっと突っ込んで、ゴッホが『ひまわり』を描く時「よし!明日は右の葉っぱを30分かけて描こう」とか、ゴーギャンが『タヒチの女たち(あるいは、砂浜にて)』を描く時、「左の女性の手をもうちょっと太くするのに1時間はかかるな」とは考えていなかっただろうし、彼らは描くという行為に時間の制約を設けなかったのではないかと思うのです。共に貧しく苦しい生活の中、豊かさを求めたら他のことをしただろうに、なのに絵を描き続け、あれだけの豊かな作品を残した(残せた)のは、それは所与時間の9割9分までを「余白の時間」とし、その時間を「自分が今やりたいこと」=「描くこと」に投資し続けた結果なのではないかと思うのですがいかがでしょう?

昔も今も、ハタからみたら無駄な時間。本人はその時やりたいからやっているだけ、金になるわけでも、誰かの助けになるでも、役に立つわけでもないこと、でもやりたいことをやっている。別に制限時間を設けるでもなく、とにかくやりたいことをやっている時間。別にやりたいことが複数あってたとしても全部やる必要はないし、それらをリスト化して管理する必要性もない、寝て起きてまたそれを続けてやりたければやるくらいの時間の使い方ってのはどうなんでしょうね?やっぱり今の急流のような時間では考えてはいけないことなんでしょうか?

そんなことを、チマチマと考えていたら、そう言えば「現代芸術を代表する芸術家」ってすぐに浮かびませんでしたし知らないことに気づきました。(皆さん思い浮かびます??)現代芸術の代表作家、現代芸術といえばこの人という、偉大な芸術家が現れない所以も意外にこの辺にあるのかもしれませんね。「忙しい心から芸術は生まれない」と恩師も言ってましたし、芸術に関わるにはあまりにも多忙なのかもしれませんね。現代社会は。

以上、つらつらと雑感でした。

愛着品紹介009-現代のガンマンへ捧ぐ。TADY&seeds製iPhoneケース"然"-

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今回はいつもとちょっと違って、つい先日仲間入りした愛着品。激オススメの一品です。

iPhoneを買って一番頭を悩ませたのは「どうやって持ち運ぶか」でした。以前使っていたauの携帯電話はとても小さかったし、ぶっちゃけ無くても困るものではなかったのですが、iPhoneはビジネスシーンでも、プライベートでも常に傍にあって欲しい機器なので、持ち運びをどうするか困りました。

特に問題なのはビジネスシーン。スーツにはあれこれ決まりごとがあります。少なくともシルエットを崩さないようにジャケットのポケットにものを入れないのは基本。パンツも尻ポケットに入れるのはダメ。かといってテーラードのスーツは手が出ないので、ジャケットの内ポケットに工夫をするのも難しい。とまぁ、入れるところはあれど、ほぼ飾りに近いスーツのポケットに収納するには難ありなわけです。しかも私は手ぶら派ですし。

また、会社では(スーツのルール違反ですが)ジャケットを脱ぎ、Yシャツのままのことが多いので、ますます入れておくスペースがなくなります。しかも私のYシャツの多くは胸ポケットはありません。これはちょっとしたこだわりなので。パンツの尻ポケットに入れて、自分のケツ圧でオシャカにするという事例も耳にします(^^;)

残された方法は、ベルトにぶら下げるという方法です。が、これが何故かスーツに合うようなクオリティのものがない!!みんなオヤジ臭いデザインだったり、合皮だったりで安物臭がプンプン。オヤジ臭さ満点なものばかり。何かこう、スーツにも合う、ナイフのシースのような感じの粋なケースはないものかと散々探していた時、yh01さんからTADY&seedsというWebショップを教えていただきました。

ここんちの製品の特徴をまとめると大体以下の通り。
  1. 牛本皮を使っている(断じて合皮ではない)
  2. 熟練の革職人TADYさんが完全受注生産で手作業で製作
  3. 匠の技により仕上げられた製品の堅牢さは折り紙付き
  4. ガンマンの早撃ちに最も適した25度の傾斜のおかげで抜き差しが快適
  5. 特にシリーズ"然"は革そのものの質感を楽しめるシンプルなデザイン
  6. 1個売れるとサハラ砂漠に1本苗木が植えられるという環境面への配慮
  7. 熟練の匠の技を若手クリエーターがWebでPR・販売するという斬新さ
全項目、私のツボに入りまくりです!普段なら実際にモノを見ないとこういうものは買わない私ですが、Webをさっと読んだだけで速攻、注文してました。

そして、1週間ほどして届いたものは「感動を覚える素晴らしい出来栄えの品」でした。ちょっと前にSoftbankがアルマーニデザインのiPhoneカバーを売り出しましたが、あれはきっと使っている内に縫い目がボロってくると思います。理由は角や凸面に縫い目がきてるから。

しかしその点TADYさん作のこのケースは違います。凸面に縫い目はありません。理由は「絞り加工」と呼ばれる特殊な加工で作られているからとのこと(TADYさん談)。この加工方法は非常に手間のかかる加工で且つ非常に高度な加工技術のようです。この絞り加工により柔らかな凸面を楽しめるだけでなく、堅牢さも遥かに向上するわけです。最低でも、iPhoneのバッテリー劣化より先にケースに不具合がでることはないと断言できます!

最初はちょっと硬いんです。でも使った分だけ、日々使い勝手が良くなっていきます。「革が馴染む」とはこのことか!と思わず唸ってしまいました。かといって肝心のiPhoneをホールドする力が弱まることは無く、走ろうがそれこそ逆にしようが、iPhoneをガッチリホールドしてくれます。25度という角度もホントに取り出しやすい。どこにつけていてもスッと取れます。これはちょっとしたマジックだと思います。銃の抜き差しに適した25度は、現代という荒野を生き抜く我々にとっての銃、iPhoneを抜き差しするのにもうってつけというわけです。

さて、肝心のスーツへの相性はどうなのか。正直に言います。"ほぼ"大丈夫です。(一人で着けた姿を取るのは難しいので割愛)私は毎日左斜め後方、パンツの左前ポケットと左尻ポケットの中間あたりに着けています。この辺であればパンツの前ポケットへ手を突っ込むのに邪魔にはなりません。またジャケットのウエストからの広がりに当たる部分なので、トムフォードのスーツのように極端にウエストがシェイプされたスーツでない限り、シルエットへの影響は最小限で済みます。特にサイドベンツのスーツとの相性はなかなか良好。ベントごしにチラッと見えたとしても、この本皮のケースなら「お!」と思われることでしょう。

また、ジャケットを脱いだ姿であってもオッサン臭くなりません!むしろ私の勤め先で一番若い女の子(27歳)は「なんですかそれ!カッコイイ!!」と言ってくれましたし(お兄さんは君の意見を純真な気持ちで素直に聞き入れるよ~。)パートの女性たちにも「随分キレイなケースだねぇ」と言われるくらいなので、女性受けが悪いという男に取って最悪の事態はなさそうです。

また、seeds社の応対にも感動しました。
入金確認が取れた後、届いたメールの文面にはこう有ります。
TADY&seeds立ち上げの背景には、日本社会が中国生産を機軸とする"安さ重視"の流れに向かっている中で、一流の腕を持つ日本の職人が流通上、疎かになっているという、日本のものづくりの根底が揺らいでいる現状に対する問題意識がございます。
seedsでは、本物の腕を持つ職人をWEBコミュニケーションを軸としてPRすることで、日本のものづくりの良さを社会に識ってもらうことを目指しています。
seedsは23歳と24歳の若輩者のチームですが、そんな若いチームだからこそ僕達が日本文化を見つめなおし、日本のものづくりの良さを社会に問う使命に価値があるのではないかと考えております。日本の職人の良さを知っていただくことで、社会が少しでも幸せで心豊かになるよう、今後も努力していく所存です。
素晴らしい!!日本の職人の技術を若いチームがPRするなんて!しかも"知って"欲しいんじゃなくて、"識って"欲しいだなんて!本当に素敵なことだとは思いませんか!?

本当に素敵なチームとTADYさんの確かな腕前。これは激オススメです。

ちなみにこのケースのお手入れ方法をTADYさんにお聞きしたところ、SEIWA社の「保革クリーム」を教えていただき、毎日の手入れは軽くから拭き。週に1回くらい、から拭きの後、このクリームを「薄く」塗ってから、から拭きすればOKとのこと。このメンテを続けることで、革がさらに味わい深く変化していくそうです。将来iPhoneの寸法が変わったり、他に魅力的な端末が出てきたとしても、何かしら用途を探して、愛用し続けたい一品です。

忙しからざる者、人にあらず?と『森の生活』

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私は、多くの大人から「忙しいとは言うな」と教わってきました。「忙しいという字は心を亡くすと書く。心が無くなっては人間ではないから、忙しいのはいけないのだ」とも教えられた覚えがあります。でも、今日、私にとってはもの凄く恐ろしいことが起こり、他の記憶の断片と繋げると妙なものが見えてきました。

GTDで言うところのINBOX、つまりアクションを起こすべきタスクですが、これがゼロになったのです。いや詳しくは、待ち状態の仕事はありますが、私がアクションを取らなければならないタスクがゼロになったわけです。
さて、喜ぶべきこのINBOXゼロ状態で、私が考えたこと。それは

「他に何か仕事ないかなぁ」

だったのです!間違いではありません。"喜ぶべき"INBOXゼロ状態に考えたのは他の仕事を探すことだったのです!気がついてゾッとしました。そこで一端デスクを離れ会議室に籠もり、仕事を探すのではなく、私の気に止まったもののメモの見直しを始めました。雑多なメモの中で目にとまったのは

・E-Mailの出だしはみんな「お忙しいところ申し訳ございません」って書いてある。そんなに忙しくないよ〜。
・TVで見るヨーロッパの人は皆のんびりしてるように見えるけど、アメリカと日本だけは常に忙しそうだ
・ゴミ山で働く少女。大変だとは言ったけど忙しいとは言わなかった。すごい。
・世界屈指の豊かさを得るためには、世界屈指の忙しさが必要なのか?
・「夏休み何したい?」「休みたい」当たり前だろそれ!?休み方を知らない?
・ヨーロッパのお父さんは家でカッコイイけど、日本のお父さんはなんだかなぁ。
・失業中はヒマだったけど、何か後ろめたかった。何でなんだろ?
・Todoリストはいつ頃何でできたんだろう?誰が始めたんだろう?

そして、自分の手帳を見返しました。営業だった頃に使っていたバーチカルタイプのシステム手帳(5年分)を見直したのですが、まぁ、見事にびっしりです。7時半〜20時半まで開いている時間は無し。その後も家でやる仕事の予定がびっしり書いてありました。休日も現場管理の仕事の段取りでびっしり。いつ休んでたんだ私は?

そして、今もまた、まるでびっしり仕事をすることを望んでいるかのように、ぽかっと空いた時間に"他の仕事"しかも自分がやらなくても良いかもしれない仕事を探して自ら入れようとしたわけです。明らかに異常事態だと思います。まるでヒマなことが悪いみたいじゃないですか?

思い返してみてあることに気がつきました。時間管理を扱った本は多く読んできましたが、その多くは「時間が空いていること」ではなくて「時間が空いていないこと」を問題にして、いかに時間を作って、より多くの仕事をこなすかということが書いてありました。もしくは、スキマ時間なる時間ですらもったいないから将来に備えて何か勉強でもしていなさいと書いてありました。

どの著者もこの忙しさへの抵抗法は提示せず、むしろ従順に多忙であることを誇りに思えとでも言わんばかり。メディアを見ても多忙な、その道の達人、睡眠時間も取れない医師の仕事ぶりを諸手を挙げて賛美し、疲労に効くドリンクやクスリのCMがエンドレスリピート。忙しさ=豊かさ。忙しさ=幸せ。忙しさ=正義。言い過ぎを恐れず書くと、これではまるで仕事してない時間、勉強していない時間、ヒマな空き時間を持っている人は罪人であるかのように感じてしまいます。この不安、スキマ時間不安症、空き時間不安症とでも呼ぶべき不安症状に効く処方箋はあるのでしょうか?何もしなくて良い時間というのは本当に要らないものなのでしょうか?

そんなことを考えていたら、中学生の時に読むのを挫折した一冊が脳裏を過ぎったので、今日買ってきました。ヘンリー・D・ソローの『森の生活』です。「私がこの本を書いたのは-正確には多くの部分を書いたのは-いちばん近い人家から1マイルほど離れたマサチューセッツ州コンコードの森に入って、ひとりで暮らした時に」書かれたという言葉で始まるこの本。理解できなかった本リスト(ここでもリストというのが癪ですが!)の2番目にありました。年末年始休み、森に一人で入ったように、中学生の時には手も足も出なかったこの本ともう一度じっくり時間をかけて格闘してみようと思います。時間に追いかけられることもなく、時間を追うこともないウォールデン池の畔のような時間を確保して。どうやらヒマな時間も有意義に使わねばならないようなので(苦笑)

愛着品紹介008-定番三種「鉛筆」「消しゴム」「ナイフ」-

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※数名の方へ。愛着品のメーカー名を間違えるというあり得ないミスしてごめんなさい。

手を使って考えるときには必ず使う3つの道具があります。
「鉛筆」・「消しゴム」・「ナイフ」です。

鉛筆は三菱鉛筆社のuniシリーズの末弟(一番安い)「uni star」を。消しゴムはトンボ鉛筆社の「MONO消しゴム」を。ナイフは会社では「肥後守」、家では「OPINEL No.8」を使っています。

鉛筆の究極は「6Bの黒さで9Hの硬さで滑らか」なものだそうです。つまり、深みのあるしっかりとした黒色と折れにくい硬い芯を両立させ、且つ滑らかな書き心地のものが究極。言うのは簡単ですが、これが非常に難しいのことなのだそうです。三菱鉛筆社はこの究極を追求し、究極に限りなく近い製品を生み出した数少ない会社の1つです。

また、三菱鉛筆の鉛筆は、どことなく日本の伝統を感じさせつつ高級感を醸し出す、茶色とも臙脂色ともつかない不思議な塗り色をしています。(あれは何色というんだろう?)あの独特の色は、ステッドラーのブルー、ファーバー・カステルのグリーンと並んでも全く遜色ありません。

また、商品名の「uni」というネーミング。英語の“unique”に由来し、フランス語では「滑らかな」という意味も合わせ持つ言葉を選択するというこだわり。少し丸みを帯びた優しい印象のロゴデザインも秀逸です。

黒芯の開発以外は日本屈指の工業デザイナー秋岡芳夫氏が手がけた仕事なのだそうです。工業デザイナーでありながら大量生産、大量消費社会に疑問を呈し続け「暮らしのためのデザイン」を信条とした秋岡氏の作品の中でも、渾身の作品のひとつと言って良いだろうと私は勝手ながら思っています。ファーバー・カステルやステッドラーは雑誌などに良く取り上げられますが、暮らしに完全に溶け込んでいるuniが取り上げられることはあまりありません。これぞ「暮らしのためのデザイン」たる証しだと思います。

uniシリーズと双璧をなす製品としてトンボ鉛筆社のMONOシリーズがあります。甲乙付けがたいのですが、単純に秋岡氏が手がけたという一点に於いて、どちらかと言えば私は三菱鉛筆社を支持しています。

鉛筆では私に選ばれなかったトンボ鉛筆社ですが、消しゴムはトンボ鉛筆社の「MONO消しゴム」が最高だと私は思っています。欧米の消しゴムはたとえ有名メーカーのものであっても、とにかく「消えない」のですが、MONO消しゴムであれば「消える」からです。これは、塩化ビニール製のプラスチック消しゴムというのは日本発の技術であり、欧米では今も昔ながらの天然ゴムを主な素材とする消しゴムが作られているからでしょう。日本製の消しゴムと比べて欧米製の消しゴムが驚くほど消えない(日本語の用法正しいですよね?)のは、素材そのものも製造方法も根本的に違うということです。だから消しゴムは日本のものに限ります。MONO消しゴムはその代表格。何よりMONOというロゴを見た瞬間、消しゴムを連想するまでに「暮らしに溶け込んだデザイン」となっていることはスゴイことです。

最後にナイフ。鉛筆削りでゴリゴリ削るのもラクだし好きなのですが、亡き祖父から私が小学校に入学したときに「鉛筆はこれで削りなさい。刃物が正しく使えない男は男じゃない」と肥後守をもらった影響です。鉛筆はナイフで削るものだと結構長い間思い込んでいました。「クラスのみんなの鉛筆はすっごい綺麗に削れてる。みんなナイフの使い方が上手いんだなぁ。練習しなきゃ!」と思ったものです(^^;)

バタフライナイフの事件が起こるまでは、別に持ち込み禁止でも問題でもなく普通に学校でもナイフで削っていました。メンドクサイなァとも思った頃もあるのですが、シャッシャッっと無心で削っている時間を豊かな時間だといつの頃からか思い始めました。あの削られた木と黒芯の、ほのかな香りも好きで何かホッとするのです。まぁカッコイイこと言っても、鉛筆削りの腕前が特別に良いわけでもないことは写真の通りですけどね(^^;)

祖父からもらった肥後守はもう手元にはありませんが、今は少し大振りなものを会社では使っています。オピネルNo.8は元々はアウトドア用に買ったのですが、「フランスの肥後守」と言われるだけあって、安価なのに使い勝手が良いし、デザインもグリップが木製で、日本の肥後守よりずっと家庭的な印象なので、自宅用にしています。ただし刃の付き方が日本の肥後守とは違うので削るのにコツを要するのが難点です。

文具に関する本は良く見かけますが、パッと見はカッコ良くてもいざとなると使えないものも中にはあるのが残念ながら事実でしょう。その点、ロングセラー製品、定番製品というのは一見地味でも、確実に使えるものしか残らないはずですから、実戦で必ず使える信用のおける製品と言い換えることもできると思います。

どうやら私は「お主、地味だが、なかなかちゃんとやりおるの~」という感じの生活に溶け込んだ製品が大好きのようです(笑)

枠だけの真っ白なキャンバスのような時間

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昨晩、ライフハック心理学セミナーで、佐々木正悟さんのタスク管理の一端を教えていただいたきました。自分の行動内容とそれに要する行動時間を見積り、その通りに実行していくというもので(実際奥様を起こすには7分かかると見積もってありました!)非常に合理的だし正論だしスゲーなぁ!と思ったのですが、聞いているうちに、ものすごい違和感を覚えたのです。何故か?

「自分の行動全てに対し、要する時間を見積って、ToodleDo等で管理する」

というのは、「デートの時間」とかそれこそ「夜の営み」とかも時間を見積って、見積りどおりに終わらせるの?という非常に邪で、底意地の悪い疑問が生じてしまったのです(笑)ごめんなさい。

私の場合、就業時間中、つまりは「仕事のタスク」は佐々木さんには遠く及ばないないものの、GTDのワークフローに沿って、大きなトラブル無く、そこそこ順調に短期タスクも中長期タスクも処理できています。(この記事もたまたま職場でのINBOXがゼロになったので、空き時間で書いてます)

しかし自宅に帰ってきてからは全く別。帰宅後の30分こそ「家のタスク処理」として ー スーツと靴の手入れ、床をクイックルワイパーで拭く、洗濯物の取り込み、愛犬のトイレ掃除、DMの処理、レシートの整理、トイレ掃除など ー に充てていますが、それ以降、寝るまでは完全自由時間です。読書するも良し、妄想するも良し、DVDを観るも良し、家内との会話を楽しむのも良し、愛犬を散歩に連れて行くのも良し、ブログを書くのも良し等々。ルーティンなことは何もないし、何をやらなきゃいけないわけでもない時間なので、ざっくり「フリータイム」と呼んでいます。

このフリータイムにやることを細分化してタスク化して時間を見積り、管理するというのが今ひとつわからないのです。それは絵画に例えれば、余白を管理するってことでしょう?自宅でやることって(多少、仕事も)そんな何もかも全部管理するべきなのかなァ?という疑問があります。

きっと自宅で仕事をしている方やSOHOみたいなワークスタイル、ノマドワークスタイルの人は、徹底管理しておかないと公私のケジメがつかないのだろうと思いますが、会社という組織に属していると、余白の無い生活は、真綿で首を絞められているような気分になるだろうと思うのは私だけでしょうか?こんなことをいうと恐らく「その自由な時間を確保するためにタスク管理が必要なんだろ!それでみんな悪戦苦闘しているんだろ!」と言われると思うのですが、時間の捻出法ではなく、時間との向き合い方の問題とでも言えば良いのでしょうか。

その時に「やるべきこと」じゃなくて、その時に「やりたくなったこと」を好きなだけ自由にやっていい寝るまでの時間。管理する時間じゃなくて、自分自身の為の”枠だけある真っ白なキャンバスのような時間”を設けてあげるだけで、ゆったりゆっくり「その時やりたくなったこと」を安心して楽しめるし、リラックスできるし、自分らしく居られるんじゃないかなぁ?そういう時間が重要じゃないのかなぁと思うのですがいかがでしょうか?

蛇足ですが、私の出勤前の時間は完全にルーティンワークです。愛犬2匹の全力タックルを受けて目覚めてからは自然と身体が動いています。(犬ってスゴイですよ。1分と違わないんです。問題はそれが体内時計なのか腹時計なのかです(^^;))考えなくても体調が良ければ7時32分に玄関のドアを開けるところまではいけますので基本的に管理は不要だと思っています。

どうも上手く言語化できず、歯切れの悪い記事でスミマセンm(_ _)m

芸術の効用と、豊かな人生を送る秘訣

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9年ぶりに恩師を訪ねてきました。ものすごく緊張しましたが、いざお会いしてみると何も変わらず朗らかな笑顔で出迎えていただき、一気にホッとしました。

沢山のお話をさせていただきました。9年分の思いの丈をぶつけたと言っても良いかもしれません。でもそれらは前置き。先生はしばらく私の話に耳を傾けた後、「なるほど。今の君に必要なものを教えてあげないといけないねぇ」と言って、書斎から幾つかの書籍や絵画などを持ってこられました。

洋画家、南大路一に師事していた先生は南先生の直筆の絵画や何と唯一という南先生の木版画、南先生に影響を与えたパウル・クレーの小品やレゾネ、浮世絵、小村雪岱の木版画、居間に置いてある彫刻の数々を、中学校の授業と同じように、「これが裏話があってね・・・」と一品一品丁寧に、面白おかしくエピソードを話して下さいました。特に南先生の作品に関しては署名が入っていない若かりし頃のデッサンから最後の最後に描かれたものまで所有していらっしゃるので、さながら美術論の講義を受けているようでした。

「私見をまとめるとね、芸術というのはね、忙しい心からは決して生まれない。貧しい心からも生まれない。それでは人を『感動』させることはできないんだ。たとえば美しい花が目の前にあってそれに気づけるかどうか。貧しく凝り固まった心では気づけないだろう。よしんば気づいたとしてその美しさを相手に伝えることができるかどうか。美しいものを「私はこれをこう美しく感じましたよ」ということを感動を持って、熱をもって伝えられれば立派な芸術活動と言えるんじゃないかな。さて、今の君の心の有り様はどうだろう?すぐそこにある花に気づけるかな?気づけたとして伝えられるかな?」

「君は他の人にはないユニークなものを持っているのに、本当にもったいない。この寄せ木細工を「良い品ですね」と言えるだけの審美眼があるのに、そういう心があるのに、その心を十分に慈しんであげていないように思う。大変な事態、想像を絶するものを見てきたことは痛いほど良く分かった。ただ、そのことに、その心にかけてあげる”言葉”は残念ながら持ち合わせていない。でも芸術は言葉を超越することは知っているから、オリジナルの作品を見せたんだ。一つ一つ丁寧に見てご覧なさい。」

「オリジナルを、本物を、実物を見るというのはとても大切なことだよ。特に痛んだ心にはね。テレビ画面でミケランジェロを見ても、ベルニーニを見ても、レンブラントを見ても、ダ・ヴィンチを見ても、北斎を見ても、広重を見ても、儚いかな、全て一緒だ。感動は得られない。いくらハイビジョンになっても実物とモニター越しに見るものとはやっぱり何か違うんだ。実際に足を運んで、じっくりと本物を見る。そこでの経験や感動が心を癒し、強くし豊かにする。だからしばらくの間でも良いから興味を惹かれた美術展などがあったら足を運んでみなさい。もっともっと心を手入れしてあげなさい。」

そして、最後に3つ秘訣を教えていただきました。

1.結婚生活を長く保つ秘訣。
「ごめんなさいと素直に相手より先に謝る習慣を身につけること」

2.人生を豊かにするための秘訣。
「お金がない。時間がない。忙しい。面倒くさい。この4つを禁句とすること」

3.周りの人も豊かにする秘訣。
「自分の身近な人には必ず感謝を。忘れがちだけど、自分自身にも感謝を。」

勇気を出してお会いして良かったです。何より恩師の笑顔を見られたことが何より心を癒してくれた感じがします。まだまだ教わることは沢山あります。不肖の教え子ながら成長の報告も兼ねて、年に1回くらいは、ちゃんと会いに行くようにしようと思いました。

(※)リンゴの形をした寄せ木細工。聞くところによれば箱根の名工の作とのこと。どうも『日々の100』で紹介されている寄せ木細工職人さんの傑作のようです。「売り物じゃない」というのを強引に買ってきたそうです(笑)本当に素晴らしい、見事なものでした。

愛着品紹介007-伊豆の貝殻-

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人生で初めて、親族以外の人からもらったプレゼントというのを覚えていますか?もしくはいまだに持っていますか?

幸運なことに私の手元には、生まれて初めて女の子からもらったプレゼントがあります。

それが写真の『貝殻』です。

綺麗な小箱の蓋の裏には几帳面に母がこう書いてくれています。

S55.8.20 早川陽子ちゃんからプレゼント
-伊豆の海でひろう。初めて女の子からもらったプレゼント-

昭和55年の誕生日前なので、わずか4歳で女の子からプレゼントをもらったことになります。マセガキですね(笑)父の仕事の関係で引っ越しばかりしていたので、こう書いてくれていても、どこに住んでいた時のことなのかわかりませんし、プレゼントしてくれた早川陽子さんの顔も声も記憶にありません。

しかし、29年経った今も、貝殻はちゃんと貝殻の形のまま、貝殻が割れないようにと敷いてくれたティッシュペーパーも色染みはありますがそのまま、母の書いた鉛筆の文字もそのまま、私の手元に在ります。

幾度となく引っ越しをしているにも関わらず、不思議と無くさず、今も私の手元にあり、小箱の中にちょこんと入っているこの貝殻は私の宝物です。

たまにパカッと箱を開けてみて「どんな子だったんだろうなぁ?」とか「伊豆のどの海でどういう風にプレゼントされたんだろう?」とか、一人であれこれ空想(妄想?)してしまいます。そしてひとしきりそういう空想をした後は、何とも心がぽかぽかしてあったかい気持ちになれます。肩の力が抜けて、ホッとしたなぁと実感できるのです。

子どもの頃の持ち物が手元に残っている人は少ないかもしれませんが、もしランドセルや、上履きや、体操着。道草ついでに拾った石や葉っぱ、少し大きくなってからの交換日記、ラブレター等がもし手元にあれば、たまにで良いので触れてあげることをオススメします。ちょっと触れるだけで、心は過去へフッと旅に出ます。ひとしきりして今に戻ってきた時には、天気の良い日に干した布団を嗅いだときのような、ほんのりあたたかいパワーに満ちた心になっていると思います。

持ち物を大切に。持ち物が帯びている物語を大切に。自分だけのアンティークを持っているというのはとても贅沢で幸せなことだと思います。

『指導死』に思う、教師の仕事とは何か?

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恥ずかしながら、つい先ほどのNHKのニュースで『指導死』という言葉を初めて知りました。指導死とは聞き慣れない言葉ですが、これは教師の不適切な指導により生徒が突発的に自殺するということだそうです。

私は、中学の時に1回、高校の時に3回自殺を試みたことがあります。高校の時は病院に担ぎ込まれたこともあります。家庭環境はヒドイものでした。一時期は「完全自殺マニュアル」が愛読書でした。でもね、自殺という作業は本当に大変な作業です。リストカットでは相当に深くまで刃先を入れないと死ねません。首つりも上手くやらないと単に意識を失って終わりということになります。睡眠薬を多量に飲むというのも、尋常ではない量を飲まないといけませんから、入手から全部の飲む作業までの工程はとても大変です。飛び降りが唯一、手っ取り早い方法でしょうが、いざとなると勇気が出ないし、6階からでは死ねませんでした。そう、これらは全て私が取った方法です。

しかし、私は、学校で、警察で、指導は受けたことはあれど、「死導」を受けたことはありません。むしろ私は多くの教師に、大人たちに指導を受け、救われた人間です。報道された少年が一体指導室で何をされたのか、何が起こったのか、教師が沈黙している以上、知るよしもありませんが、もし教師の一言が少年の背中を押してしまったのであれば、「何を教えたんだよ!」と思わずにはいられません。

恩師や大勢の大人の人たちの影響もあり、一時期は真剣に教師になることを夢見ていました。大学時代、教育実習の現場で生徒に相対する前に、先のエントリーで書いた恩師の元を訪れ、質問したことがあります。「教師の仕事とは何ですか?」と。現場に出る前に心構えを知りたかったのです。恩師は即答しました。

「世の中の広さと深さを教えること」だと。

続けて、ボールペンを取り、私の目の前に差し出して、こうおっしゃいました。

「ボールペンでさえ、正面から見た時と、後ろから見たときでは形が違うだろう?自分の専門の教科で学問の深さを教えることも重要だが、色んな分野を広く知り、世界の広さを教えてあげることが何よりも重要だと思う。誤った方向に進んでいる者にはその逆の道の存在を教えてあげる。集中力が乏しいといわれる子は、実は色んなところに注意が向くスゴイ才能の持ち主なのかもしれない。古文が大好きな子だったら、西洋の古典を教えてあげて見聞を広めてあげるのも良いだろう。教師自らが常に多様な視点を持ち続け、世界は広く、思っているよりもずっとずっと多くの選択肢があるんだということを教えるのが教師の仕事だと私は思う。」

恩師の言葉が正しいのであれば、報道された教師は亡くなった少年に「死」というものをどう見せたのでしょう?その反対の「生」をどう教えたのでしょう?

「誰が善人で、誰が悪人か区別がつきづらくなったし、最近の不良は不良じゃないな。みんなどこか投げやりで可愛げがないんだよ」とは大変ご迷惑をおかけした少年課の刑事さんと5年前にお会いしたときの言葉です。家庭環境がどうであれ、教師は生徒を包み込み、多様な選択肢を教え、柔軟な発想を養い、その子が生き生きと「生きていられる」ように指導してあげて欲しいと切に思います。子どもを自殺に追い込む社会なんてやっぱりオカシイと思ってなりません。

愛着品紹介006-家宝、砧窯茶碗と恩師のこと-

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『恩師』と呼べる人は何人かいらっしゃいますが、私の人生で一番大きな影響を与えたのは中学1年の時の担任の先生です。中学の頃の記憶はもう朧気なものですが、この先生の一言一言は良く覚えています。私たちが先生の最後の教え子だったということも関係しているのかもしれません。私たちを1年間教えたら先生は定年退職されることになっていました。

一番最初の出会いはこうです。入学式が終わり、教室で緊張している私たちに向かい、身長180cmを超える背の高い先生が、教壇からにっこり微笑んでおっしゃったのは「小学生と中学生の違いはなんだと思う?」でした。皆戸惑っていると、笑って「電車の切符が大人料金になるんだよ。つまりもう君たちは大人だということだ」とおっしゃいました。大人への扉がギギっと開いたような気がしたのを良く覚えています。

先生の授業はいつも脱線の連続でした。不思議なことに脱線の内容の方が記憶に残るものです。事実、今思い出してもかなり際どい男女の関係について、怒りや暴力について、音楽や絵画、芸術の大切さについて、正しい行いとは何か。正しい事と悪事の境目はどこか。そして環境問題。あらゆる時代の先生の友人、教え子を例に取り、面白おかしく軽妙洒脱に本当に授業の時間が永遠に続けばいいとさえ思うくらいに楽しく教えて下さいました。理科の先生だったのですが事ある毎におっしゃっていたのは「理科は実用の学問である」でした。これは真実だと今になってようやく理解できるようになりました。しかし、とてもとても不思議なのですが、テスト前にノートを見ると、そこには教科書の内容が綺麗にまとめられているのです。あれだけ脱線して皆を笑わせておいて、どうしてノートができていたのかは今も謎です(笑)

テストも独特でした。「次の惑星直列が起こる日付を記せ」これが中1の1学期の期末テストの問題です。教科書に答えは書いていない、明らかに教育指導要領の枠組みを超えた問題です。さらに夏休みの宿題は「シダ植物を1ヶ月理科室に置いておいて世話しなくても育てられる仕組みを考えること。夏休み前にその仕組みを作り上げて理科室に設置すること」教職の単位を取る過程で(私は中学と高校の教員免許を一応持っています)シダ植物の教育が中学1年に盛り込まれているのは、性教育の側面があることを知りました。ですが、先生はそこから一歩踏み込んで、生命をどうしたら維持できるのか考えさせる問題としたのです。土、光、水、空気など、植物に必要なもの、生命を維持することの大変さ、命の尊さを学びました。そして先生の教師生活最後のテスト問題は「私の顔はどれでしょう?」と書いてあって音楽の先生、現代文の先生、数学の先生、体育の先生、校長先生らの顔写真がズラッと印刷してある中から、先生の顔を選んで丸を付けるという問題でした。テスト中に大笑いしたのはこれが最初で最後です。何たる粋で見事なフィナーレ!

一番私に影響を与えた一言は家庭訪問の時でした。当時1歳なるかならないかの弟がいたのですが、私の話はな〜んにもしないで、弟とばかり遊んでいるのです。母とは弟の育児について何やら話されていました。そして幾つか私の事に対する母からの質問に答えた後、先生はこうおっしゃいました「なぁ、kazumoto。君は将来嫁さんをもらいたいか?」「???ハイ。一応。」「じゃぁ、もっともっと勉強しないとダメだな」「何でですか?」「女性はね、良い遺伝子を持つ相手を伴侶に選ぶ。いいか男が選ぶんじゃない。女性が選ぶんだ。じゃぁ、良い遺伝子って何だ?見た目も重要かもしれない。腕力も一つの魅力だろう。でも、人間の最大の能力は『知力』だ。これが無ければ子孫を守り育てることができないからね。だからモテる為には、伸ばせる能力の中で一番有効な『知力』を伸ばすことが大切だ。つまり勉強することが重要なんだ。モテたいだろ?可愛い彼女が欲しいだろ?可愛い嫁さん欲しいだろ?だったらもっと勉強しなきゃダメだ」そう、私はモテたいが為に、この一言から勉強するようになったのです。なんと不謹慎なアドバイスだと思われるかもしれませんが、今思えば、反抗期で異性を意識し出すこの時期の子どもを勉強するようにさせるにはコレしかないと思えるアドバイスだと思います。この一言が、私の人生を変えた一言です。

先生が退職される時、私が生徒を代表して作文を朗読しました。もうその文章は記憶していませんし残ってもいませんが、当時の私は1ヶ月ほど、どういう言葉で恩師を送り出したら良いか、全力で考え、七転八倒して書き上げました。朗読が終わると、先生はマイクを通して全生徒に、「どうもありがとう」とおっしゃってから、私をぎゅっと抱きしめて「素晴らしい言葉たちだった。どんな境遇にあっても学び続けなさい。本を読み続けなさい」と耳元でおっしゃいました。思えば本を一生の友とするように導いていただいたのも先生でした。

卒業後も先生には節目節目で導いていただきました。

高校時代、先生に呼び出されたことがありました。後で知ったのですが、私のあまりの奇行・悪行ぶりに悩んだ母が、先生の言葉なら耳を貸すだろうとヘルプを求めたのだそうです。多摩川の川縁で、爆発しそうな思いを全て先生にぶつけ、先生には私の若く稚拙な思いに全力で応えていただきました。

大学時代には、論文を書くため、画集を借りに行き、芸術・音楽・美術と文学の関係性などについて語り合ったこともあります。理科の先生なのに、芸術に対して非常に造形の深い先生との話しは本当に知的好奇心を駆り立てる楽しいものでした。この時は「勉強しているじゃないか。前に会った時よりも大きく成長しているのが良く分かって安心した。」とおっしゃっていただきました。

最後に先生とお会いしたのは、家内と結婚する時。結婚前に挨拶・報告をしに行った時です。突然の訪問にも関わらず、最初にお会いしたのと全く変わらない朗らかな笑顔で「おめでとう。な、勉強はしておくモノだろ?良かったなぁ!」とおっしゃっていただきました。

先生から唯一をもらった「モノ」があります。先生が退職金で自宅に作られた窯で焼かれた『砧窯茶碗』という銘の茶椀です。我が家には家宝が2つありますが、その内の一つがこの茶椀です。平成9年のことです。いつもの笑顔で「形見分けだ」と笑って託してくださったこのお椀。このお椀は見る度に教師人生最後の1年を懸けて何を私たちに伝えたかったのか?卒業後、事ある毎に、先生はどういう思いで未熟な私に相対し、言葉をかけてくれたのか?いつでも胸を張って先生にお会いできるような生き方をしているか?と言ったことを無言で問いかけてきます。

私は非常に筆無精ですし、何よりとても先生にお会いできる生き方ができていないことから、結婚の報告後、全く連絡をしていません。が、昨晩、茶碗を見ていたら、何だか『会いに行け』と言われている気がしました。魂を込めて作られたモノには何かしらの力があると言います。「命に関わる問題が起こったら、起こらなくても、いつでもおいで」とおっしゃっていただいた先生。もう80歳を超えられていらっしゃいます。嫌な予感もしなかったわけではありませんが、勇気を振り絞って先ほどお電話をしたところ何ともお元気そうでした。来週お会いしてくる予定です。

報告すること相談すること話したいことが山ほどありますが、純粋にお元気な先生のお顔を拝見できるということにワクワク・ドキドキしています。私の人生の節目に必ず居合わせてくれた先生。最後の教え子が私のような不肖な者で本当に申し訳ないという気持ちの一方で、人と出会うという奇蹟の中でも、心の底から尊敬できる師に出会えたことは特別な奇蹟だと改めて思いました。さて、あと1週間、家宝の茶碗とにらめっこしながら、お会いして何を話そうか良く考えておくことにしようと思います。

愛着品紹介005ー時を柔らかくしてくれる砂時計ー

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GTDで提唱されているワークフローに「2分ルール」というものがあります。Inboxに入ってきたタスクが行動を起こすべきもので、且つ次に取るべき行動は1つであり、2分以内でできるものなら今やろうというルールです。

基本的に先延ばしをすることに奇妙な罪悪感を感じてしまう性格なので、入ってきたタスクの見極めをせず、「すぐ」取りかかっていたのですが、このルールを学んでからは、「これは何か?」という質問をする時間、段取りを考える時間を設けるようになってきました。

しかし、「これは何か?」を自問し、段取る時間についてGTDでは時間制限を特に設けていません。そのためヘタをすると延々と考えてしまい、「なんでこれは私がやらないといけないのかなぁ?」とか「これ意味のある作業なのかなぁ?」とか妙な方向に思考が行ってしまうことが間々あることに気がつきました。

これはマズイと思い「段取りは最大3分以内」という自分ルールを課して、タイマーを使ってみたのですが、タイマーのデジタル表示がピッピッと減っていくの様子に、すごく急かされている気がしてしまい、そっちがどうしても気になって、考えが上手くまとまらないという欠点があることがわかりました。

「DavidAllenさんはどうやっているのだろう?」と彼のオフィスを撮影した動画を繰り返し見ていて、彼のデスクに砂時計があることを発見しました。「これだ!」と思い、デスクに置いておいてもカッコ良くて、重厚なものではなく、見ていても焦らない愛らしいデザインの砂時計を探したところ、新宿のFrancfrancでこの砂時計を発見しました。計れる時間は丁度3分。カジュアルスタイリッシュをコンセプトとするFrancfrancらしく、この砂時計もスタイリッシュな仕掛けがあります。単に青い砂だけが入っているのではなく、ラメのような砂も入っているので落ちていく砂が時折キラキラと煌めき、見ていてとても綺麗なのです。

次から次へ押し潰さんばかりに降り注ぐタスク。まるでタスクが主人であるかのようです。それを管理する時間も、タイマーも、何というか”鋭利な時間”に感じます。しかし、この煌めく砂の落ちている間は違います。私が主人で、タスクを良く見て吟味する時間。謂わば”柔軟な時間”です。

時間に追い立てられているような気がしたとき、タイマーのカウントダウンが苦痛に思える時、是非、砂時計を使ってみて下さい。この古くからあるアナログな道具ひとつで、ぐっと時間が柔らかく感じられるようになると思います。落ちていく砂に見とれてしまう時があるのが玉に傷ですが(^^;)

【Crazy Busy】についての考察1:問題提起

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今日は本当に寒かったし、天気も思わしくなかったので、ほぼ一日中家で愛犬と遊んでたり、時折本を読んでみたり、基本的にダラダラ過ごしていました。先日書いた「忙しい」という事について、家内と色々話しをしていたら、家内がビックリする指摘を山ほどしてくれました。これはひょっとしたら凄い深いテーマなのかもしれないと感じました。

何にそんなにビックリしたのか。今回はそれらの一部を紹介します。

「忙しいってことだと、あなたが病気になった時にすごく良く考えた。病気になってくれて良かったとも思ったよ。超仕事人間だったじゃない?若いからできたんだろうけど(笑)家でケータイでお客さんと話してたり、徹夜仕事もしょっちゅうだったし、休みなんてホント無かったし、話しの中身はいっつも仕事のことばかりだったし、いつもイライラして攻撃的だったからね。休憩になんだろうなぁと思ったよ。その分、あたしは大変だったけどね(笑)」

「あなたはフォトリーディングの講座に行って、一時期気が狂ったように沢山の本を読みまくっていたじゃない?大事な20%をキャッチできれば、その本は読んだことになるんだって講座で教わったって言ってたのをスゴク良く覚えてるのね。その時すごく疑問に思ったんだけど、じゃぁ、著者が一生懸命書いた残りの80%は何なの?って。接続詞ひとつ取っても、著者はきっと吟味してその言葉を選択したんじゃないかと思うんだけど、それは不要なことなのかなぁ?って。最近は一冊をじっくり何度も読んでくれるから家計的にもラクになったけどね(笑)」

「携帯電話やノートパソコン、iPhoneを待ち時間にどこでも使えることは凄いことなんだと思うのね。仕事をしているから、その便利さはわかるのよ。でもケータイもパソコンもインターネットもE-Mailも、FAXも宅急便屋さんも無かった頃と比べたら、絶対に便利になっているはずなのに忙しさが増しているというのは奇妙なパラドックスだよね。」

「昔、家電三種の神器なんて言葉があったって言うでしょ?今、その三種の神器がない家庭って殆ど無いと思うのね。もっと便利なものいっぱい持っているでしょ。これって生活が豊かになったってことだと思うんだけど、でも幸せにはなってないってヘンだよね。みんないっぱい働いて、お給料もらって、買い物して生活を豊かにすれば幸せになれるって思っていて、それが動力源で働いていたって思うんだけど、まだ幸せじゃないなら、これ以上何が必要なのかなぁ?」

「携帯電話ってさ、どこにいても連絡がつくってことじゃない?何かいつも監視されているみたいな居心地の悪さみたいのを感じる時があるんだよねぇ。いつ頃から、いつどこに居ても連絡が取れるってことを、皆望むようになったんだろうね?しかも最近だと、電話に出ないと怒られる有様でしょ?E-Mailの添付機能なんて確かに便利だけど、昔はそれこそ郵便だったわけじゃない?でもそれでちゃんと仕事してたんだよね?もう想像もできないけど。」

「電車の中の光景を異常だと思ったことはない?みーんなケータイ弄ってるんだよ?電車の窓から見える看板とかさ、もう完全に広告効果ゼロだと思うもん。地下鉄なんてさ、駅に着いた途端にみんなメールの送信か、受信か、ホームに降りた瞬間に電話したりしてるでしょ?あれ絶対異常だと思うよ」

「最近、晩婚化とか少子化っていうでしょ?アレ絶対ケータイにも原因があると思うよ。今の若い子ってデート中でもケータイで取引先とメールしたりするんだって!考えられないでしょ?デート中だよ?この間会社の子に聞いた話しで、みんなビックリしたのが彼氏が枕元にケータイ置いてるんだって!(注:状況は察してください)でね、『その最中』にメール来たら見るんだって!全員で別れろ!って忠告したけど、もしかしたら最近の若い子ってみんなそんななのかもしれないよ〜。そんなんじゃ、少子化にもなるよね(笑)」

「エコはまだあるけど、ロハスって言葉はどこに行っちゃったんだろうね?スローライフってのもあったよね?ファストフードを批判してた雑誌もあったけど、ファストフードやコンビニは全然元気でしょ?オーガニックを売りにしてたお店で残ってるところあるのかなぁ?やっぱり『スロー』って今の世の中は求めてないのかな?『ファスト』じゃないと行けないのかな。ロハスは良い考え方だと今でも思うし、スローに生活したって良いじゃんって思うけど、世の中全体はそうじゃないから、雑誌も本も売れないから無くなっちゃったんだろうねぇ」

『忙しい』を友達が挨拶代わりに使ったことが、こんなにも広がるとは思いませんでした。もはや「忙しい病」や「ケータイ病」という立派な病気な様な気さえします。どこまでできるか全く分かりませんが、『忙しさ』の正体と対処法について考えたら、何が見えてくるのか、私なりに考察して、このブログの一つのテーマとして扱っていきたいと思います。(たぶん続く)

財布再考 - 憧れのHENRY BEGUELINがやってきた!

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あまりにも嬉しいのでエントリー(笑)誕生日プレゼントとして、悩みに悩んだ結果、「財布」をもらいました。

意外にも一部の方には好評をいただいている私のつたない愛着品紹介ですが、そのきっかけを与えてくれた@haTshさんに紹介していただいた松浦弥太郎氏著『日々の100』を読んで、一番ビックリしたのは、イタリアのハンドクラフトレザーメーカー「エンリーベグリン-HENRY BEGUELIN-」の財布が紹介されていたことです。実はエンリーベグリンは、ず〜っと前からいつか手にしたいと思っていた憧れのメーカーだったのです。人型のオミノという刺繍が施されている非常に美しい製品を完全手作業で職人さんが作るメーカーです。

『日々の100』で紹介されている良い財布の条件を少し長くなりますが引用します。
シンプルで、大きくて、上質で、しっかりとしていて、一歩下がったところから眺めてきれいと思うものがいい、と教えてくれた。(中略)お札の向きは必ず揃えること。できれば小銭入れは別に持つこと。ひとつの財布を二年以上使わないこと。(中略)最後に、これこそお金に不自由しない秘訣だ、とつぶやいた。
正直言って財布に頓着しなかった私なのですが、この文章を読んで、「そろそろ良い財布、一歩下がったところから眺めてきれいと思うもの、を持っていても良いのかもしれない。しかも紹介されているのは憧れのエンリーベグリン。偶然にも丁度、今の財布を使い始めて二年経つ。これは「持って良いよ」と時が教えてくれているのではないか?」と超勝手に自分に理由付けすることに成功しちゃいました。

今使っているCOMME ÇA DU MODE MENの財布は私が目指すウルトラライトな装備たる条件を全て満たしているナイスな財布だとは思います。(写真はコチラの記事にあります)しかし良い財布の条件は全く満たしていません。何しろ紙幣は三つ折りにしないと入りませんので、お金を大事にしているとは言えない感じがするのは否めません。そこで、『日々の100』の良い財布の条件を参考に理想の財布像を考え始めました。

長財布や二つ折り財布はウルトラライトを標榜する私としてはNGです。それ以外の選択肢として、要はカード入れに紙幣が入ればOKだよなぁと思いました。電子マネーが浸透しつつある中、今後は電子マネーとクレジットカードとお札で生活できるようになるはず。だったら、小さい小銭入れに鍵をドッキングさせておいてしばらく様子を見ることもできるなぁ。そんなことを考えて色々調べていると、何と!全く同じことを考えている人がいました!!ASCII.jp「T教授の「戦略的衝動買い」」というコーナーでエンリーベグリンのカード財布を紹介しているのです。そうそう、その通り!という内容!これぞ正に天恵!!

そして、今日、ついに辿り着いた結論がコレ。














メインはもちろん「エンリーベグリンのカード財布」これに紙幣数枚+カード5枚(PASMO・運転免許証・クレジットカード・T-CARD・病院のカード)を収納。

小銭入れは探しに探した結果、L.E.D BITESのB-9086に決定!










写真の通り、究極的に小さな小銭入れです。コイン10枚が限界(笑)でも生意気にコードバン革で作られてます。お見事!これにセキュリティーキーと家の鍵をぶら下げました。









エンリーベグリンは言うに及ばず、L.E.D BITESの小銭入れも一歩下がったところから見ても、コードバンが綺麗で小さいくせになかなか味があって可愛い。毎日が今までより少し気分良く過ごせそうです!

Crazy Busy!

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※画像はSTAKというWebSiteより拝借しました。素敵な写真満載です。

毎年楽しみにしている恒例行事があります。大学時代の悪友4人で年末に集まって、近況報告や昔話をしてバカをやるのです。もう大学を卒業してから10年以上経って、みんな家庭を持っても、子供ができても、尚、続いている行事で、ホントに楽しみなんです。

今年は私が幹事なので、今日、ついさっき、仲間3人に電話で連絡をしました。最近落ち込み気味だったので、仲間の声が聞きたかったからです。

私:「久しぶり!恒例行事の季節だよ〜!最近どうよ?」
友人A:「忙しくてさぁ。もう死にそうだよ〜」
友人B:「バカみたいに忙しくて嫌になるよ」
友人C:「仕事が大変でさ、マジで忙しいよ〜」

いつから「最近どうよ?」の答えが「忙しい」になったのでしょう?昔は「まぁまぁだね」とか「何とかね」とか「元気元気」とかだったように記憶しています。鬱で落ち込んでいたときの私でさえ「何とかね。とりあえず大丈夫」と答えていたというのに!

自分にとって大切なことをして忙しいならそれは結構なことですがそうじゃない。みんな一様に元気がない。望みもしない忙しさに追われて毎日過ごしてるのに、何が原因か検証する時間すらないくらいなので、何に忙しいのか何で忙しいのかもわかっていない。

現代社会はまるで、神ですらできないであろうことができるようになったかのように錯覚させます。さらにその幻想を後押しするガジェットも次から次へと出てきます。便利になればなるほど、「忙しい」が挨拶語になるというのは何故でしょう?おかしくないですか?便利になったら時間ができて、大切な人とハッピーに過ごせるはずじゃないですか?

何で読んだのか覚えていませんが、ユダヤ教の指導者はこう言っているそうです。
「幸せとは欲しいものを手に入れることではなく、持っているものを慈しむことから得られる」
仕事は激務だったとしても、休暇の日を、ゆっくり味わい、楽しむように過ごせていますか?

好きではないライフスタイルの言いなりになっていませんか?

欲しくて欲しくてしょうがなくて、ようやく買ったものを愛でる時間は持ありますか?

忙しさのあまり、何が本当に大切なのかを決める時間も無くしていませんか?

この激流のような社会から逃げ出して山や森の生活に逃げたとしても、そこにさえ観光客が忙しくやってきてしまうのかもしれません。古き良き時代と年長の方がおっしゃる時代にももはや戻れないでしょう。この現代社会という高速道路にはSAもPAも迂回路もなさそうです。でも走る速度くらいは自分で決められるはずです。もうちょっとゆっくりやりませんか?Crazy Busyな生活とそろそろお別れして良いのではないでしょうか?ほら、足元の地球も悲鳴をあげてるじゃないですか。

「一日に何回"忙しい"と言ったかを意識しろ。言った分だけ、幸せから"確実に"遠のいている。気をつけろよ。」
最初に転職する際、師と仰いでいた方に言われたこの一言が非常に重く感じられました。

愛着品紹介004-家具のようなオーディオ Tivoli Audio / Model One Radio-

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ラジオを聞くようになったのはいつ頃だろう?ずっと考えているのですが、いつも何かしら音楽が流れている家だったので、だいぶ小さい頃であることは間違いないと思います。

小学校5年生あたりで、随分ませた音楽を聴いていました。同級生が当時のアイドルについて、どうのこうのという話しをしているのを横目に、エレクトーンを習っていたこともあり、クラシック音楽を始め、Michael Jackson、THE BEATLES、RollingStones、Prince、YMO、Ryuichi Sakamoto、等々を聞いて、一人悦に入っていたことを覚えていますし、当時は洋楽(って今も言うのかな?)をラジオで聞くことがカッコイイことだと思っていました。

当然、オーディオ機器にもハマりました。振り返ってみると、SONY、ONKYO、DENONあたりを持っていました。JBLのスピーカーとマークレビンソンのアンプなんて組み合わせに(今も)憧れはしたものの、まぁ、当然手が出ませんよね(笑)

結婚したときに持っていたのはSONYのオーディオセットでした。結構良い音をさせていたのですが、いかんせんインテリアにあわないのです。ステレオの臨場感をじっくり味わうことも少なくなりました。家内と二人で居るときの旋律のメインは「家内との会話」であって、その他の音は所詮BGMでしかないのです。となれば、部屋に合うスタイルで、そこそこ良い音が鳴り、気分良く手軽に使えるものを探そうということになりました。

これまたあれこれ探しに歩いたのですが、最終的に行き着いたのが、このTivoli Audio/Model One Radioでした。この何とも言えないレトロなスタイリング。ハンド・メイドの木製キャビネットの温もり。バスレフ型3インチスピーカーを1発搭載しているだけ(当然モノラル)大小2つのダイヤルと、スイッチが1つだけの簡素な作り。でも、ちゃちなステレオスピーカーよりも断然綺麗な音を流してくれます。スピーカー、アンプ、チューナーを1つにまとめただけの妙な主張をしないコンパクトなデザインなので、家の何処でも置けます。 「これだ!」と気に入って即決しました。

使ってみると、このオーディオは長時間聴いていても疲れないんです。これは驚きでした。iPodをつないで(AUX端子はあります)聞いていても、人の声がとっても聞き取りやすい。おそらく響きのバランスが良いのでしょう。さらに受信感度が超高性能。こんな波長で放送してたんだ!?と驚くようなものも拾ってくれます。(まぁPerfumeのようなサウンドは全く向いていませんけどね(^^;))

つまみをクイっとひねるだけですぐ豊かな音を聞かせてくれる、この小さな名器は、毎日我が家の会話のうしろで心地よい癒しの音を鳴らし続けてくれています。

愛着品紹介003-"初心"のモンブランー

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新品のモンブランを携え、上司に報告すると、にやっと笑ってお客様へ電話をし、即時同行訪問することになりました。お客様の元へ着くと、挨拶もそこそこに上司はこう言いました「いただいた宿題の答えをお持ちしました。彼なりに真剣になって探した回答です」上司に促されるまま、真新しいモンブランをお客様の前に置くと、お客様は、にっこりと実に嬉しそうな笑顔をして、「契約書を持ってきているかい?」と言い、その場でそのモンブランでサインをしてくれました。そしてこう続けました。

「うん。実に気持ちの良い買い物ができたよ。どうもありがとう。」

きっと狐につままれたような顔をしていたであろう私をじっと見据えて、お客様はこう言いました。

「仕事のクライマックスである契約の時に使われる道具は今も昔も筆記具だ。ココが疎かでは画竜点晴を欠くことになる。特に大きな仕事ではね。最後のサインをする道具はお客の背中を押してくれる良い物でないといけないんだ。このペンはとても良い選択だと思う。何処に出しても恥ずかしくないペンだ。きっと今の君には高価な買い物だったろう。けれど一所懸命に探して辿り着いた本物というのは凄くてね、自信にもなるし、いざというとき自分を支えてくれる。そして本物は手入れを怠らなければ何年でも使える。君の仕事の大事な大事なパートナーを最初に使えたことは光栄だし、本当に嬉しいよ。」

帰り道に上司にたまらず聞きました。

「何故、ボールペンだったんですか?」
「万年筆が良いと思ったか?ボールペンを出してダメと言われたんだ。その敵はボールペンで取らないとなぁ(笑)何より万年筆というのは扱いがとても難しい。若い身で持てる道具じゃない。お前の歳で持っていたらそれは逆に野暮というものだ。だからボールペンという条件にしたんだ。万年筆を持つにふさわしい歳になったら、きっと持って良いよと時が教えてくれる。」

続けて、上司はこう言いました。

「ありがたいだろう?お客様というのは。買ってくれるだけでもありがたいのに、お礼まで言ってくれて、しかも自分を成長させてくれるんだ。そのペンは大切にしなさい。仕事で困難にあたったとき、そのペンを出して、今のお客様とのやり取りをよ〜く思い出しなさい。今の場面が、やり取りが、そのペンのデビュー戦が、お前の”初心”だ。そこに立ち会えて俺も嬉しかったよ。」

以来、このモンブランは私の中では特別な筆記具です。普段使いにはしていません。「さぁここからだ!」という仕事の始まりの時、「ここぞ!」というクライマックスの時に使う特別なパートナーとして、そして仕事で迷ったとき”初心”を思い出すタイムマシーンとして、今も全力で私を支えてくれています。時はまだ万年筆を持って良いとは言いません。しかし時が良いと言ったとしてもこのモンブランは私の特別なパートナーであり続けるでしょう。

あえて不快適な環境を作るという『逆HACK』の紹介

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※写真のテンキーは私の使っているものではありません

仕事に求められるものというのは様々だとは思うのですが、概ね「速さ」か「正確さ」かの2つに大別できると思います。特にルーチンワークになるとその傾向が強いでしょう。当然「速くて正確」であればそれに越したことはないのですが、速さを追求するとミスが増えるし、正確さを追求すると遅くなるというのは、ちょっとしたジレンマです。

しかし、こと数字を扱うルーチンワークでは「速さ」より「正確さ」を優先すべきだというのが私の結論です。

実例を挙げると、私のルーチンワークの中に、海外の取引先からのINVOICEをEXCELに手入力して一覧表にするというタスクがあります。お金に関することは間違いが許されないので、毎回注意してはいるのですが、2ヶ月ほど前に2件ばかし立て続けにケアレスミスを犯してしまい、先方にも迷惑をかけることになってしまいました。

原因を分析したところ快適に速く入力するため、ノートPCにフルサイズのキーボードを外付けして、さっさと終わらせることを主眼においていたのですが、この「快適な入力環境」というのがミスを引き起こす原因ではないかと考えました。

佐々木正悟さんのセミナーに出席していると、毎回「注意を向ける」という言葉が出てきます。これに習うと、快適な環境に慣れて、注意が散漫になっていることに起因しているといえそうです。だったら、嫌でも注意が向くような仕掛けを施せば解決するのではないかと思い、フルサイズの快適なキーボードではなく、小さな入力しづらい外付けのテンキーを買ってきて、これで入力するようにしてみました。

このテンキー、本当に入力しづらくて、とくに「0」の位置が私の親指で押すと、筐体にひっかかり、ちゃんと入力できないのです。スムーズに入力できないので、嫌でも正しく入力できているのか確認せざるを得ません。結果、入力ミスはゼロになりました。

むろん「速さ」はトレードオフの関係にあるわけですが、これは多めに時間を割り振ることで解決するようにしました。この業務には多めの時間がかかると見積もるようにしわけです。つまりその仕事に求められているのが「速さ」なのか「正確さ」なのかを”きちんと見極める”ことが要する時間を見積もる上で重要だと言えると思います。

正確さを求められるルーチンワークに慣れてきてミスが続いた場合、あえて今までとは逆の不快適な環境を作って、注意の方向性をコントロールするという、通常のLifeHackとは真逆の方法も、一考に値するHackではないでしょうか?

工夫して近道を作るのがLifeHackの王道ですが、"本筋を逸れない工夫"もまたLifeHackのひとつなのではないかと思います。

快適な環境でミス無く出来ればそれが一番良いんですけどね(笑)

愛着品紹介002-桜の靴べら-

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両親に感謝していることは何?と問われたら、私はこう答えます。「子供の時分にとても良いお店に連れて行ってもらえたことです。」と。

デパートのレストランとかではありません。ホテルの最上階にあるお店だったり、赤坂や神楽坂の裏道をちょいと入ったところにある料亭だったり、市ヶ谷あたりの裏道に慎ましやかにある小料理屋さんだったり、カウンターにネタが並んでいない料金表もないお寿司屋さんといった、所謂一流のお店です。

子供であってもちゃんとジャケットを羽織り、革紐靴を履き、よそ行きの格好でお店に行くというのがとても好きでした。またそういった一流のお店は子供だからといってサービスの質や品を落とすようなことは絶対にせず、一人前の大人の男として扱ってもらえるので毎回、何とも誇らしい気持ちになったことを覚えています。

私は特に小料理屋さんや、料亭が好きで、なかでもお店を失礼する時のやり取りが大好きでした。上がり框に腰を下ろし、革の紐靴に足を入れようとすると、女将さんや女中さん、下足番の方が絶妙なタイミングで「どうぞ」と靴べらを渡してくれるのです。歴史のあるお店の靴べらは決まって長くてガッシリしていて、黒光りした木製で、とても滑らかにスルっと靴に足を納めてくれます。長年使い込まれた靴べらのもたらす、この官能的と言っても良い感触は筆舌に尽くしがたいと今でも私は思っています。

そんな経験があったので、「自分の家の玄関には素敵な靴べらを置きたい」と密かに決めていました。現在の住まいを購入した際、家内にその旨を話すと、「どうせなら絵になる靴べらを探しましょう」と言ってくれ、靴べら探しが始まりました。

方々を探し回った結果、茗荷谷にある木工屋さんでこの靴べらと出会いました。ひとりの職人さんの手作りであり、台座の球が愛らしく見た目に美しいこと、持ち手部分の作りも最小限で美しく艶めいていること、何より靴べらとしての滑らかな使い心地。使っている木は何ですか?と聞いたところ「桜」だと言います。毎朝・毎晩、自宅の玄関で見送ってくれ、お帰りと言ってくれるものが「桜」というのは、とっても贅沢なことに思えて即決しました。

以来、あくまでも控えめにいつもそこに居てくれて、特に帰宅した際は、毎回「ああ、いい景色だな」と日々の生活の中で一服の安らぎを味わわせてくれる、殺風景な我が家の玄関の"華”として毎日活躍してくれています。写真の通り、ウチの愛犬も結構好きみたいです(笑)

愛着品紹介001-OMEGA Seamaster PROFESSIONAL-

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11月5日は34歳(まだギリギリ四捨五入しても30歳代!)の誕生日だったのですが、@haTsh さんからとても素敵な本を紹介してもらいました。
この本に掲載されている品物は全て松浦氏の私物で、その私物のフォトに随筆が添えられています。品物に対する愛情、愛着がひしひしと伝わってくる名著でした。@haTshさん、素敵な誕生日プレゼント(?)をありがとうございます。

この本に触発されて、お粗末ながらも私の日々の愛着品を(不定期で)綴ってみるのも面白いかもしれないと思い、そんなものにも手を伸ばしてみることにしました。身の回りのモノを見直す契機になるかもしれませんしね。

【OMEGA Seamaster PROFESSIONAL】
最初に紹介するのは、ONの日のマストアイテム腕時計です。新卒で採用された会社で最初のボーナスをいただいた時に、祖父・祖母へちょっとしたプレゼントを持っていきました。そこの際、今は亡き祖父にこう聞かれました。
「Kazumotoはどういう人生を歩みたいんだい?お金持ちの人生を過ごしたいのか?それとも豊かな人生を過ごしたいのか?」
「うーん、どっちも捨てがたいよねぇ」
「どちらを選ぶかによって決まるけれど、お金持ちになりたいなら、とても良い財布を買いなさい。豊かな人生を選ぶのであれば、とても良い腕時計を買いなさい。」

何でかなぁと思いつつ尊敬する祖父の助言だったので、財布売り場、腕時計売り場を歩き、どっちにしようかしばらく迷っていました。後年、ひょんなことから、私の中の理想の男性像のひとつであるJames Bond(当時はピアーズ・ブロズナン)が映画の中で身につけている時計がOMEGA社のSeamasterであることを知り、ミーハーな私は、当時では明らかに背伸びしすぎで、とても高価なこの時計を大奮発して買うことに決めました。

その後、ペーペーの身でありながらも、この腕時計を見た年長のお客様は一様にこの時計に興味を示され、「祖父からアドバイスを受けたので」と答えると、皆さん大きく頷かれました。色々時計に関する蘊蓄を聞くことができたのも良い経験です。

その中でも、一人忘れられないお言葉をいただいた方がいらっしゃいます。某企業の社長さんなのですが。「非常に含蓄のある助言だと思うね。それはね、豊かな人生を送る秘訣は時間を大切にすることが肝要だからなんだよ。逆に真のお金持ちというものは、財布を大事にするというのもまた本当だよ。お金は大事に扱われたがるからね。でも財布ではなく時計を選んだということは君の今後の重要な指針になるはずだから、その時計を見るたびお祖父様がおっしゃられた意味を思い出して良く考えるようにしなさい。」

最初の選択を誤ったからか、お金持ちにはなれていませんが、時間を大切にした結果、若干谷はありましたが、夫婦円満で、たくさん笑っていられる豊かな人生を過ごせているのは、この時計を選択したおかげなのかなと思います。代替わりしたJames Bond(ダニエル・クレイグ)も、OMEGAのSeamaster−デザインは少し変わりましたが−を愛用していることからも、この時計はどんな場で身につけていても恥ずかしくない、私が所有している中では数少ない"本物"のひとつだと、祖父の助言に感謝しつつ、密かに誇りに思っています。

これはLifeHackなのかな?ーアテンションカードの紹介ー

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今日のシゴタノに掲載された佐々木正悟さんの記事を読んで、反射的にエントリー。

どこに反応したかというと、
人との約束をスケジュール。期限付きのタスクは、外部ツール。そこまでは容易です。しかし、たとえば「今度から人と会うときには名刺を持つようにする」というのはタスクでしょうか? タスクでないなら、なんでしょう? ミッションでしょうか。心がけでしょうか。

この部分です。
私自身は毎朝、普通の事として行っているので、これがLifeHackなのか、そもそもこの佐々木さんの問いかけに対する答えになるのかどうか非常に怪しいのですが、『アテンションカード』と私が呼んでいるものがあります。(単にこの方が格好良さそうだからそう呼んでるだけ(笑))

何をするカードなのかというと、先般のエントリーで書いたとおり、私の仕事はルーチンワークが多いのですが、その中でも「あれを先に準備しておけばラク」とか「定例の会議だからプロジェクター準備しとかなきゃ」とか毎週木曜日は通院日なので「病院のカードと保険証を持って行く」とか、つい忘れがちな些細な注意点を書いているカードです。ちなみにカードは名刺サイズのコレクトの情報カードを使ってます。↓こんな感じです。

これらのカードの使い方は以下の通り。
  1. 毎朝スケジュールを確認するのと同時にその曜日のカードに目を通す
  2. その曜日のカードはモレスキンのポケットに入れて出社
  3. 会社のPCの起動待ちの間にカードをデスクマットの下に並べる
  4. 帰宅したら、所定のNEWの所に挿入
  5. 毎週金曜日の夜、週次レビューの際にNEWを所定の曜日に挿入。
     習慣化したのは削除する。
これだけです。会社ではデスクマットの下に並べているので、イヤでも目に入ります。呼び名(勝手な命名ですが)の通り、私に注意を促すためだけのカードです。

タスクじゃないし、ミッションでもないし、心がけでもないし、単なる注意した方が良い事項を忘れないようにするために毎朝必ずやっています。私にとってはうっかりミス防止の工夫です。カードだとズラッと並べられて俯瞰できるし、習慣化したものは捨てればOK。意外に応用が利くので私は重宝してます。佐々木さんの記事を読んで、もしやこのやり方って他の人にも使える技なのかもしれないと思った次第です。

先日@nijinochichiさんのブログ「Ideas 4 Life」で「具体的なことをシェアすること」についての記事(僭越ながら私の例を取り上げていただきました。感謝!)がありましたので、このちょっとしたやり方も何かの役に立てれば幸いです。

Michael Jacksonの最後の授業。それは『Professionalの仕事』

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昨晩、レイトショーでMichael Jacksonの「THIS IS IT」を観てきました。終わった後にスタンディングオベーションが自然と起こった映画は生まれて初めての体験でした。

そこに居たMJはリハですからきっと歌声は6割、ダンスは5割くらいに意識的にセーブして練習しているように思いますが、それでも『圧倒的』です。そこに手抜きはありません。近年は、ゴシップ、裁判沙汰、奇行、興味本位もしくは金銭目的でプライベートもズタボロにされていたことを知らない人はいないでしょう。「Michaelは終わった」「Michaelは過去の人だ」「Michaelと言ったら整形と奇行」「今のMichaelが歌えて踊れると本当に思えるか?」等々、様々な報道が在りましたが、この作品を観れば、そういった発言をした人は恥じ入ることでしょう。セーブしていながら、これほどまでに圧倒的な歌声、50歳とは思えぬ圧倒的なダンス・・・この人は本当に亡くなってしまったのか??開始から本当に涙が止まりませんでした。きっとこの作品の音楽的な部分は多くのメディア・ブログに書かれるでしょうから、少し違った視点でこの作品を観てみることにします。

私は、1987年9月13日(当時12才)Badツアー・1988年12月24日(当時14才)Badツアー・1992年12月24日と31日(当時18才)DANGEROUSツアー・1996年12月15日(当時22才)HIStoryツアーとおそらくMJが来日したツアーはほぼ全て行っています。思い返せば1987年のBadツアーは私が人生で初めて行ったコンサートでした。私は最初に行ったコンサートで、世界最高のステージを観ることができた幸運な人間とも言えます。最初にBadツアーを観てから私の中でMJは別格の存在でした。私の中では、スーパースターといえばMJ以外にいません。MJのステージ映像、ショートフィルム・・・入手できる限りの映像を観てきましたが、ステージを作る舞台裏の映像は殆ど皆無だったはずです。MJがどういう姿勢で、態度で、ステージを作っていくのか?この映画はMJの仕事ぶり観ることができる貴重な映像です。

完璧主義者と言われていたMJですが、本当にその通りで、テンポ、リズム、無音状態の時の秒数、余韻の残し方、観客をどこで煽り、どこで焦らし、どこで陶酔させるのか、全てを丁寧に、微に入り細に入り、妥協無く作り込んでいきます。ネタバレしない程度に一部のシーンを取り上げます。キーボード担当との打ち合わせの際、「テンポが早い」「もっとじっくりと」と本当に細かく細かく何度も何度も要求するシーンがありました。イメージが伝わらない共有できないもどかしい所です。厳しい口調で高圧的に言うこともできたでしょう。しかしMJはそうしませんでした。口調はあくまでも穏やかで、一緒にベストなステージを作りたいという情熱を込め丁寧にイメージする音を言語化し伝えようとします。キーボード担当もその情熱に応えるべく、何度も何度も繰り返し、「マイケルにしかそのイメージはわからない。もっと具体的に言ってくれ」と食い下がります。結果、確かに素人が聞いても最初よりも良い演奏、MJらしい豊かな音になります。数々の有名アーティストと競演してきた天才ギタリスト、オリアンティですら同様です。彼女の渾身の演奏を「もっと高音を!ここは君の見せ場だ!」とより高い次元、素人が聞いても圧倒的な演奏へと一段階も二段階も上に引き上げます。ダンサーも皆、超一流ですが「Billie Jean」では子供のように目をキラキラさせ、MJのダンスを目に焼き付けた後のパフォーマンスでは更なる高みのダンスを観せてくれるようになります。

「真のProfessinalの仕事とは、全体を俯瞰しつつ、細部にまで目を行き届かせること。周囲の人間には「愛」を持って接し、丁寧に熱心に、忍耐強く接すること。諫言には謙虚に耳を傾け、自分が先頭に立って未知なる領域を切り開き、そしてその未知の領域に全員を連れて行くものだ」と全ての仕事に通じるProfessionalのあるべき姿勢を、映像を通じて身をもって教えられました。そんじょそこらの自己啓発書を読むより、この映画を観た方がよっぽど”仕事”というものを見つめ直せるのではないかとさえ思いました。

何よりも、児童虐待裁判の際、全世界が敵に回ったような、一般人には想像すらできない壮絶な苦境を経験し、多くのバッシングを浴び、プライベートを踏みにじられ、心がズタズタに踏み荒らされたはずのMJは最後まで「L.O.V.E LOVE」と全世界に、全世界の人々にこのメッセージを発信することを止めませんでした。それどころか「全世界の人々に感謝している」とさえ言います。そんな私たちとは全く別の次元の本当の意味で豊かでどこまでも懐の深い、素晴らしい人間性とその魂を持つMJを私は心から尊敬します。彼のような不世出な傑物、真のスーパースターはもう二度と現れないでしょう。私たちは彼が実現したかった世界、いつも歌を通じて、ダンスを通じて表現していた、人間のあるべき世界を実現するべく、小さくても確かな前進を続けていく必要があると思います。彼のように全世界に影響を与えることはできなくとも、一人一人ができることが何かあるはずです。

@haTshさんとの約束なので、超個人的MJベスト10を書いておきます。
  1. MAN IN THE MIRROR
  2. KEEP THE FAITH
  3. ON THE LINE
  4. SOMEONE PUT YOUR HAND OUT
  5. THEY DON'T CARE ABOUT US
  6. SCREAM
  7. GHOSTS
  8. JAM
  9. EARTH SONG
  10. BLACK OR WHITE
番外(^^;):WE ARE THE WORLD(DEMO)

MJの曲は全部大好きで、特にアルバム「DANGEROUS」には個人的に格別な思いがありますが、このところのヘビーチューンは上記の曲です。

この映画、通しリハの映像はないのかな?あるんだったら映画館で静かに観るんじゃなくて、武道館とかドームとかで叫びながら観たい!!

最後に、非常におこがましいけど、MJの3人の子供たちへ一言。
「君たちのお父さんは間違いなく素晴らしく美しい魂を持った偉大な人物でした。
このステージは君たちへ向けたお父さんの最後の授業だと思います。
お父さんの偉大さに押しつぶされることなく、堂々と前を向いて歩いていってください。」

"私のビル"を作りませんか?

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会社の私のデスクから、クルっと後ろを振り返ると目に入る建築中のビルがあります。このビル、私が現在の会社に転職するのと同じタイミングで建築が始まりました。

あれから3年。まだ更地だった頃から見続けていたビルが25階までできていました。計画では52階建てということなので、約半分の高さまで来たわけです。

なんとなーく気になって見続けてきた建築途中のビルですが、ハタと2つのことを思いました。
・1つ目は、こんなに一つのビルが建つのを意識して見続けたことがあっただろうか?
・2つ目は、半分まで建ったビルと同じ年月を過ごしてるワケだけど、私は少しは成長できたのだろうか?

いつも通っている通勤路、いつも見ている町並みなのに、ふと気づくと新しい建物、新しいお店ができていて、そこに以前は何があったか思い出せないという体験はありませんか?これらの体験は、いかに「日常」を気にとめていないかということの証明でしょう。

しかし、視点を変えて、そうした日常の風景の変化しつつある1カ所だけでも決めて定点観測していると、「目安」として使えるのではないかと思います。

私が見続けているビルの場合、自分と共に成長していくようなイメージで見続けていて、半分まで建ったことが「目安」となり、自分の3年を振り返る契機を与えてくれたという感じです。

ユビキタス・キャプチャーは時系列に一人称の情報を記録することが肝要ですが、瞬く間に過ぎ去っていく今を記録するのと同時に、変化しつつある日常の風景の1カ所に、自分専用のGoogleMapのピンを立てて、過去の風景、記憶などを引っ張り出す、振り返る目安にすることも、私みたいな記録することを忘れてしまいがちな者には有効な方法なのかなと思いました。

何かに急き立てられるかのように全力で走っている最中に、後ろを振り返ることはとても難しいことです。急激に過ぎていく時間の中、気づかないくらいじっくり、少しづつ、しかし確実に空に向かってニョキニョキと建っていくビルを意識的に目安として、過ぎていった時間を感じ、過去を振り返ることはたまには必要ではないでしょうか?

蛇足ですが、こうして過去に思いを馳せた後には、「このビルが完成する頃には「オレもこんな人間に成長したよ」とビルを見上げて(見下ろして?)言えるような人間になっていたいなぁ」と、半分まで建った"私のビル"を見上げながら少し前向きな元気を得られたりもします(笑)

本当に優れたデザインは「MoMA」より「商店街」にある

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Twitterで、@m0r1さんにモレスキン手帳の世界巡回展「Detour・東京」が表参道のMoMA Design Storeで開催されていると教えていただいたので、早速行ってきました。

展示そのものは意外に小ぶりなものだったのですが、私が知らず知らずに作っていたノートの描き方の常識みたいなものをぶち破ってくれて、ノートはもっともっと大胆に使って良いんだ!ノートって懐の深い製品だなぁと思える内容でした。正直、アート作品になっているのは全く意図が分からないものもありましたけどね(^^;)

しかし、展示会を見終わって、MoMA Design Storeで販売されている雑貨、文具、家具などを見ている内に、どうも違和感を覚えました。その違和感が一体何なのか?決定的だったのはコレです。
クリッピオーラ スパイラル ペーパークリップ

何だかわかりますか?これオフィスを掃除したら必ず一個は吸い込むと言われる(?)あのゼムクリップですよね?なんで、ゼムクリップをスパイラル型にした"だけ"で1,260円もするんでしょう?その"だけ"の部分がデザインであって、そこに付加価値が生じるというのは理解できるんですが、私の価値判断基準「使うときに100%の性能を発揮できるか?」に照らし合わせると、高価すぎて日常業務で意識せずに使える物ではありません。故にこの製品は「使えない」のです。

そうやって見てみると、確かに見た目が素敵だったり、持っていたら気持ちいいだろうというものは多くありますが、実戦で躊躇無く使い倒せるもの(価格も含めて)が殆ど無いのです。

実は小山龍介さんと土橋正さんが書かれた『STATIONERY HACKS!』を読み終わった後にも同じコトを感じました。使っていて気持ちの良い、気分良く仕事ができそうなおしゃれな文具がわんさか紹介されていますが、これらは、いつでもどこでも入手可能なのかな?と思える物も散見されたからです。

学生時代バイト先の法律事務所が標準採用していたエセルテ社のファイルが日本で入手できない時がありました。これはエセルテジャパンが撤退?したことが原因のようなのですが、エセルテで統一していた法律事務所の職員一同、非常に困ったことがあります。海外のステーショナリーを紹介するのは良いんですが、いざ追加や導入をしたいと思った時に買えないようではいけないのではないかと思うのです。

優れた道具とは容赦ない酷使に耐えられ、いつでもその性能を100%発揮してくれ、入手が手軽なものだと私は思います。さらに突っ込んで優れたデザインとは、いつでも手軽に安価で入手可能でありながら、どれだけヒドイ扱いを受けても、酷使されても、いつでもしっかり性能を発揮してくれる『デザイン』であるべきだろうと思うのです。

卑近な具体例を挙げると、三菱のPOWER TANKなんて屋外でも風呂場でも上向きでも書ける油性ボールペンが210円で手に入るという事実の方が凄いくない?ということです。どれだけ見た目がカッコ良くても風呂場で書きたい!という欲求に応えられなければ失格だし、寝たきりの状態の時に上向きで書きたいという欲求に応えられなければダメだと思うのです。でなければデザインじゃないんじゃないでしょうか?

フェラーリとカローラを同じ土俵で評価するのは難しいのと同じ難しさがあるとは思うのですが、より多くの人のニーズに確実に応えられるデザインはカローラの方だろうと思います。だからこそMoMAのようなデザインの権威のような機関はは、もっと日常に近いモノをクローズアップしてくれると、見慣れた日常の見え方がまた変わってくるだろうになぁと思います。

極論ですが優れたデザインを見たければ「MoMA」ではなく「商店街」の方が良いのかもしれません。商店街にある文房具店にも、鞄屋にも、家具屋にも、金物屋にも、日常に密着し過ぎていて意識せずに使っているが故に、見落としている(埋もれている)優れたデザインが沢山あるのではないかと思います。

とは言え、モレスキンはちょっと高価ですが、職場でアセトンをかけてしまっても(その時は少し溶けました)問題ないタフさがあり、私には無くてはならない製品として愛用していますし、(とても買えませんが)柳宗理も、イサム・ノグチも、ヤコブセンも、イームズも大好きです。当然、車も「一番乗ってみたい車は何?」と言われれば即座に「アストン・マーティン!」と答えますけどね(笑)あれ?結論としては、結局貧乏人のひがみなのか??(笑)

「iPhoneって何ができるの?」「ん?答えはコレに全部書いてあるよ」ー感想:iPhone情報整理術-

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※ネタバレはありませんのでご安心を。

もはや日本のライフハック界5本の指に入るであろうお二人、[Lifehackng.jp]の堀正岳さんと[ライフハックス心理学]の佐々木正悟さんがタッグを組まれて書かれた『iPhone情報整理術 ~あなたを情報’’強者’’に変える57の活用法!(デジタル仕事術シリーズ)』のテスト販売分を何とかゲットできて、一気に読み終えたので、一読した後の感想をこれまた一気に書きます(一気なので誤字脱字、至らない点はご容赦を)。

私は3GSが発売されてからのiPhoneユーザーですので、まだまだド素人の域を出ませんが、それでもiPhoneが生活の一部になっていくに従って明らかに「情報」というものに関する身構え方が変わりました。

例えば「数字」。売上・粗利・粗利率・原価率・良品率・不良率・在庫数・仕掛品数などなど、仕事には数字がついて回りますし、給料・家賃・食費・光熱費などなど生活にも数字がついて回ります。

私は文系出なので(と言い訳)こういった数字を頭に留めておくことがものすごく苦手です。自慢じゃないけど2桁になったら暗算出来ない自信があります(マジ)。その為「そのくらいの数字は覚えておけ!」と怒られる有様だったのですが、iPhoneが来てから数字にまつわるデータは全てiPhoneに突っ込んで、即座にその数字を確認できるようになったことで数字アレルギーは軽減され、無駄なストレスがなくなりました。また、生活面でも自分が使った金額はレシートを写真で撮っておいて、帰宅後写真を見ながらゆっくり自分の無駄づかいっぷりを反省することにより、だいぶ出費が減りました(笑)

この本の多くのページを割かれているのが「iPhoneに記憶や記録は"え?ここまで?"と思えるくらいに全て任せて、人間は純粋に人間にしかできないことをやろうよ」という部分です。しかしその他多くのビジネス書と一線を画すと思うのが、あらゆるビジネスパーソンに対して"フェア”だという点です。つまり佐々木正悟さんの前著『仕事脳を強化する記憶HACKS(ハック) ~ITツールを駆使して”第2の脳”を使いこなせ! (デジタル仕事術シリーズ)』と同様、「使えるところは使ってね」という姿勢でありながら、出来る限り多くの仕事の形をフォローできるよう幅広く例を挙げてくれています。

私のような多くの薬品を使ったりする仕事だと、全部が全部iPhoneがあれば解決さ!とはいかないのですが、「デジタルを追求するとその影としてアナログの必要性が高まります」としてノートとの併用の効果に関しても多くのページを割いてくれています。(この部分を読んで、薬品を使うときはノートに書き込んで、後でSCANすればいいじゃん!と我ながら何で今まで気づかなかった?と思えるような使い方を発見できました。バカですなぁ。)

また、仕事だけに留まらず、本棚の整理で困ってない?クローゼットの整理はどう?体重管理とか睡眠時間管理とか困ってない?という感じでiPhoneが私たちの普段の生活にも色々な手助けになってくれることを1章丸々割いて言及してくれています。

ですので、今iPhoneを使っていない人でも、情報というものとの付き合い方の手段が多角的に学べるという意味でこの本は有益だろうと思いますし、iPhoneユーザーであればもはや必読。きっと「ああ、こういうシーンでも使えるなァ」と思える点がいくつも出てくると思います。またiPhone買おうかどうしようか?と悩んでいる人なら、本屋でこの本を立ち読みしてたはずが、気づいたらSoftbankショップで契約書にサインをしているところだったということになるでしょう(笑)

掌にこれほど多くの情報(もはやありとあらゆる記録)を持って歩けるなんてすごいじゃないか!改めてそう思わずにはいられません。同時にこうして自由になった脳を何に使うのかが今度は重要だとも思います。どうせなら地球温暖化や少子高齢化、飢餓の撲滅、核の根絶など、今はスケールが大きすぎてイメージもできないようなことに、少しでも関与していくことができるような高い次元に使えたらいいなぁと読了後に何だか爽やかな夢みたいなものを抱かせてもらいました。

心のセーフティーネットを準備しよう

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ここ数週間、何がきっかけかわかりませんが、一気に鬱に落ち込み、ものすごく苦しんでました。その結果、鬱の予兆から最低に落ち込むまでの過程とその時の対処法が朧気ながら見えてきたので、自分の備忘録及び同じ病に苦しむ人、その家族の参考になればと思い書き残しておきます。(あくまでも私の経験則です。学術的根拠などはゼロです。その点ご承知おきください)

鬱に落ちていく段階を自己観察すると、どうやら概ね10段階あるように思えます。

フェーズ1.風邪に似た症状が長引く(7度ちょっとの微熱が続くなど)
フェーズ2.集中力が持続出来なくなる。質問されたりすると即拒絶したくなる
フェーズ3.落ち着ける場所が無くなっていくように感じる
フェーズ4.落ち着ける場所を見つけたらそこから動きたくなくなる
フェーズ5.動きたくない自分に腹が立ち始め、言動はじめ全てが攻撃的になる。
フェーズ6.攻撃的になっても変わらないことが分かって再度動きたくなくなる
フェーズ7.鬱になった自分を責める思考ループに入る。原因は全て自分のせいだと考える
フェーズ8.自分が悪いのだから、自分がいなければ解決すると思うようになる
フェーズ9.幻聴(だと思いたい)で「死ね」というささやきが聞こえる
フェーズ10.本気で死ぬこと、死に方を考える。

フェーズ10まで来てしまうと、あとは復活のきっかけを掴むか、死ぬかの2択になります。
今回、わずか数日でフェーズ10まで落ち、そこから数日で復活出来たのは本当に奇跡的なことだと我ながら感じます。今回復活出来た最大の要因はTwitterでのみんなからの励まし、支えの言葉でした。特にhaTshさん、utchyさん、oilshopさん、kira88さん、Match2chさん、には本当に感謝です。

また、佐々木正悟さん主催のマインドハックス研究会に参加していて本当に良かったと思えた瞬間でもありました。これは脳内物質が引き起こしていることだと最後まで思えたこと。また脳内物質のボリュームを整えられれば元に戻るということを学んでいたからです。ですから落ちていく中でも冷静に自分を観察することができ、ユビキタス・キャプチャーし続けることができました。今回フェーズ10まで行く過程で、色んなことを試しましたし、ここでコレをやっていれば違っていたかもしれないということもあったので、その辺をフェーズ別に書いておきます。

フェーズ1.風邪に似た症状が長引く(7度ちょっとの微熱が続くなど)
 対策:今思えばこの時点で休むべきでした。オカシイと感じたら休む。これは基本です。期末で休めなかったというのが決定打だったのかもしれません。

フェーズ2.集中力が持続出来なくなる。質問されたりすると即拒絶したくなる
 対策:拒絶反応に気づければ、ここ段階までならマインドハックが役立ちます。幸い今の職場は僕の病気のことは全員知っているので、「今オカシイんです」と明言しておき、人間関係のトラブルに巻き込まれないようにしました。また、作業を出来る限り細切れにしてその1つの作業だけをやったら休憩、やったら休憩と急ぎの仕事でも休憩を取るようにしました。握力ボールを握ってみたり、ふらっと外に出て気分を変えてみたり、水を飲んでみたり、WhiteNoiseを聞きながらやってみたり、イロイロやりました。ここでSTOPをかけられることが殆どだと思います。その意味でマインドハックを学んでおくことは絶対必要ですし、重要です。

フェーズ3.落ち着ける場所が無くなっていくように感じる
 対策:会社にいても落ち着かない、自宅にいても何か居心地がわるい、自分の城である書斎ですら何か自分を拒絶しているような感じがする。そんな気分です。常に自分に良くしてくれる(接客態度がサイコーな)お店を探しておくのが良いと思います。
本来、落ち着ける場所は自宅がそう在るべきなのですが、次の4を考えると、本当に落ち着ける自分だけの隠れ家は外に見つけておいた方が良さそうです。図書館はオススメしません。あくまでも人との接点がある所が良いです。小気味よい会話が楽しめる昔ながらの喫茶店なんてのが理想的かもしれません。

フェーズ4.落ち着ける場所を見つけたらそこから動きたくなくなる
 対策:落ち着ける場所が自宅以外であれば、閉店時間が来たら出されます。しかし自宅の書斎などがあまりに快適だったりすると、本当にそこから出られなくなります。今回のことで、我が家では書斎の扉を取り外しました。

フェーズ5.動きたくない自分に腹が立ち始め、言動はじめ全てが攻撃的になる。
 対策utchyさんもTwitterでおっしゃっていたとおり、鬱と攻撃性は表裏一体の関係です。突然破壊衝動におそわれます。机の上が汚い、リビングテーブルの上に書類がたまっているとかそんなことが無性に腹立たしく、全てをぶっ壊したくなります。これは自制できません。事前に100均などで「かっこわるい・デザインがむかつく」お皿を買いだめしておいて、それをどんどん割っていくというのもアリです。実際今回これをやりました。破壊衝動を当てて良いところが無いと、本当に他人や動物を殺しかねないので、これは用意しておいた方が良いと思います。
 
フェーズ6.攻撃的になっても変わらないことが分かって再度動きたくなくなる
 対策:暴れるだけ暴れて、疲れたことからこのフェーズに入ると思われます。家族は安心すると思いますが、この時点で自傷行為に走る場合があるので、その点注意が必要です。コレに対する対策ですが、動きたくなくなったときに戻る場所を無くすことです。書斎に引きこもっていた場合、書斎で暴れていたら、そのあと書斎でうずくまるのも億劫になるはずです。従って落ち込める場所がなくなり、寝るしかない状態になれば成功と言えると思います。

フェーズ7.鬱になった自分を責める思考ループに入る。原因は全て自分のせいだと考える
 対策:先に寝ると書きましたが、絶対寝られません。ずーっと延々回答のない問題を考え出します。しかも全てが後ろ向きです。ここでTwitterがひとつの助けになります。他の人は基本的に楽しい思いをしているじゃないか、こうなろうよと思考を少しでもズラすことが出来る可能性があります。いつも笑ってしまうようなつぶやきをしている人をフォローしておくのは絶対効果的だと思います。

フェーズ8.自分が悪いのだから、自分がいなければ解決すると思うようになる
フェーズ9.幻聴(だと思いたい)で「死ね」というささやきが聞こえる
 対策:8と9はほぼ同時に訪れます。逆説的ですが「生と死」を描いたマンガを読むことを薦めます。個人的には「」というマンガが一番良いと思います。もしくは極限状態を描いた小説なども効果的です。この場合、日本最高のアルパインクライマー、山野井夫妻を描いたノンフィクション「」をオススメします。この極限に比べれば・・・と思えれば復調のきっかけを掴めるかもしれません。間違っても太宰とかは読んじゃダメです。背中を押されてしまいます。読む体力が残っていない場合は、音楽か香りかどちらかを使いましょう。音楽はできるだけスローテンポなもの。香りは良く分かりませんが落ち着くと言われている香りが良いのではないでしょうか?

フェーズ10.本気で死ぬこと、死に方を考える。
 対策:まず身近な人の死に顔を思い出す、もしくは知人の葬式などのシーンを回想すると、自分が居なくなったらどれだけの人に迷惑をかけるかを考えると死ねなくなります。私の場合は妹を思い出し死ねませんでした。

また、これ以外に、今回気づいたことですが、日常生活を規則正しいものにしておく重要性です。私の場合だと(平日のスケジュール例)
 6:00起床
 7:32自宅出発
 8:20会社着
 12:00-12:25昼食
 12:25-12:55昼寝
 13:00-17:00仕事
 17:00-17:30その日の纏め仕事
 18:00〜18:30頃帰社
 19:20頃帰宅
  以降、愛犬と散歩に行ったり、夕飯食べたり、読書をしたりする
 11:00就寝

この生活をほぼ守るようにする。予定外の残業だとかが入った場合はこの日常に歪みが生じます。その小さな小さな歪みの積み重ねが突然、鬱へと引っ張って行くことになると思うのです。

そして、もう一つ。意外な落とし穴なのが休日の過ごし方です。休日ってどこかに出かけたりしなければ"ならない"と思ってしまうのです。でもこれは結構危険です。買い物に行くにせよ、遊びに行くにせよ体力が必要です。休む日なのですから、気分転換程度の外出に留めて、ムリに何かをしないようにする必要があるんです。でもゆっくりするというのも、鬱病になるようなタイプの人には難しいことです。常に何かしていないと落ち着かないのですから。

ですから理想的には土曜日は出かける。日曜日は休む。休むにしても何かしてないないといけないから、家でできる趣味(日曜大工とか、読書するとか、靴磨きとか・・・)何かやってて楽しい作業を見つけて没頭できるようにことが必要だと思います。普通の人には嬉しい連休でも鬱の人にはまさに鬱々たるものになる可能性があります。家族が居る人だったりしたら「ああ、また苦しい家族サービスをしなければいけない」とか「ああ、また家内の買い物に付き合わなきゃいけない」とか。そんなことも周りの人は少し理解してくれるとずいぶん助かると思います。

まずは平日の生活を規則正しいものにしてそれを遵守する。休日の過ごし方は(家族との話し合いは必要でしょうが)出来る限り自分の時間を確保させてもらう。これを実践して尚、鬱に引き込まれそうな場合は、上記の通り、事前にセーフティーネットを確保しておくことをオススメします。心のセーフティーネットは国も家族も提供してくれません。これは自分でしか出来ないぶっちゃけシンドイ作業です。しかし"死ねない、死にたくない"と思うのであれば、何か対策を打っておくことをオススメします。

それともう一つ。私だけかもしれませんが、他人との会話が苦手になります。それなりに気心のしれた人とでも二人で対面で話そうとすると、目を合わせられず、気の利いた台詞も言えず、あとで非常にいたたまれない気分になります。でもTwitterなら、FriendFeedなら、対面ではありませんし、考えた上で発言できます。たとえはhaTshさんとは直接面識があるわけではありませんが、今回いただいたDM、以前にいただいたメッセージにどれほど救われたかわかりません。鬱病の人、コミュニケーションに不安のある人にこそ、Twitterみたいな、別に利用を無理強いをするわけではないし、自分の好きな時間にボソっと書き込めるだけというゆる〜いサービスはいざというとき最大のセーフティーネットになるかもしれません。その救いはヘンな話しですが、家族以上のものだと私は思います。こういう方々と知り合えて、沢山のメッセージをもらえる幸運に感謝しつつ、このながーいエントリーが同じような境遇の人の助けになればと思います。

最後に、おそらく昔は鬱病なんて無かったと思うんです。それこそ原始時代なんて鬱病にかかる余裕なんてのはなかったろうし、第2次世界大戦が終わるくらいまでもそんなコトはなかったんじゃないかと思うんですね。何故、イロイロな物が溢れて、生活が便利になって、食べるものにも着るものにも住居にすら困らないこの現代に、このような病気が増えているのかホント不思議です。脳が現代社会について行けていないのか、それともどこかで人間の発展方向が間違ってしまったのか、何故なんでしょう?

働"ける"幸せ、働"ける"喜び

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働く幸せ~仕事でいちばん大切なこと~という本を読み終わりました。イロイロ考えさせられる内容だったので、書いておくことにしました。この本は知的障害者が社員の7割という会社「日本理化学工業株式会社」の会長、大山泰弘氏の著作です。

読了後、最初に浮かんだのは妹の顔でした。先般のエントリーに書いたとおり、私の妹は子どもと共に殺害されてしまっているのですが、出生からして壮絶でして、自然分娩が上手く行かず、急遽帝王切開に切り替えてこの世に生を受けたものの、切り替えるタイミングが遅すぎて脳に十分な酸素が行かず、新生児ICUで生きるか死ぬかの瀬戸際を1ヶ月半ほど彷徨い、何とか生還したものの、軽度の知的障害というハンデを背負ってしまっていました。

妹は客観的に見ても普通の女の子よりも大分良い器量の子でしたし(無名塾の仲代達矢氏の奥様から直々にスカウトされたこともあります)自分がハンデを背負っているせいか、回りにはとても優しい子でした。

しかし、知的障害というのは如何ともしがたく、特に記憶力には普通の人と比べて大幅な遅れがあり、また段取りが出来ないため、チームプレーも苦手でした。コミュニケーションに関しても壮絶なイジメにあったことも影響してか、大人になっても感情の表現方法がヘタで極端に上下にぶれる子でもありました。

そんな妹が、最初に働いたのは確かコンビニでした。母が面接について行き事情を説明した上、レジには触らないこと。接客でわからないことがあったら必ず回りの人を呼ぶこと。給料は通常支給の7割という条件で、何とか得た仕事でした。
やることは遅いけれども真面目に取り組む妹は毎日頑張って、最初のお給料をもらってきました。満面の笑みを浮かべて、どこか誇らしげに明細を見せた妹に「やったな!すげーな!できるじゃん!」と頭をガシガシなでながら褒めた覚えがあります。

その後、職を転々としたものの、ヘルパーの職を得て、そこでひたすら真面目に働いていました。私は妹の仕事ぶりを見たことはないのですが、家内は妹の仕事ぶりを見たことがあります。家内と妹で末期ガンの祖父の面倒を見てもらうことが半日だけあったのですが、普通の女の子なら嫌がるであろう、祖父の下の世話も別に嫌がるでもなく当たり前のこととしてこなし、恥ずかしがる祖父を「いーからいーから」と言って身体を拭いてあげたり、それはそれは献身的に愛情を込めて行う姿に感動した、すごいすごいよ!と連呼してました。

生前妹がこういっていました「働ければお金がもらえるでしょ。お金がもらえれば助けてもらうばかりではなくなるでしょ。助けてあげられるんだよ。●●(弟の名)にプレゼントもできるんだよ!すごいでしょ?お兄ちゃん!」

この本では、人間の幸せは以下の4つだと説いています。
  1. 人に愛されること
  2. 人にほめられること
  3. 人の役に立つこと
  4. 人から必要とされること
そして働くこととは人間の幸せを実現するものであり、それはつまりその字の通り「人の為に動くこと」だと説いています。
注目すべきは、「お金」には一切触れていない点です。あくまでも「人との繋がりの中」に幸せはあるとなっています。

きっと壮絶なイジメを乗り越え、人にバカにされ、蔑まれながらも歯を食いしばって生きてきた妹はこの境地に居たんだろうなと思います。

私も鬱病になって、「朝、起きること」と「今日、死なないこと」「1週間に1回は必ず病院に行くこと」の3つしかできない事態を経て、そこそこ真っ当に働けるようになった今、バイトでお給料をもらってきたときの妹の喜びがようやく分かると言えるようになったと思います。「働く喜び」という言葉は耳にしますが「働ける喜び」というのも間違いなくあります。

普通に新卒採用されて、波風はあるけど、何とか無事に過ごしていると、このことに気づく機会はまずないでしょう。働いていることが当たり前の状態では、なかなか「働けることそのこと自体がすでに喜びなんだ」というのは理解しがたいと思いますが。

参考までに今の私の仕事に対する基本姿勢を書くと、それは「同僚の為に動く」ことです。休職中に8割もの給料を支給してくれた会社、その会社でその給料を捻出できるだけの利益を稼いでいてくれた同僚には感謝したりないものがあります。故に、やればみんなが楽になることや、みんながめんどくさがることを積極的にやるようにしています。これが結果「助かった〜!」と感謝されたり、「アイツがいるから大丈夫」と言ってもらえたり、「これは任せる!」と必要とされたりということに繋がっています。この本の説く人間の幸せの内3つは既に叶っています。人に愛されるという部分は(おそらく、きっと・・・)家内が賄ってくれているでしょう。「なーんだ、オレって幸せじゃん」と気づけたことは、鬱病を経験して良かったと言っても良いことなのかもしれません。

また、賃金の多寡以外の部分で仕事を見直すことも必要ではないかと感じます。いい加減、金儲けの螺旋から降りても良いのかなとも。お金は大事ですが、あまりそこばかり強調されるのはもういいんじゃないかなと。年収10倍は魅力的ですし、宝くじに当たる夢をみるのも楽しいですが、真っ当に働けて、真っ当にお金を稼げて、真っ当に生きていければそれで十分と、どこかで「足るを知」らないといけないのではないかと思います。何しろ人の幸せにお金の多寡は入っていないのですから、それでも良いのでは?と思った次第です。

妹は改めて凄かったんだなぁと思うと共に、妹の苦労を考えると、日本国政府はもうちょっと知的障害者や働けるけど病気の人に目を向けて欲しいものだと思います。
何しろ日本は憲法でこう規定している国なんですから。
  • すべての国民の「生命、自由及び幸福追求に対する権利」(13条)「勤労の権利」(27条)「健康で文化的な最低限度の生活を営む権利」(25条)を保証する。
何だかとりとめのない、暗い話しになっちゃいましたが、「お彼岸だしな」ということで勘弁してやって下さい。

お客様の視点は『掃除』で会得できる!

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『オフィスは城、社員は兵』という標語があるのかは知りませんが、会社を人生修行の場ととらえる経営者は多いように思えます。有名な経営者の自伝的な著書を読むと、オフィス(仕事場)を大事に扱っている姿が垣間見えます。

私が勤めている会社の社長も同じような価値観の持ち主でして、毎朝社員が当番制でオフィスの掃除とトイレ掃除をしています。仕事中もちょっと落ちてたホッチキスの針を拾ったり、紙くずを拾ったりという姿は当たり前の会社です。そんな価値観の会社なので、個人の机の上や、収納が綺麗かどうかは置いておいて、少なくともオフィスの床と、トイレは非常に綺麗な状態をキープしてます。来社されるお客様が一様に驚かれる部分でもあり、密かな自慢でもあったりします。

たまたま今日来社された協力会社の役員さんと整理整頓の話しになったので、掃除はどうされているか聞いたところやはり、自分たちでやっているとのこと。その理由を聞くと、

「オフィスを掃除させれば、仕事が出来るか出来ないかすぐ分かる。簡単な掃除一つ満足に出来ない人に、複雑な仕事が出来るはずがない」

というのがその会社の社長さんの持論とのことでした。

腕の良い職人さんに教わった仕事の極意 "あれ?メモ" でも書いた通り、仕事の出来る職人さんの職場は整理整頓が行き届いていましたから、整理整頓はオフィスワーカーの仕事の善し悪しを計る目安にもなるのかもしれません。掃除が嫌いな人=机回りが乱雑=仕事が雑という感じで関連性があるようにも思えます。が、この話には私はもっと根本的なものがあるように感じました。

そもそもオフィスを綺麗にしておこうと思った時点で"来社される他人の目"を意識しているとも言えます。この他人は協力会社の人かもしれませんし、お客様かもしれません。いずれにせよ"他社の人"です。つまり日頃掃除をするということは、常に"他社の人"の視点を意識することにも繋がるのではないかと思ったのです。

よく「お客様の視点で考えろ」と耳にしますが、掃除ひとつでお客様の視点でオフィスを見ることができるわけです。「これで他社の人に綺麗だなと思ってもらえるか」「これで他社の人に気持ち良くトイレを使っていただけるか」そんな風に考えて掃除ができればベストでしょう。それこそ「掃除ひとつで来社した方にあの会社はすごいと感動を与えてやる!」と思えたとしたら極めたとも言えるかもしれません。

常日頃、掃除を通して"他社の人の目"を意識する機会を増やすことによって、お客様の視点で自分の仕事を見ることもスムーズにできるようになり、最終的に"複雑な"仕事の善し悪しに関係してくることになるのではないでしょうか?

"簡単な"掃除(仕事)をバカにせず、真摯な姿勢で臨むことができれば、人生が好転するきっかけにさえなるかもしれないな、そんな風に思いました。明日当番だから頑張ろうっと(^^)/

※画像をルンバにしたのは、別に楽をしたいと思っているわけではないですよ〜(笑)

ビジネスパーソンが明石家さんまさんを目指す危険性

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注1:佐々木さんが明石家さんまさんの例をあげたワケではありません。
注2:私はさんまさんのファンですので、悪意はありません。

8月25日に佐々木正吾さん主催の「第6回マインドハックス研究会」に参加してきました。第4回から参加していますが、毎回非常に大きな気づきが得られるセミナーです。しかし今回は”衝撃”と言っていい気づきが得られたので、それについて書こうと思います。

第6回のテーマは「やる気」でした。「やる気がある」というのはどういうことなのか、やる気を出す為のハックについて行動科学、認知療法、深層心理学らの理論的な背景を交えつつ身近な例を挙げて説明していただきました。これ自体、相当勉強になったのですが、”衝撃”はその後にありました。

やる気ハックの次のアジェンダが「軽そう状態」だったのです。

軽そう状態とは字のとおり、「軽い躁状態」のことです。鬱についてはメディアでも見かけることが多くなりましたが、躁についてはあまり見ません。
私も躁ではないので、躁のことは良く分かりません。しかし完全に躁な状態の人と病院で会ったことはあります。めっちゃくちゃ真顔で「僕は空が飛べるんだよ。空を飛ぶのは気持ちいいよー」とか「船は本来、海じゃなくて宇宙に行くための乗り物だ」とか「自分が世界を創造した」とか言いますし、常に自信満々でハイテンションな感じです。気持ち悪いくらい常に笑顔というか恍惚の表情のままの人もいました。これらの軽い状態が「軽そう状態」とイメージすればひとまず良いのだと思います。

問題は「軽そう状態」は自己効力感が上昇し行動意欲も増進するため、やたらとやる気が高いレベルで持続し、生産性が上がり、現代社会が求める理想のビジネスパーソンに見えてしまうことなのです。

現代社会が求める理想的なスーパービジネスパーソンはバブルの頃の「24時間働けますか」がベースで、さらに今では「24時間で48時間分以上の生産を上げるられる人」ような気がします。だから、やる気を出す、生産性を上げる、モチベーションを上げる、効率を上げる等がキーワードになっているビジネス書が多いし、それが多くのビジネスパーソンに求められるのだと思います。

ここで一人、現代社会が求めるスーパービジネスパーソンの条件にがっつり当てはまっている人が思いつきました。そう誰もが知ってる「明石家さんま」さんです。さんまさんの仕事は「しゃべる」ことです。彼は仕事場で常に200%しゃべくり倒し、番組が終わっても、プライベートの時間でも寝る間も惜しんでしゃべくり倒していると言います。まさに仕事で高い生産性を上げ、それを持続し、プライベートも何も関係なく、話芸を追求しているわけです。これを見上げたプロ根性と捉えることもできるのでしょうが、これは果たして正常なのでしょうか?

セミナーで佐々木さんは「急に生産性が上がったり、いつもよりやる気が高まっているような状態が続いたとしたら、それは実は『軽そう』状態の疑いがある」と指摘し警鐘を鳴らされました。軽そうは双極II型障害に分類されるので、それは『鬱』につながる可能性もある為、十分に気をつけなければならないのだと。

私の場合、意識的にゾーンに入れる時があります。特に細かい作業(ナノレベルの精度が求められる作業)などをしている時はその頻度が高く、心の中で「ゾーン」と言えば入れるくらいな時さえあります。しかしゾーンに入って無茶苦茶なスピードで生産性が上がった後の反動はヒドイもので、全く動けなくなります。一気に鬱に行きそうになります。佐々木さんが指摘しているのはまさにこの状態のことだと思い至り、本当に”衝撃”的な指摘でした。

もしこの記事を読んでくれたあなたが、常に全力を超えて200%で仕事して、200%やる気を出し、それを常にキープしている「明石家さんまさん状態」を目指しているのだとしたら、これは明らかにおかしなことなのです。人間「やる気がないときがある」というのが正常で、常に最高レベルのやる気をキープ出来るなんてのはおかしいのです。やる気が起きなくて困っている。やる気を起こす方法はないものか。やる気を持続させる方法はないのか、みんなこういうことで悩んでいると思いますし、それに対する解を扱った書籍も多いですが、過度に求め続けると、その先に待っているのは「病気」という現実かもしれません。

あんまり調子が良すぎるようなら要注意!意識的に休憩を取るくらいが実は丁度良いのかもしれません。実はこれこそ今必要な「やる気Hack」なのかもしれませんね。

結婚して良い相手かどうかを見極めるHack

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大注目で大人気のブログ「Hacks for Creative Life!」のBeckさんがご結婚されたとのことで、「幸せな家庭を築くhackを編み出さねば・・」とTwitterでつぶやいておられました。

私は一応来年で結婚10年目に突入するくらいには添い遂げておりますので、20台の若者達から「kazumotoさん、奥さんと結婚する決心をした決め手はなんですか?」なんぞと相談を受けたりします。ここでそんな数々の悩める若人たちを救ってきた「結婚して良い相手かどうかを見極めるHack」を公開してみようと思います。

離婚原因の第一位を調べてみると、男性女性とも「性格の不一致」が一位のようです(参考はコチラ)。性格が合うか合わないかを事前に見極められれば少なくとも離婚することなく一生添い遂げることができそうです。
しかし性格って結婚する時は絶対合っていたはずなんですよ。じゃなきゃ結婚しようなんて思わないでしょう?でも「だんだんズレてくる」というのが問題だと私は考えています。ですので、以下のHackは後々大きな問題になりがちな「ズレの芽」を確認することに主眼を置いています。

Hack1:大型の家具屋でデートすべし

大塚家具などがベストだと思うのですが、安価なものから高価なものまで並べてあり、イロイロなインテリアのテーマが揃っているところが良いと思います。
なんで、家具屋なのか?理由は二つ。一つ目は金銭感覚が自分と近いかどうかがわかるから。自分が「高い!」と思う家具を相手は「安い!」と言ったり、その逆があったりして、大凡相手のモノに対する価値判断基準と自分の基準のギャップが見極められるのです。お金の基準が違うと後々トラブルの元になります。
二つ目はこれからずーっと一緒に暮らしていく以上、家の中の空間はお互いに納得してリラックスできる空間でないとトラブルの元になりがちです。自分はシックなインテリアが好きなのに、相手が思いっきり花柄大好きッ子だったりしたら絶対に合いません。いずれ衝突することになること請け合いです。
好きなモノと金銭感覚。この2つが家具屋でデートすることで把握出来ます。

Hack2:安い居酒屋レベルの店から高級店まで5段階くらいの店で食事をすべし

まず、安い居酒屋レベルであればみんなでワイワイというシーンが想定されます。ここで相手が男性であれ、女性であれ、大皿を自然と取り分けるようなタイプであれば合格点。気遣いができる人だったら結婚相手としては基本的に問題なしです。
しかしそれでも高級なお店に行けという理由は、居酒屋レベルではOKな人でも、高級店となると突然お店の人に「高額な料金を払っているんだからサービスされて当たり前だ」的な傲慢な態度を取る人がいるからです。サービスに感謝するという謙虚な姿勢がない人はNGです。この傲慢な態度を取るのが男性だった場合、相手の女性は結婚後、料理をしても洗濯をしても感謝してくれることはないでしょう。最後には「私はあなたのママじゃないの!」とキレること請け合いです。
また、食事の仕方にはその人の品みたいなものが現れます。すごい素敵な人でもまともにお箸が持てない人は多分、ご両親は良い顔をしないでしょうし、クチャクチャ音を立てて食べるなんざ、生理的に許せん!という事態にもなります。
最低でも懐石料理で和食のマナーとイタリアン(若しくはフレンチ)で洋食のマナーを計っておいてからご両親に紹介することをオススメします。
このように、いくつかのレベルのお店で食事をすることで、その人の人柄から素養まで見通すことができます。場にふさわしい装いができるかとかもね。

恋愛中はあばたもえくぼ状態ですが、結婚後は小さいことがだんだんと気になってくるものです。本気で結婚を考えているのであれば最低この2つのHackを実践されることをオススメします。まぁ小さな親切余計なお世話かもしれませんが、このHackを紹介した若人からは感謝こそされ、悪く言われたことはないので、おそらく間違いないHackだと思いますよ!