命の原点-書評『マタギ-矛盾なき労働と食文化』-

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ヘンリー・D・ソローの『WALDEN 森の生活』を読了したことは先に書いたとおりですが、ひとつだけ気になることがありました。ソローは田畑を耕し、植物を摘み、魚を釣り、たまに日雇い労働に出て、半自給自足生活を送ったわけですが、なぜか「狩猟」についての記述がないのです。人類が誕生し、食料調達のために行ったことは、狩猟採集でしょう。これは農耕以前から行われていた最も原始的で本能的な行動なはずです。なのに採集については書いていても狩猟については書いていない。このことに強烈な違和感を覚えました。そして「森の生活」と言っているが、あれはあくまでソローの実験にすぎない。現実に今も狩猟採集を行っている人々のコトが知りたい・・・こう考えたときに『マタギ』という存在を思い出しました。

日本に『マタギ』と呼ばれる特殊な狩猟集団が北東北から長野県北部の雪深い山間部に現在も実在しています。普段は公務員だったり旅館を営んでいたりするそうですが、皆、狩猟を行う人々"狩猟者"です。狩猟という行為に対し非難の声を浴びせられることも多いことから、頑なに取材を断り、マタギに関しては、つまらない民俗学的な本があるだけだったのですが、なんと著者の田中康弘さんは、そんなマタギたちと友人となり、実際に狩猟の現場へ同行させてもらいます。狩猟の現場を取材した貴重で且つ第一級の資料とも言えるのが本書『マタギ 矛盾なき労働と食文化』です。

熊を獲り、皮を剥ぎ、解体し、食す。
兎を獲り、皮を剥ぎ、解体し、食す。
冬の川で(恐らく最後の)伝統漁法で魚を捕り、食す。
山に分け入り、渓流で岩魚を釣り、食す。
山に分け入り、茸を採り、食す。
山に分け入り、天然舞茸を採り、食す。
最後には聖域とも言える「熊狩り」へも同行し(しかも巻き狩りではなく、「忍び」と呼ばれるほぼ単独で行う奥義のような猟法!)その一部始終をありのままに伝えてくれます。
“今では魚でも肉でも綺麗にパック詰めされている。それが命あるものだったとは感じさせない妙な工夫が施され、単なる食材としてしか意識されない。食肉は特にそうだ。まず命を奪うことから始まり、血と脂の中で解体されていく行程がまったく隠されているのだ。果たしてこれは正しいことといえるのだろうか。私はそうは思えない。他者の命を頂くことで人が生きていくという大切な行為は、狩猟の中にその全てをみることができる。
マタギの狩りは欧米のスポーツハンティングとは立脚点が違います。やたらに殺生するわけではありません。獲った獲物には最大限の敬意を示し、その血の一滴まで無駄にすることなく食し活用します。なにより大自然を相手に「生きるということ」は一人では行えず、仲間、家族を必要とするんだということが腹の底から良く分かります。人が何故コミュニティを作るに至ったか、この本でようやく理解できました。なぜ他人を尊重しなければならないのかも。そして狩猟が原始のコミュニティにとってどれだけ大事なアイデンティティだったのかも。

マタギの弘二さんは、天然舞茸を採ったあと、売れば結構な金になるらしいのに売らず、親戚や仲間に分けます。なぜ売らないのか?
“「ばかくさい」
弘二さんはきっぱりと言う。金を拝むことを喜びとはせず、自然の中から深い喜びを得る暮らし。そしてそれを共有できる人達とのつながりを宝とする、素晴らしい生き方だ。このような考え方は現代社会からは殆ど消えていきつつある。
「ばかくさい」この一言に、物質文明への回答の全てが詰まっているような気がしました。金や物がどうこうではなく、山に(海に)祈り、獲物に敬意を表し、山の(海の)恵みに感謝し、その心を仲間達と共有する暮らし。これが「生きるということの原点」なのだろうと私は思います。

地球温暖化や食品偽装などの不安から、田舎暮らしや山里の生活を見直す機運はあります。キーワードは「エコ」「ロハス」「身体に良い」などです。しかしこの本を読めば、それらは全て嘘くさいと言わざるを得ません。笑ってしまうくらい軽すぎると感じます。田舎の人間も、都会の人間も「他者の生命を奪って食って生きている」のは同じ。ただ命が生きている現場、命を奪う現場を身体でわかっているか否かは厳然たる違いです。本書を読んだ後では、先のキーワードは、何というか臭いものに蓋をするかのような、口当たりが良いだけの、上っ面な言葉にしか思えなくなります。

ソローの暮らした19世紀でも、すでに狩猟は縁遠いものだったようですから、狩猟採集の文化が残る地域は、残念ながら消えていく運命なのかもしれません。山も川も海も汚染され、開拓され、埋め立てられ、環境が変化し、動物もドンドン少なくなっています。私たちが実際に山に入り命を仕留めること、生命維持の原点を全身で味わうことはもうできないことでしょう。しかし、スーパーで売られている鶏肉や豚肉、牛肉、羊肉、刺身、干物、etc は命あるもので、ちゃんと生きていて、それらが解体された姿なのだということは、肝に銘じておく必要があるだろうと改めて思います。

本書はルポとして、真面目に、気負いなく、真摯に、素人の目線で、等身大のマタギの姿が綴られた本です。「生きるということの原点」を知る意味で読んでおくべき本です。熊の解体など恐怖すら覚える写真も多いですが、見なければいけない写真です。恐らく、等身大のマタギの姿を捉えた本はこの本が最後になるでしょう。マタギも継承者がいないとのことですから。しかし、その生き方が我々に教えてくれるものは、 決して忘れてはならない「命の原点」だと私は思います。

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