本質はシンプル&ベーシック-『松浦弥太郎の仕事術』感想

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昨晩、松浦弥太郎氏著『松浦弥太郎の仕事術』を読んでいて、松浦弥太郎という人物にものすごく魅了されている自分を発見しました。松浦氏の著作は数冊、読んでいますが、どれもこれも、そうですね・・・憧れの先輩の言葉を聞くような感じに近いものがあります。

私は、カブスカウト(小学生)と、ボーイスカウト(中学生)をやっていましたが、そこに「憧れの先輩」が数人居ました。私が憧れた人の共通点は、差別をしない。正直である。いつでも明るい笑顔を見せてくれる。平等に優しい。偉そうにはしない。そんなありふれたことを自然体でできる人達でした。
私は、この本を読んで、「ああ、松浦氏からも同じ匂いがするんだ」と惹かれる理由に合点がいきました。

この本は「仕事術」というタイトルであるものの、その実、目新しいタイムマネジメント法も斬新なTodo管理法も、最新鋭のツールの使い方もありません。あくまでも「仕事」と対峙する際の基本的なスタンスと哲学について書かれています。一種の「仕事論」もっと言えば「人生論」と言っても良いかもしれません。
健康管理をしよう。挨拶をしよう。身だしなみに気をつけよう。勉強をしよう。約束を守ろう。人に喜んでもらおう。・・・etc ・・・どれもこれも基本だし、当たり前のことです。とてもベーシックなことです。
これらを「当たり前じゃんか!」と切って捨てることも、流してしまうことも読み手の自由でしょう。しかし『当たり前のことほど徹底することは難しい』と私は思います。私は松浦氏の誠実な言葉に込められた想いに何度も何度もハッとさせられ、自分の「仕事」に対するスタンスと照らし合わせながら読み進めたのですが、いくつもの言葉たちが私の戒めとなる大切な言葉となりました。

松浦氏の著作はどれも、媚や、嘘、虚飾は一切なく、自分の内から出た真実の言葉だけで書かれています。その清潔で清冽でまっすぐで等身大の生き方、恐らくこれらが松浦氏にとってのPrincipleなのでしょう。

私たちは日常、意識しないうちに、変な義理や人情や組織の慣習に縛られ、「仕事」の御旗の元に、自分の死守すべきPrincipleを曲げるような都合の良い嘘をつき、無理や誤魔化しを重ねてしまってはいないでしょうか?
毎朝職場で元気よく挨拶できていますか?知らないことをそのままにしていませんか?身だしなみに気を配っていますか?相手に喜んでもらおうと思って仕事に取り組んでいますか?〆切やアポの時間を厳守していますか?意外とできていないかもしれない・・・と思い当たることがあるのではないでしょうか。

会社勤めをしていると、羅針盤も海図も上司に預けっぱなしで、ただオールを漕いでいるだけということになりかねません。皮肉なことにその方が楽でもあります。責任ありませんからね。でも、そのひと漕ぎが何処に行くためのものなのか、誰を幸せにするものなのかわからないまま、ただ漕いでいるという状況は酷く消耗しますし、得られるものは殆どないでしょう。挙げ句、何かに誰かにコントロールされているという鉄格子から出られなくなる気がします。
松浦氏は本書で、羅針盤を自分自身の手に取り戻し、海図を自ら作りながら自らの決断で、少しづつ航路を修正し、さらに海図に手を加える。「自分で考えて、自分で行う」そんな主体性を取り戻した仕事のやり方を提案されています。実にシンプルなことですが、これぞ徒手空拳で仕事を成し遂げてきた人物にのみ言える言葉だと思います。

私の今の仕事は、前線で戦う営業と、大本営で戦略を練る経営陣との橋渡しだったり、営業への補給兵だったり伝令役だったり、いずれにしても裏方仕事です。決してクリエイティブでもありませんし、ましてや知的生産なんてとても烏滸がましくて言えないものです。しかし、それでも、営業と経営陣のどちらの役にも立つことで、当社の製品を手にしたお客様の役に立てるように(例えお客様は気づかずとも)、日々アップデートできるようなことは、何かしら見つかるモノです。
毎日できるだけ同じリズムで平静に丁寧に暮らし、社会の役に立てるように、人の役に立てるように、丁寧にコツコツ仕事をしていこうと、自分の暮らし方、働き方を見つめ直す良い視点を与えてもらえた、私にとっては裁断不可の座右の書コーナー行きの本です。

蛇足1:この本の中には松浦氏のご自宅と思しき写真が数点掲載されています。そこから垣間見える松浦氏の美意識には強い共感と憧憬を覚えます。これは佐藤可士和氏にも言えることですが、どうやら私は徹底的に整理整頓されたシンプルで上質な環境が好きなようです。自宅の総点検が必要だなぁ(笑)

蛇足2:松浦氏は雑誌『暮らしの手帖』編集長という肩書きを持っていらっしゃいますが、このオファーがあったときは悩まれたそうです。『松浦弥太郎』という名前だけで仕事をしてきて、組織で働くという経験がなかったからだとあります。私は逆です。いくつもの組織で10年以上働いてきました。何ができるかわかりませんが、『Kazumoto』という名、もしくは『本名』で、社会でどう役立てるかを考える必要が有りそうだとも感じました。

3 コメント:

虹の父 さんのコメント...

おお!また共通点発見!私もカブとボーイをやっていました。(と、これだけ見たら、知らん人は何のことかわからないかもしれませんね)
小学校4年生からでしたが。シニアまで、高校2年生までやってました。
高校2年のときかな?富士山の裾野で行われた日本ジャンボリーにも参加させてもらい、当時の皇太子夫妻=現天皇が視察に来られ、目の前を歩かれました。(お~、キャプチャーしておこう!)

今度お会いしたときに・・・
もやい結びできますか?(笑)

Kazumoto さんのコメント...

おお!それはスゴイ共通点!僕もシニアの最初(高1)まではやってましたよ!!

天皇陛下にお会いできたとは!!羨ましい…!

もやいは基本じゃないっスか!今も現役でできますよ〜。止め結びとか8の字結び、テグス結び、よろい結び、キャンプで使うんで今も大丈夫です(笑)

虹の父 さんのコメント...

ロープワークでは現役には勝てません(笑)。
(意味不明ですが)ライフハック・キャンプ大会とかできそう!
今や、シニアーという言葉ではなくなってるんですね。ベレー帽かぶってました?ボーイの時は、先輩のベレー帽姿があこがれでした。(これも、キャプチャーだ!)