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Find the meaning of my life.はこの度、引っ越しを行いました。本サイトは当面このままの形態で維持しますが、このサイトの更新は今後行われません。
今後はこちらのサイト (http://kazumoto.jp/)にて装いも新たに更新いたします。

大変お手数ですが、RSS及びブックマーク 等の変更をお願いいたします。

この引越しもひとえに皆様にお読みいただいたからに他なりません。このような拙いブログをご覧いただき本当に感謝です!これまでと変わらぬご愛顧の程、宜しくお願いいたします。



Find the meaning of my life.管理人?Kazumoto

タスク管理とスケジュール管理を分ける必要があるのだろうか?

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多くの人は学生時代に管理していたのはスケジュールだけだったと思います。要は時間割です。あとは塾に行く日とかでしょうか?放課後にアルバイトや、デートの約束があった場合、それを忘れないように手帳やカレンダーの所定の日時にその旨をメモしておいた人もいるかも知れませんね。いずれにせよそれで十分間に合っていたはずです。

私が新卒で会社に入ってから、ごく最近まで、過去の手帳を見直すとそこに書いてあることはスケジュール管理が主体でした。まぁ若干備忘録的なTodoリストみたいなことも書かれていますが、仕事の詳細もスケジュールの中に含まれていました。

たとえば、6月11日(金)の欄に14:00●●会社××様訪問(△△の件・提案資料、図面持参)等とメモしておけばそれだけで十分仕事は回っていました。

しかし何時ごろからか「タスク」という言葉を急に耳にするようになりました。スケジュールを管理すること以外に、仕事の詳細である「タスク」を管理するツールが必要だと。仕事をする上で、Todoリストを使うことは基本中の基本となり、今では、Remember the Milk(以下RTM)やToodledoはまさにこの「タスクを管理」するサービスを提供しているわけです。

しかしタスクを意識的に管理し始めてから、私の個人的な実感として「忙しさが増してきた」ように思うのです。そこで、もしかしたら昔のように管理すべきことはスケジュールにまとめてしまえば、それだけで十分なのではないかという疑問が頭をもたげてきた為、現在RTMの使用を一時停止しています。

仕事とは「発注があり、条件をクリアして、期日までに納品すること」と私は定義しています。最重要項目はやっぱり「納品する期日」だと思います。(もちろん条件を満たす必要はあります。当たり前です)

RTMはそのクリアする条件を管理(保持)するのには優れていますが、「納期管理」にはどうも向いていません。いろいろ疑問が湧いてきたのです。
・スケジュールとタスクを分けて考えるやり方は、本当に分けて管理する必要があるのか?
・どちらか一方に統合して仕事を回す方が意識が分散しないで済むのではないか?
・詳細で膨大なタスク処理&管理ばかりに気を取られると、常に仕事に追われているような気になりはしないか?
・いつの間にか「タスク管理」を仕事と勘違いしてしまわないか?
・「期日」というものへの意識が薄れて大きな失敗を犯す可能性があるのではないか?
・慣れ親しんだ時間割方式で考えた方が理にかなっているのではないか?
等と考えたわけです。

RTMの使用を停止し、数週間テストした結果としては、「スケジュールにタスクを時間割風に落とし込めばそれだけで私の仕事は滞りなく回る」という結論に達しました。私の場合、Googleカレンダーに期日(=締め切り)を明記し、プロジェクトとルーチンのカレンダーを必要数作り、逆算思考的な段取りで「何月何日何時に何をやるか」を30分一塊としてGoogleカレンダーに入力すれば、十分仕事が回ってしまうことが判明しました。尚蛇足ですが、ついでに手帳の使用も止めてみました。iPhoneアプリの「Refills」であればスケジュールも大まかなTodoリストも一緒に管理できるからです。これも結果として別に私の仕事に手帳は必須なものではないという結論になりました。今ではiPhoneと5x3インチカード+ジョッターだけで全ての仕事を回しています。

もっとシンプルに言うとこういうことです。1日8時間という労働時間を30分一塊ですから、1日には最大16コマの授業(仕事)を入れることができるわけです。その16コマの中には「A-Project(青)」だったり「ルーティンワーク1(オレンジ)」だったり、「B-Project(赤) Mtg」などと書いておくだけという簡単なことです。Googleカレンダーのバーチカル表示で見れば、どれくらいかかっているのかも一望できます。一応Project毎にTodoを書き付けた5x3インチカードがありますが、スケジュールを見ただけでは仕事の内容が思い出せないような仕事は皆無だったのです。

タスク管理という問題を取り上げた書籍が沢山書店に積んでありますが、タスク管理とスケジュール管理を分けずにゴッチャにしている書籍も見かけますし、反対に厳密に分け過ぎて仕事をより難しくしているだけじゃないか?と思われる書籍も少なからずあります。
当然仕事によって、詳細なタスクを管理する必要が絶対ある、そのタスク管理に従って進めなければならない仕事もあると思います。SEさんとかはそうなのかもしれませんね。しかしあまり「タスク管理のこと」を考え続けると泥沼にハマる可能性がありそうだと思います。例えば「タスク管理が目標になっている」「タスク管理をすることがさもスゴイ仕事をしていることだと勘違いしている」もしくは「タスク管理にかかる時間が増えている」という本末転倒なことをやっている人も少なくないように感じるのです。「何をやっても上手く仕事が回らない」という方は、再度スケジュールとタスクの定義を自分なりに定義し直して、根本的なところを見直す必要があるのかもしれません。

ちなみに…大辞林での検索結果は以下のとおりです。

[タスク]
①課せられた仕事。課題
②コンピューターで処理される作業の最小単位。

[スケジュール]
日程。予定。また、日程表。予定表。

Time is Moneyの真の意味

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偉そうなタイトルですが、内容は実に当たり前なことです。「時間の無駄だった」と文句も言いたくなると思います。そう思ってもどうかご容赦ねがいます(笑)

現代社会はとにかく何でも便利なものがある時代です。所謂「三種の神器」の変遷を見てもそれは間違いなさそうです。しかし、そんなこの世の中で2つだけ、いつもみんなが「ない、ない」とボヤかれているものがあります。それは「時間」と「お金」です。この2つはいろいろな見方があり、私などの脳では考えれば考えるほどわからなくなるのですが、時間とお金はMIXすると時間というものがよりクリアに見えてくることに気がつきました。

生まれてから仮に寿命を85年とした場合、85年=約31,025日。時間であらわすと744,600時間。これを多いと見るか少ないと見るかは人それぞれですが、ともあれこれだけの持ち時間があるわけです。そこから睡眠や食事など"使用不可"時間を10時間と仮定した場合、生まれてから死ぬまでの稼動可能時間は1日14時間ですから、単純計算で434,350時間となります。私でもできるくらいの簡単な計算ですが、このままだと数字が大きすぎて実感がわきづらいですね。しかしこれをですね、お金で考えると途端にわかりやすくなると思うのです。つまり私達は生まれて最初にこう宣告されているのです。

「ハイ。誕生おめでとう!あなたの所持金は434,350円です。そして一日経つごとに14円(14時間)を有無を言わさず必ず徴収されます。所持金は1円たりとも増えることはありません。では幸多からんことを!」

平均寿命の差を無視すればこれが世界共通のルールです。手持ちの43万円を減らすことが、生きるということに他なりません。俄然時間のありがたみが実感出来るようになりませんか?Time is Moneyとは良く言ったものだと改めて思います。

私たちは家電製品からITツール、交通機関の発達等々によって、この43万円を少しでも効率的に長く有意義に使えるよう工夫をしてきたわけです。しかしまだ「時間がない」と言っているのです。数々の便利な製品のおかげで相当の時間を余らせることができているはずなのに。いったいどれくらいあれば「時間がある」と思える状態になるのでしょうか?

安くて高品質な洋服。スーパーには山積みにされた食料。高いけれど一生を賭せば買えない金額ではない(と思う)住宅。衣食住全てが満ち足りて、日々最新の便利な製品が次々出てくるこの日本で、いったいあと何を減らせば、何を満たせば時間があると私たちは思えるのでしょうか?

現在34歳の私は残り260,610円しかありません。これが私に残された命の全額です。さて、こうして具体的に残り金額が見えれば「時間がある・ない」と考えるよりも、残された時間をどう過ごすべきか考えてみる方が有意義だと感じませんか?ちょっとしたことですが、この可視化は人生をレビューする際、座標軸として使えるのではないかと私は思います。

即興で書いてみました「どんとこい!仕事術」

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@rashita2さんが主宰しているR-Style待合室で、「これが「どんと来い、仕事術」の全貌」というエントリーがありました。綺麗に章立てしてあり、この章立てという制限ありの状態で、思いつくまま書いたらどんな感じになるだろうと2時間ほどで、ちょっと書き出してみました。誤字脱字はご愛嬌ということで。(いきなり誤字見つけたのでww)PDFにしてみたので、ご興味のある方はコチラからお読みください。

こういう縛りのある条件下で文章を書くというのは、即興文章力を鍛えるには良いワークになりますね。いやはやとっても勉強になった2時間でした(^^)/

iPadと10日過ごして変わったこと

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各所でiPad関連のニュースや、iPadは便利だという記事を目にするので、私ごときが特別付け加えることは全くないのですが、ITリテラシー低めな私が実戦でiPadを使ってみてどうだったかというのは、何かの役に立つかもしれないと思うので、この10日で起こった変化をちょっと書きとめておきたいと思います。

まずどうやって使っているかですが、自宅ではリビングで調べ物などをするのに使っています。リビングテーブルの上に出しっぱなしにしてあるので、家内との会話の中で「あれって幾らくらいかなぁ?」なんて会話になったら即時検索できます。これは便利です。いちいち書斎コーナ(私の書斎は個室ではないのでコーナーで正しいのです)に行ってMacbookで調べる手間が省けたことは大きな変化です。家内も面白がってTVで紹介された品々を調べまくっています。要はそれくらい調べ物が簡単にできるという効果は大きいわけです。

会社では、メインで使っているWindows7のノートPCとは全くリンクさせずに、常にEVERNOTEアプリを立ち上げたままでスタンバっています。理由は…PCからもEVERNOTEにWebクリップを送ったりしますが、以前使用したデータや蓄積したままのデータなどを参照する為に使うからです。当然WindowsPCで出来るのですが、参照する為には、別のデバイスがあったほうが断然便利です。セカンドディスプレイの便利さとはまたちょっと違う便利さだと思います。またWikipediaだとか、RSSリーダーもヒョイと横にあるデバイスで確認できることにより、仕事に行き詰まったときに良い意味での切り替えに使えています。当然ノートPCの横に置いてあるiPadでブログ記事の下書きなどもしています。ソフトウェアキーボードが使いづらいという話を耳にしますが、私は特に問題になっていません。パチパチというタイプライターのような音が心地よくて、別にiPadで書くべきものではないものまで、iPadで書いていたりします(笑)

現段階で、私のキラーアプリはやはりEVERNOTEということになります。当然i文庫HDに仕事で使うカタログなどを突っ込んであるので、これはこれでとても便利なのですが、やはりぶっちぎりでEVERNOTEを使っている時間が長いのです。ノートPCですと、GoogleReaderで気になった記事をSendto機能で送ったり、Webをウロウロしていて出会った文章をクリップしたりと、どちらかと言えば収集・蓄積場所、インプットツールとしてEVERNOTEを使っていた感がありますが、iPadではEVRENOTEに蓄積していたデータを積極的に"活用"出来るようになったと感じています。ようやくI/Oのバランスが取れたような感じです。ショートカットや数式なども突っ込んであるので、これも横ですぐに参照出来て便利だと感じています。文系出なもので、数式とかはすぐに忘れますからねww

隙間時間活性化はiPhone、ヘビーな仕事は母艦であるMacbookが担う。ではiPadは?単なる情報消化デバイスではなくて、アウトプット端末なのかなぁと感じています。実際、PCに向かうと構えてしまうような、iPhoneのフリック入力では書き漏らしてしまうような、小さなアイデアを書き留めたりと言ったシーンではホントに便利です。しかしあの画面サイズをフルに生かした、もっと自由でノビノビとした新しいアウトプットができると思うのです。そうだなぁ…ホワイトボード的というか、コルクボード的というか、KJ法的というか、曼荼羅発想法的というか、もしくは全部ひっくるめた万能アイデア書き出しツールというか。そんな感じのアプリが出てこないかなぁと思っています。ひとつだけ確かなのは、まだまだもっともっと面白くなるであろうデバイスだということでしょう!

仕事術が瓦解する原因とその対策法について

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「自分がやりたい仕事をやりたい」けれど「忙しくてできない」という人がいます。確かに発狂しそうなくらい忙しい時というのはあります。その処方箋として多くの仕事術を扱った書籍では、「大切なことだけにフォーカス」し、「どうでも良い仕事を減らすように」と書いてあります。「できればとっくにやってるわ!ボケ!」と悪態のひとつもつきたくなるアドバイスです。つまりはアドバイスになっていないのです。

例えばクレームなんてその最たるものです。「自分は売るのが仕事、クレームはサポートチームの仕事」という体制が整った恵まれた職場は別として、一般的に営業職の人がクレームというミサイルを撃ち込まれた場合、その火消し仕事がいきなり最優先事項になってしまいます。従ってそれまで手がけていた仕事はペンディングにせざるを得なくなるわけです。私はこれが仕事術の本に寄せられる問い「急な横入りがあって」とか「自分の意志ではどうしようもないことが多くて」とか「結局仕事術は上手く回らない」の正体だと思っています。このあらゆる仕事術のワークフローをいとも容易く貫通してくる弾道ミサイルのような仕事は基本的に防ぎようがないものです。当たり前ですね。クレームを予期しながら納品する営業マンなんていないでしょう(笑)しかし日頃の準備如何で、この突然飛来する弾道ミサイル仕事に対抗することは可能だと私は思っています。

私は仕事とは超大まかに3つに大別できると考えています。

  1. マニュアルどおりやれば良い仕事
  2. マニュアル化することができる仕事
  3. しばらくマニュアル化できない仕事

の3つです。恐らく多くの人が言う「やりたい仕事」とは3のことだと思います。1のマニュアル通りやるのは退屈だし嫌だというのは多くの人に理解していただける部分だと思います。(ただし、その仕事をやってくれる人が当然必要なのは肝に銘じておきましょうね)
落とし穴は2番です。マニュアル化して誰かにパスすれば良いのに、「俺がいないとこの仕事は回らないんだ」と自己陶酔に陥りやすい仕事だと思うのです。確かに「俺がいないと」というのは気持ちが良いものです。何か偉くなったような気がしますし、周りの人が頼ってきてくれるのは自己顕示欲を満たしてくれますからね。多くの人はココでその「上手くやれる気分の良い仕事」を「やりたい仕事」と勘違いしてしまっているのではないかと思います。自分が気分が良いことに乗じて、いつまでもマニュアル化せず、他人にパスしないから、突然飛来する弾道ミサイルのような仕事にテンヤワンヤして、結局上手くやっていたその仕事も崩壊してしまう。または上手くやっていたと考えていた仕事術も破綻してしまうのではないかと思うのです。

私は、あらゆる仕事は「誰もができるマニュアルに仕上げる」ことが最終工程であり、そのマニュアルが正真正銘の成果物ではないかと思っています。マニュアル化するというのは実に高度な能力と技術が要求される仕事です。当然メンドクサイと思いがちな作業でもあります。しかしミサイルが飛んできていないセーフティーゾーンにいる時にこそ、せっせと今の自分の仕事のマニュアルを作ることをオススメします。地味にコツコツとマニュアルを作って自分の代理を皆ができる体勢が整って初めて、正面から弾道ミサイルを迎撃することもでき、マニュアル化できない新しい仕事にチャレンジすることもできる状態になれるのです。つまりあらゆる仕事術が正常に機能し続けるためには、先に先に他人にパスしておく努力をする必要があるのです。あまりにも当たり前のことすぎて多くの仕事術では取り扱っていないだけなのかもしれませんが、ちょっと不親切と言えるかもしれませんね。こんなにでかい落とし穴を放置しているのですから。

今自分が誇らしく思っている仕事が、実は2番の仕事ではないか?とGTDのワークフローをお使いでしたら週次レビューの際に自分に問いかけてみる必要があると思います。

反逆児の仕事術008-反逆児がオフィスに求める設備

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ノマドワーキングが流行りですが、大体の方は依然として朝オフィスに出勤し、オフィスで仕事をしていらっしゃると思います。そこで質問です。あなたのオフィスは快適な環境ですか?

大体の方は「No」とお答えになると思います。しかし良く考えてみるとコレはもの凄く大きな損失です。何故なら仮にあなたが今30歳で、定年退職は60歳とします。1年は365日、年間休日日数が120日と仮定して、1年に働く日数は245日。30年で7,350日。1日8時間勤務だと、その時間たるや約 58,800時間!!この膨大な時間を過ごす場所が「快適ではない」というのはどう考えてもオカシイと言わざるを得ません。(営業職の方はもっと少ない時間でしょうが、オフィスで仕事がある以上、同様に大きな問題です。)ですから反逆児は少しでも自分の職場が自分にとって快適なものになるよう何か工夫の余地が無いか虎視眈々と考えておく必要があるのです。

私は長年オフィス内装の仕事をしていた関係で、オフィスをどうすれば快適で生産性の上がるものにできるかということを始終考える癖がついてしまっています。先日お邪魔させていただいた名古屋ライフハック研究会のLTトークのテーマもコレでした。その際紹介したのは次の2つ。
 

  1. 一人で集中できる秘密基地を作ろう! 
  2. アイデアを楽しく検討できる場所を作ろう!

です。現代の仕事の出発点は「一人で集中してじっくり考えること」から始まります。しかし通常のオフィスは、一人でじっくり考える場になっていないというのは大問題です。一人で没頭できる秘密基地のような場所が必要です。若しくは某SONY関連会社の内装を手がけたとき「瞑想室」というのを作ったことがあります。完全防音、畳敷き、部屋の真ん中にでっかい水晶を設置し、壁材は漆喰(黒)の部屋です。こういう設備がある会社は素晴らしいと思います。また会議室のでかいテーブルに全員向かい合って座ってアイデアを検討するなんて非効率この上ないことです。カフェのような、もしくはダーツやボール投げができるような憩いのスペースを作り、運動しながら話し合った方が、よっぽど良いブレストができると私は思います。

しかし、名古屋でお話しきれなかった条件があります。反逆児たる私が考えるオフィスに備える"べき"4つの設備を公表します。それは

  1. 発声室を作るべし
  2. シャワー室を作るべし
  3. マッサージチェアを置くべし
  4. コピーやプリンタは専用の個室を作るべし

の4点です。

まず発声室が何故必要か?ちょっと周りの人を考えて見てください。みんな腹から声が出てますか?ボソボソと聞き取りづらくないですか?滑舌良く話していますか?私は営業時代、早朝、会議室の1室でアナウンサーばりに「あ!え!い!う!え!お!あ!お!」と50音を腹式呼吸で大声で発声し、所謂発声法の基本でもある「水馬(あめんぼ)赤いな、ア、イ、ウ、エ、オ」等の母音発声法を1日の始まりの儀式としていました。まず1日の始まりに大声を出すとバチッと目が覚めます。発声練習をした後では自然と声は大きく、滑舌良く話せるようになります。電話の応対もスムーズに行きますし、お客様先でも堂々と話しができるのです。この効果はお約束します。これは絶対どこの会社でも設置してほしい部屋です。できれば防音室が望ましいですが、朝早く一人で会議室でやってもかまいません。反逆児たるもの他人の視線が痛いなどというよりも効果のあるものは積極的に取り入れる姿勢でいましょう(笑)

シャワー室も必須です。夏場、汗だくでオフィスに帰ってきて、どのグシャグシャの格好のまま書類作成なんてしても能率が上がるわけではないからです。冬も同様。凝り固まった身体をほぐして、身体を温めてから仕事に取り組んだ方が絶対良いと思っています。私が勤めた会社はいずれもこの装備がなかったので、電子レンジでホットタオルを作って身体を拭いたり、夏場は着替えも持って行ったりしていました。シャワーが脳をシャッキリさせることは多くの本でも紹介されていることです。これを取り入れないというのは愚の骨頂だと思っています。

マッサージチェアを置くべきだというのは、前傾姿勢でノートパソコンに向かって延々作業をしていると、身体に悪いことこの上ないからです。「疲れたぁ〜」という時に、マッサージチェアにたった15分座るだけでリフレッシュできる環境があったら、随分精神的にも肉体的にも疲労度合いは違うと思うのです。以前よりオフィス家具メーカーにマッサージ機能付きオフィスチェアを作ってくれと言っているのですが、未だどこも作ってくれません(>_<) 30万円そこそこで、皆が気持ち良く仕事ができるものなら安いモノだと思いませんか?

そして騒音の発生源たるコピーやFAXやプリンタはひとつの部屋にまとめてしまった方が良いと私は思っています。オフィスのど真ん中に作れば導線を気にする必要性も減ります。五月蠅いものはまとめてフタをした方が良いと思うのです。以前1件だけこの提案を飲んでくれて、そのようにレイアウトにしたお客様がいらっしゃいましたが、改装後は、みんな集中して仕事ができるようになったとご好評いただきましたから、これも間違いない方法だと思っています。

いずれも平社員レベルですぐに設置できるものではありませんが、エライ人が個室を与えられていて、必死で働いている一般社員が劣悪な環境にいるというのはオカシイのです。逆です。逆!!エライ人ほど個室なんぞに引きこもっていないで、いつでもホウレンソウを受けられるよう、オープンな場所にいるべきです。そして一般社員は集中して考えることができるような個室環境を持っているべきなのです。

オフィスの移転を検討していたり、内装を根本的に変えようとプロジェクトチームが動いているような会社に、もしお勤めでしたら、何としてもこれだけは設置してくれと強く要求してみることをオススメします。


ちなみにオフィス家具業界の日本4大メーカーである、岡村製作所、コクヨ、内田洋行、イトーキのホームページでは色々なオフィスレイアウトのプランが公開されています。たまに覗いて見ると、非常に参考になると思います。

※冒頭の写真は、2004年度第17回日経ニューオフィス賞を受賞した中沢フーズの執務スペースの写真です。一度見学させてもらいましたが、素晴らしいオフィスでした。

Double Work≠Double Check

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当たり前の事ですが、いわゆる仕事術の本で紹介されているテクニックというのは「手抜き」を推奨しているわけではありません。しかし、こと仕事の効率化をいうものを考えた時、何でも無駄と思ったことをぶっちぎって、最短距離を走ることと同義と勘違いしてしまうことも多いと思います。
 
今週(5/18)営業本部長殿の至言をTwitterで呟きました。
 
二度手間とダブルチェックの違いを考えろ!

入社半年の同僚が勝手に手順をかっ飛ばしたことに対して一喝したときの台詞です。これはピンと来たので、反射的に呟いたのですが、この指摘は仕事の効率化というものを考える上でとても大事な視点だと思うのです。
  • 二度手間・・・一度ですむはずのことに、二度の手間をかけること。
  • ダブルチェック・・・二重に確認すること。

大辞林ではこのように載っています。かなり紙一重ですが、この二つの言葉は全く違うと思います。私は「二重に確認して正確を期すこと」とダブルチェックを定義しています。ね、違いが明白になるでしょう?

二度手間は明らかに一人でできることを、わざわざ二人以上でやっているわけですから、この手間は無くしても問題ないはずです。ただし、一人に負荷がかかるわけですから、その人選は慎重に行う方が良いと私は思います。

一方、ダブルチェックが機能していて、正確な仕事を一発で成し遂げる仕組みができあがっているのに、作業員2人以上分の手間と時間がもったいないとかっ飛ばしてしまったら、ミスが格段に増えて、仕事量・仕事時間がよりかかってしまったという本末転倒なことにもなりかねません。

まず私たちが引っかかった仕事上のボトルネックがあったとして、それは二度手間なのかダブルチェックなのかを考えるクセをつけた方が良いと思います。そしてその手間を省くとどうなるかを考えるようにしましょう。自分たちの手間は減るけど、質や正確性が犠牲になったり、質や正確性は以前と変わらないけど、手間だけは二倍かかっているなんて結果に辿り付くかもしれません。

いずれにせよ、二つの言葉の意味の違いを考えるコトには意味があると思われます。先般紹介したやたらと細かい上司の至言を思い出します。曰く
手抜きは、楽ができるどころか、仕事を増やすことになると肝に銘じておけ。

表面上無駄に見えるけれど、絶対に「かけるべき手間」というのも中にはあるものです。表向きだけを捉えて、そういった大事な手間を省いた結果、仕事を増やすようなことのないように、重々気をつける必要があると私は思います。

iPadでブログのテスト

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依然としてAppleStoreからなーんにも連絡はないのですが、何故か手元に届きましたよiPad。

BlogPressから更新できるかテストです。もうちょっとAPPが充実してきたら、もっと楽しくなるんだろうな。

しかしi文庫HDはスゴイ良い!PDFが半端なく読みやすい!ホントに大半の書籍を裁断してみようかな~っと画策中です。


- Posted using BlogPress from my iPad

愛着品紹介015-世界で一番タフな傘『SENZ Umbrellas』

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個人的に傘はイギリス製か日本製に限ると思っています。理由は単純なことで、どちらの国も雨の日が多いので、嫌でも雨具に対する目が厳しいでしょう。故に丈夫で良質なものが揃っているだろうと思うからです。イギリスの人は傘は差さないって聞きますけどね(^^;)。
イギリス製だったらFOXやBRIGG。日本だったら福井洋傘さんのものがオススメです。とくに福井洋傘さんは個人的にイチオシ。雨傘の生地に大島紬や久留米絣を使おうだなんて大胆なことを考え付くのはココしかありません。スーパー撥水傘「ヌレンザ」で有名な会社でもあります。ちなみに家内はココの傘を愛用中です。家紋入りの傘もオーダーできるので、いずれ発注してみようかと企んでいます(^^)/

しかし、今私が愛用している傘はFOXでもBRIGGでも、福井洋傘でもない傘です。それはオランダ発『SENZ Umbrellas』。傘と言ってイメージするフォルムを完全に裏切ってくれる、まるでステルス戦闘機のような非対称な形。空気力学の専門家により作り出されたこの傘は、風に対してベストな位置に傘が動き、100km/h(秒速約27.8m)の風を受けても、お猪口になることが無いという頼もしい傘なのです。

さらにこのデザインは前部が短くなっているので視界が良好!後部は逆に長めのスポークが背中を十分覆うので、傘の水滴が背中に落ちる不快感から解放されます。普通の傘を破壊するほどの(実際に1本やられました)ビル風が吹き荒れる、私の勤め先のビルの前の道ですが、コイツだったら問題なし!とにかくやたらめっぽう風に強い傘です。さすがに風車の国からやってきただけのことはあります。風が強ければ強いほど、コイツの性能限界を試す良いチャンスなので、風が強い雨の日を嫌がらずに済むという思わぬ効能もあります(笑)

しかし、ちょっと難点も。傘って差したときの姿ももちろん重要ですが、実は畳んでいる時の方が多い代物なので、巻き取った後の姿がとても重要です。望ましいのは細くスラッと巻き取れて、重心が気持ち内側にあること。しかし非対称なデザインのこの傘は、巻き取った後の姿が全く美しくないのです・・・。付属のスリーブに入れて対応するしかないのが誠に惜しい。更に留紐がベルクロというのもちょっと残念ポイントです。蛇足ながらその点、福井洋傘さんの特に女性向けの傘は巻いた後でもふわっと花が開いたかのような立ち姿になり、まるでアクセサリー感覚で傘を持って歩けるよう工夫されています。この点は日本に一日の長がありそうです。

ともあれ、恐らく世界で一番風に強い傘です。それが7,140円で手に入るのだからコストパフォーマンスも悪くないと思います。去年は暴風を伴ったゲリラ豪雨に閉口した人も多いと思います。とにかく強風に負けない傘を!と思っていらっしゃる方には是非オススメしたい一品です。


※ものすごく注目されることだけはお約束します(笑)

そろそろ「知的生産」について語るの止めませんか?

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あちらこちらで「知的生産」という言葉を頻繁に目にします。ナレッジワーカーなる言葉がドラッカーによって作り出されてから、猫も杓子もどんな仕事も「ナレッジワーカー」という側面があり、「知的生産」に関与しているのだなどとも言われています。「知的生産」をキーワードにした書籍も多数刊行されています。いくつか読みましたが、発想法や整理法、表現法、ツールの使い方、文具の使い方、手帳の使い方、ノートやカードの使い方、効率的な情報収集のやり方・・・etc・・・な〜んてモノについてあれこれ言っているだけで、結局「知的生産って一体何なのさ!?」と個人的には思ってしまう書籍も少なくありません。「知的生産」という言葉を使うと何だか自分が賢くなったように思えるし、ちょっとデキる人みたいな感じがする不思議な言葉でもあります。

実際のところ、私には「知的生産」なるものが良く飲み込めていません。研究者の方が色々な情報を集め、分析し、論文としてまとめるということはイメージもできるし、理解もできるんですが、一般的なサラリーマンの仕事と知的生産というのがどうも素直に等式で結べないでいます。というより知的生産について考えるコトに意味があるのか?という素朴な疑問を持っています。

梅棹忠夫氏の『知的生産の技術』では、知的生産というものを以下のように定義されておられます。

「知的生産というのは、頭をはたらかせて、なにかあたらしいことがらー情報ーを、ひとにわかるかたちで提出することなのだ」

ベルトコンベアで流れてくる部品のネジを締めるという単純作業も、どうやったら少しでも早く楽にできるかを考えれば知的生産でしょうか?そのアイデアが他の人にもわかる形=マニュアルになったら知的生産ですか?仮にそのアイデアを基にした機械ができて、機械に自分の仕事を取られちゃったとしても、自らの知的生産の成果だと誇らしく思うべきなんでしょうか?営業するのも、図面を書くのも、どう宣伝したら売れるかを考えるのも、店頭で手にとってもらう方法を考えるのも、企画書を作るのも、報告書を書くのも、始末書を書くのも、み〜んな知的生産みたいです。

そもそも、頭を働かせてない仕事なんてあるんでしょうか?「知的生産じゃないものって何?」って思うんです。それこそホームレスさん達が空き缶拾っていますよね?一番効率良く楽に集められる方法を考えて、みんなに教えて実行してたらそれも知的生産ってことですよね?私が路上で拾ってきた雑誌を売っていたときにエロ本の表紙にジャンプの表紙を貼り付けたら売れるって思いついたのも知的生産ですか?「知的生産」じゃない仕事が無いのであれば、もう「知的生産」について考えたって、語ったって、意味無いジャンと思うわけです。

知的生産性を上げる為に云々かんぬんしているヒマがあるなら、あるいは、知的生産性はどうやったら上がるかと空想しているヒマがあるなら、その時間を目の前の仕事を成し遂げることに割り振った方が良くないか?と思うのです。もうそろそろ「知的生産」について御託を述べるのは止めにして、今、仕事がある人が考えるべきは、「目の前の仕事にいつもベストコンディションで取り組むにはどうしたら良いか」だけに収斂した方が余程、知的生産性が上がるのではないかと思うのですが、いかがでしょうか?


蛇足(あまりに面白かったので)
We know that,
1.Time is money.→Time = Money.
2.Knowledge is power.→Knowledge = Power
3.Power=workdone/time.

→Knowlege=workdone/Money

Money=Workdone/Knowledge...

Assume Workdone is constant....

→Money is inversely proportional to Knowledge

So beware....
Dont learn too much….

反逆児の仕事術007-変人が世界を変える

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新卒で採用された会社は、こんな私を採用するくらいですから、皆様の予想通り(?)かなり個性派揃いというか、灰汁の強い人が揃っていました。もう明らかに変人という人も揃っていたと正直に告白しておきます。私の変人っぷり、反逆児っぷりは、この会社の多くの変人の先輩方に鍛えてもらったおかげだと思っています。

新人研修というものは、大体の会社でやると思いますが、大抵つまらないものです。しかし後から考えるとあの時真面目に聞いておけばと後悔するものでもあります。そんな研修の中で一人だけ、一瞬で私を前のめりにさせた人がいました。

自分の名前をハレパネにでっかく貼って、まるでサンドイッチマンのような格好で登壇したその人は、開口一発こう質問してきました

 
「宇多田ヒカルを知ってる人!」

ファーストアルバムが出るか出ないかの頃ですから、まさに時の人です。当然全員知っています。全員が手をあげました。すると

 
「宇多田ヒカルという名前を聞いて何か閃いた人!」

有名アーティストの名前を聞いて何が閃くと?私を含め全員が困惑していると、

 
「宇多田ヒカルという姓名を逆にすると『光る歌だ』になるんだ!凄いだろ?」

と得意気に言い放ちました。みんなドン引きしていたのですが、私はのめり込みました。そんな発想をしたことがなかったからです。何と面白い人がいる会社なんだと、強烈なインパクトを残していきました。


数年後、私はこの大先輩とタッグを組んで、長きにわたるプロジェクトをこなしていくことになりました。このプロジェクトは正に戦場とも言っても良いくらいに過酷な仕事でした。このプロジェクトには武勇伝から愚痴まで沢山の思い出がありますが、まぁそれは置いておいて、今回はこの大先輩の話です。

当然タッグを組んですぐに聞いたわけです。研修の宇多田ヒカル事件のことを。あの真意はなにかと。回答はこうでした。

 
「仕事ってのは教科書通りやっていれば良いってもんじゃない。人とは違った角度から世界を見なければ世界はいつまでも同じまんまだぜ。それじゃ面白くない。小さい世界で考えたらダメだぜってことを伝えたかっただけさ」

この台詞には痺れました。この大先輩の仕事の全てを学ぶべく、脇目も振らずその背中を目指して追い続けて行ったことによって、私の反逆児濃度は一段と濃くなっていったのだと思います。

また、この人は事ある毎に、私に"突拍子もないアイデア"を求めてきました。図面を書いて持って行くと、10回に8回はこう言われるのです。



「良いプランだ。さて、これの面白いところはどこだい?」

どこかに「面白さを盛り込め」というのが、大先輩の仕事の基本方針でした。曰く、


「誰がやっても同じ仕事じゃ面白くない。普通ってのが一番つまらない。エリート様が見たら怒り出すくらいの面白さを盛り込まなければ、俺ら変人が仕事をする意味が無い。エリート様が思いつかないアイデアを出すことに俺らの存在意義がある。」

仕事に楽しむという要素があることを、私に教えてくれたのはこの大先輩です。そしていつも人とは違った角度から物事を見るように躾けてくれたのもこの大先輩です。突拍子もないアイデアを自信たっぷりに述べるように訓練してくれたのもこの大先輩です。変人呼ばわりされることをむしろ誇らしく思うように鍛えてくれたのもこの大先輩です。

長きにわたるプロジェクトが終わったそのすぐ後に、私は転職の決断をするのですが、退社の日、この大先輩から「賞状」をもらいました。号泣ものの内容なのですが、その賞状の最後の言葉が何より素敵でした。

 
「戦友よ、この言葉を最後に君に贈る。
 変人が世界を変える!お互い死ぬまで変人でいよう!」

思えば、世界を変える大発見や大発明、大仕事を成し遂げた偉人たちは、皆旧来の世界の枠からはみ出た人です。普通では世界は変えられないし、枠を壊せないのです。反逆児が反逆し続ける意義はココにあります。この世界は私たち反逆児には狭すぎるのです!ひょっとしたら私たちは今まさに世界を創造している最中なのかもしれません。

今もこの大先輩は毎年「年賀状」で私に変人魂を注入し続けてくれています。冒頭の画像は2007年猪年の年賀状。「戦後」はこういう見方もできるのですね。言われてハッとしませんでしたか?

反逆児=変人であるあなたが飛びっきりのアイデアを出した時、もし「前例がない」とか「上手く行くわけがない」と言われたらこう考えるクセを付けましょう。

「凡人がダメ出ししたから、これは本物のアイデアだ!!」ってね!

変人、万歳!

エディターシップという付加価値

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細々と自分勝手なことを書き綴っているこのブログですが、これでも一応、辞書に当たるべきは当たり、不明な点は事典等で調べてから書くように心がけています。

日々、多種多様な情報が飛び交っていますが、その情報の真偽を調べるというのはことのほか大変です。Wikipediaは便利ですが、100%正しいわけではないことは多くの人に頷いていただけるでしょう。ネットに溢れている情報は玉石混淆ですから、丸々そのまま受け入れるわけにもいきません。どうしても裏を取る、真偽を調べることに耐えうるだけの信頼できる参考図書が欠かせません。辞書、事典、便覧、年鑑、図録、白書、統計集、さらには教科書のようなものがやっぱり必要です。個人的には、これらの参考図書が必要だからこそ、やはりオフィスなり書斎なりが必要であり、所謂ノマドワークはいずれ無理が生じるのではないかと思っています。特に文筆のプロになればなるほど正確な情報をあたるべく「参考図書を引ける」技術の差は、そのまま文章の質の差になり、プロと素人の差として顕著になるだろうと思っています。それはともかく、何十人(モノによっては何百人?)もの人の手によって編集・校閲される「書籍」は現在も一番信頼のできるものだと私は信じています。平たく言うと、情報を深掘りしていくにあたって、TVやラジオやネットではなく、私は活字媒体に信頼を置いているということです。

しかし、この書籍に対する信頼を根底から揺るがしかねないような事態も間々見られます。さすがに辞書や事典にはないと思いますが、一般に売られている書籍の中には、明らかな間違いがそのまま掲載されていることがあるのです。それも私のような素人にでも突っ込めるような間違いがです。

具体例で見ていくことにしましょう。「知の巨人」と言って誰を思い浮かべるでしょうか?沢山いらっしゃいますが、立花隆氏はメディアでそのまま知の巨人と呼ばれていますから、立花氏のお名前が浮かんだ方も多いと思います。文系理系問わず博識で骨太なジャーナリストというイメージでしょうか。私も立花氏の仕事に、その勉強熱心さに驚嘆する一人です。猫ビルみたいに本に囲まれて生活してみたいものだと思います(無理ですけどね)いささか立花氏のファンの方には申し訳ありませんが、ちょっと引き合いにだせていただきます。立花氏の著作を何冊か読むと、ガチ文系の私が読んでもすぐ間違いだとわかる間違いがそのまま掲載されているのです。例えば、

・・・ガン遺伝子は、遺伝子が病気を起こしたようなものなのである。その原因としては、いわゆる発ガン物質の化学作用、放射能、確率的コピーミスなどが考えられるが十分わかっていない。(『21世紀 知の挑戦』)

間違い見つかりましたか?「放射能」ではなくて正しくは「放射線」です。「放射線」とは「電磁波や粒子線」のことで、「放射能」とは「放射線を出す性質(能力)」のことですから文脈からすると、放射線であるべきです。

量子力学への言及が極端に少なく、相対性理論びいきとも思える立花氏ですが、得意なはずの相対性理論もいささか怪しいのです。

つまり、相対性理論というのは、純粋な理論であって、現実的には検証不可能な理論ということになるのです。

と言った矢先に、

しかし実は、相対性理論は、全く検証されなかったわけではなくて、1919年に事実上の検証がなされているのです (両引用とも『脳を鍛える』)

と書かれています。これは誰が読んでもいただけません。「知の巨人」ではなくて「知の虚人」になってしまいます。検証されたのかされていないのかどっちなんでしょうね?もちろん「検証可能」が正しいのですが、これも甚だオカシナ言い回しでしょう?(ちなみに・・・この文章の前に相対性理論の説明-ウラシマ効果-の言及がありますが、この説明も間違いです)立花氏の著作はこういった間違いが沢山ありますから、間違い探しをするという意味合いでは確かに『脳を鍛える』ものではあります。特に「インターネット」「環境ホルモン」「遺伝子」「人工知能」などどちらかというと理系の分野は執筆当時との時代差を考慮して読んでも、思わず突っ込んでしまう間違いがわんさかあります。

しかし、これは笑っていられる事態ではありません。著者はともかく、編集の方々はちゃんと原稿を読み、裏を取っていたのでしょうか?やっていてもやっていなくても問題ですが、もし「「知の巨人」の言うことだから間違いないだろう」とそのまま書籍にしたのであれば、エディターシップが疑わしくなり、一体何を参考図書としたら良いのか、参考図書をチェックする参考図書が必要になり、もはや素人には「調べる」ことができないということにもなってきます。これは本当に怖いことだと思います。

特に『脳を鍛える』という書籍は「東大でおこなった講義をベースに大幅に改編し、かなり再構成されたうえで一冊にまとめた本」だと著者の説明として書かれています。講義録をそのまま載せたのであれば、口にする際にちょろっと言い間違うことはあるだろうと思えるわけですが、改編・再構成されたというのが気になります。何人もの手によるチェック機能があるはずの改編・再構成を行っていながら、何故このような素人にも突っ込める間違いがそのまま書籍になるのでしょう?ちなみにこの本、Amazonのレビューでは大絶賛されています。不思議です。

人のやることですから、間違いもあるでしょう。しかしネットで誰もが手軽にカンタンに情報を発信でき、e-Bookとして売ることすらも、やろうと思えばできるようになりつつある今、私は「信頼の置けるエディターシップ」こそが書籍の「付加価値」ではないかと考えています。レファレンスとして座右にある辞書や事典等までもが、編集・校閲を間引いて出版されるような事態にはなって欲しくないとつくづく思います。万が一にもそうなってしまったならば、それは即ち『知』の崩壊を意味するのかも知れません。

ストレスを上手に捌くコツー心の強さ≠硬さー

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スポーツニュースの解説では定番とも言える言い回しですが「精神的に強い・弱い」という言葉があります。オリンピックに出られるようなアスリートの精神が弱いとは、私にはとても思えないのですが、結果がふるわないと「精神的に弱い」と言われます。こう言われると、選手はきっともの凄く悔しいだろうなぁといつも思っています。もしくは、たまたまピンチヒッターで出た選手が2回連続でタイムリーヒットを打ったりすると「ここ一番という時に強い」と言われます。見えないところでもの凄い練習をしてきたはずなのに、たった一言で片付けられてしまうのです。素直に喜べないと思うんですよね。

この強い・弱いというのは、どうやらプレッシャーという「ストレス」に打ち勝れるか否かを意味しているようです。会社で仕事のプレッシャーに押し潰されそうになりながらも、懸命に戦っていらっしゃる方も多いと思います。しかし素朴な疑問なのですが、果たして「ストレス」は打ち勝つ必要のあるものなのでしょうか?もしくは違った対応方法があるのでしょうか?

ストレス度合いには点数表があることをご存じでしょうか?有名どころですとアメリカのホームズ&レイによる「社会的再適応評価尺度表」というモノがあります。この基準によると、

  • 配偶者の死 ストレス度100%
  • 家族の死 ストレス度63%
  • 結婚 ストレス度50%
  • 失業 ストレス度47%
  • 退職 ストレス度45%
  • 友人の死 ストレス度37%
  • 借金やローンの抵当流れ ストレス度30%

などとなっています。どうでしょう?納得の行く数値でしたか?納得いこうといくまいと、医療現場では指針のひとつとして使われているようです。

しかし、このようにストレスを数値化することは、診察の目安としては役立つのでしょうが、それ以外には全く使えないものだと私は思っています。配偶者の死を例に考えると、夫婦二人三脚でいつも仲良く連れ添ってきたパートナーが死んでしまったら残された方のストレスはとても大きいものでしょう。しかし何十年も家庭内別居状態でパートナーが死んだとしても、先の人と同じストレス具合でしょうか?結構あっさりしたものかもしれませんよね。

また、自分が心底苦しく辛くふさぎ込んでいるときに、周囲の人から「ゴミ山で働く子どものことを考えてみろよ。それに比べたら幸せだろ?」とか、「生きているんだから、シッカリ生き抜かなきゃダメだ!」などと言われたらどう感じるでしょうか?結局、自分が辛かったら辛いのです。こう言われてもむしろ周囲に理解されないということが辛さに拍車をかける可能性があるだけですから、全く意味無しです。

ストレスの感じ方は、結局のところとっても主観的なものです。先の指標のような数字で説明されても、不幸の度合いを相対化されても、意味がないと思うのです。誰にとっても同じだけのストレスがかかることなんてものはありえないことですし、ストレスを溜めておける器の大きさも、お猪口サイズの人もいれば、ドラム缶サイズの人もいるわけで、個人差は非常に大きなものがあるはずです。

最近の雑誌やテレビではストレスはあって当たり前で、そのストレスには「打ち勝たねばならない」という論調が幅を利かせているように感じます。冒頭のスポーツニュースの言い回しなどは正にその一例でしょう。しかし別にいつも打ち勝つ必要があるものでもないと私は思っています。心の強さは硬さと同義ではないと思うのです。いつも剛の拳で突き進むのではなく、躱したり、流したり、しなやかに対応できる柔の拳で臨む方が良いと私は思っています。(北斗の拳のラオウとトキの違いみたいな感じですね)何故なら、剛の拳一辺倒では、自分の心がポキッと折れるのが先か、ストレスを粉砕できるのが先かの二択になります。私たちは常に様々なストレスにさらされていますから、確率的には心が折れる方が高いだろうと思うからです。

もし今、押し潰されそうなストレスを感じていて、どうやって「打ち勝とうか」と考えているようでしたら、少し発想の転換をしてみてはいかがでしょう。いつも打ち勝たねばならないと思うと余計に苦しくなります。何とか躱せないか?何とか避けられないか?まとめてではなくて、ちょっとずつ打ち返すことはできないか?そんな風にちょっと角度を変えて見ることが、ストレスを上手に捌けるようになるコツのひとつなのではないかと私は思います。

マインドハック研究会感想と、私のタスク管理について

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昨晩、佐々木正悟さん(@nokibaさん)主催の「マインドハック研究会」に参加してきました。今回のテーマは「先送り対策としてのタスクリスト」について。そもそも何でタスクリストなるものが必要で、どういう風に使っていけば心理的に楽になれて、且つゾーン状態にスポッと入るように仕向けられるのか?という内容で、とても勉強になりました。よくぞあれだけの数のツールを実戦で使われたものだと、ホントビックリしました。(^^;)

しかし・・・以前よりこのBLOGで書いていますが、私は基本的に「先送り」はしない人間です。それなのに、何故だか仕事もプライベートも破綻していません。さらにはゾーンスポットがでかいのか、結構簡単にゾーンに入れてしまいます。我ながら実に不思議です。丁度良い機会なので、私のタスク管理方法をちょっと書き留めて置きたいと思います。

○私はGTDのワークフローに則って仕事を回しています。これが大前提。

○そして、私のInboxは3カ所にあります。
 1.オフィスの3段トレイ最上段 
 2.自宅の3段トレイの最上段 
 3.Remember The Milk(RTM)の受信箱

○今期の私の仕事は3つのプロジェクトと2つのルーティンワークのみに絞り込みました。但しそれでも泣き付かれてしまう単発仕事というのはあります。これが仕事の背景。

やはり重要なのはRTMの運用方法です。1と2の場所に集まってきたモノに対して、いつ、どこで、どういうアクションを取るのか決めて入力し、保持しているのがRTMだからです。ここまで書くと「じゃぁ、コイツのRTMの受信箱には余程沢山の項目があるんだろう」と思われると思いますが、今RTMに入力してあるタスク、仕事のものは20個もありません。

何故かというと、RTMに入力する前に片付けてしまうタスクが大半だからです。「リアル一日一箱仕事術」を実戦している時に気づいたのですが、「一日に何個もやろうとするから箱から溢れる」のです。上記の仕事の背景の通り、仕事を絞り込んだ結果どういうことになったかと、こういうことができるようになりました。

月・・・Aプロジェクト
火・・・Bプロジェクト+ルーティン1(2h)
水・・・Cプロジェクト
木・・・Bプロジェクト(2h)+ルーティン2(4h)
金・・・辻褄合わせ

一日にやることを1つのプロジェクト"だけ"にしたわけです。シングルタスクというヤツです。とは言え飛び込み仕事を完全にはブロックしきれませんので、それに割いた時間を埋め合わせる時間として、金曜日に"辻褄合わせ"という予備時間を予め確保しておいて、今週進めなければいけないところまでは辻褄を合わせておけるという仕組みです。(木曜日は通院に2時間見ているので6時間しか働いていません)

また、3つのプロジェクトリストの直下にぶら下がっているのは要所だけです。要所タスクのノート欄に具体的なアクションを書き込んでいます。ですのでプロジェクト完了までの要所だけを俯瞰することができ、その要所を選択すれば、やる内容が見えるという仕掛けです。これは全部見えすぎると全体像と輪郭がわからなくなることを回避するためです。当然、要所Aを通過しないと、要所Bのタスクには手を付けられないという流れがありますので、要所毎に頭に番号を振って完了までの道程をわかるようにしています。〆切もノートに書いてしまっています。


こんなイメージです↓
例:プロジェクトA
 000_目標地点
 001_要所1・・・ノート欄に複数Actと〆切
 002_要所2・・・同上
 003_要所3・・・同上

例外的な飛び込み仕事の対応についてはひとつだけルールを決めてあります。それは10分以上かかった飛び込み単発仕事はRTMに必ず入力しておくというものです。何故かというと、次に同じものが来た時に時間の見積もりができるというのが1点。それとRTMのノートに手順や改善案などを書き込み、レファレンスも兼ねさせているというのが2点目。ノート欄を有効活用して、手順を思い出す手間を省き、再利用できるようにしているわけです。ちなみに、10分の根拠ですが、10分以下の時間だったらそれまで手がけていた仕事に楽に戻れますが、10分以上経つと仕事のリズムを取り戻すまでに時間がかかるからです。

そしてもう一工夫。RTMでは完了したタスクに対し「完了」ボタンを押すと消えて無くなってしまいます。これを表示させるには検索バーに「completedWithin:*」と入れると完了したタスクがズラっと全部表示されます。この検索をスマートリスト機能を使って、「Task_Archve」とでも名前を付けて保存しておけば、一気に「過去に終わった仕事」をズラズラっと並べて俯瞰することができます。これ地味ですがとっても便利です。

大体こんな感じで仕事を回しています。多分他の人と違う部分は、1日に1つのプロジェクトを進めることしかやらないと決めていることなのかもしれません。午前中にプロジェクトAの○○をやって、午後にプロジェクトBの××をやろうというような発想は止めています。「今日はプロジェクトAだけやる」と1日に1個だけ決め撃ちした方が、能率も上がりますし、ゾーンに入れる確率が断然上がると私は思っています。

ちなみにRTMですが、FireFoxのアドオンStylishとGreasemonkeyを使って、使い勝手を変えています。コチラのサイトに詳しい内容は書いてあるのでRTM使いの方はご覧下さい。丸々パクらせていただきました(笑)

思うに、ああ忘れてた・・・ということがないようにそのツールが信頼できること。入力は超楽にできること。良く行く場所に着いたらそのツールを見る癖を付けてしまうこと。この3つさえクリアしてれば良いのだと思います。何も高機能なツールを使うコトがタスク管理ではありません。
一番怖いのは、ツールを使っていること自体に満足してしまって、一向にタスクが処理できていないことです。ですから、身も蓋もない結論ですが、ちゃんとタスクが処理できて、一番使いやすいモノなら、何を使っていても良いのではないかと思います。あんまり肩肘張らずやりましょう(笑)

ITリテラシー低めな私がiPadを予約した理由

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予約の段階で既に行列を作る大人気製品iPadですが、ご多分に漏れず私も予約しました。既にアメリカで売っているものをゲットされた方々による、詳細なレポも沢山ありますが、IT業界に勤めているわけでもないし、プログラムとかそういうこともできないITリテラシー低めの私が、iPadを触った感想を書いておこうと思います。未だゲットするかどうかお悩みの方の参考になればコレ幸いです。

先日、都内某所にて@beck1240さんと一緒に@mehoriさんにiPadを触らせてもらいました。(興奮のレポはこちら)私の第一印象は「これは紙を凌駕する製品だ」というものでした。

単純にiPhoneをでっかくしたわけではないのです、恐らくAppleは一から設計し直したはずです。そして考え抜いた結果出来た製品は「デジタルとアナログという概念を取っ払う製品」に仕上がっていました。素人目線で見るとこれは「パソコン」の新しい形ではなくて、「A5サイズのシステム手帳」の新しい形なのではないかと思っています。

A5サイズのシステム手帳は私も長年使ってきましたが、実はとても便利な大きさです。A4用紙を一回折ればファイルできます。地図も資料も写真も大きいものを折りたためば入ります。メモを取る時にもA5サイズだと1枚にかなりの量が書き出せます。これら”紙”でできている当たり前のことを、漸くデジタルでも当たり前にこなせるようになった、初めての製品がiPadだと思うのです。

まずもって速い。それはiPhone3GSを遙かに凌駕したスピードです。手帳を開くのと同等かそれ以上のスピードです。そしてこの大きい画面だからこそ、iPad版「FastFinga」が出てくれば、ペンでノートにメモを取るのと同じ感覚で、指でiPadにメモを書き付けていくことができるでしょう。地図・写真は紙のものよりも見やすく且つ使い勝手は遙かに良い。手帳の要であるスケジュールもこの画面の大きさを生かした使いやすいアプリがこれからも沢山出てくるでしょう。要は”アナログ手帳”でリフィルを使って出来ていたことが、iPadでは同じように当たり前にこなせる上、さらに使いやすくなっているということが、最大のポイントだと思うわけです。

さらにiPadでは"紙”の手帳では絶対にできなかった、動画を見る、書籍を読む(本棚を持ち運べる!)、音声を聞く、ゲームをする、システム手帳には入りきらない量のメモを閲覧する、といったことも本当の意味で直感的にできます。

特にiBookの本の読みやすさは尋常ではありません。レファレンスとしての書籍以外は全て裁断して電子化しようと本気で思えます。何しろ本棚を重さ
僅か700gに全て入れて持ち運べるのですからこれは最早革命と言って良いと思います。

さらにこれは出来るかどうか良く分かりませんが、iPadでテレビが見られるようになれば、リビングにテレビを置くなんてことはしなくて済みます。アメリカのiTunesストアのように映画もレンタル?できればDVDメディアもDVDプレーヤーも不要です。ラジオは既に聴けるアプリがあります。もうリビングをTV等のAV製品に、ある種不当に占拠されることはなくなる可能性もあるのです。メディアに自分の身体を持って行くのではなく、メディアの方が手元に来るようになっていくかも知れません。

つまり、少々大げさかもしれませんが、人類が作り出した最強の媒体"紙”を凌駕する製品が遂に作り出されたと言えるかもしれないわけです。今まで、デジタルの媒体では、アナログな紙媒体でできることを100%同じようにはできてませんでした。しかしiPadは紙の優位性の殆どをカバーする製品です。そしてデジタルの魅力は当然、付加されています。今後この画期的な製品で更に新しい地平が見えてくることは確実だろうと私は感じています。そんな近未来にワクワクするようでしたらiPadは『買い』だと私は思います。

反逆児の仕事術006ー反逆児は結果で語る

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スポーツニュースを見ていると、どこか釈然としない不思議な言葉を聞くことがあります。それは、

「自分の相撲がとれませんでした」
「自分の野球ができませんでした」
「自分の柔道ができませんでした」…etc

という言葉です。要するに自分の思う通りの結果になったら「自分の○○」で、思うとおりでなかったら「あれは自分ではない」という非常に自分勝手なことを言っているわけです。しかも「○○」に入るのは、その職業であることが大半です。相撲取りが相撲が取れないと言っているわけですから「じゃぁ辞めなよ」と言いたいところです。野球選手しかり、柔道家しかり、「自分はプロではなく素人です」という非常に度胸のあるカミングアウトだとも取れます。それでメシを食っている人が軽々しく言って良い言葉だとは到底思えません。しかしこの一言でインタビューアーは簡単に納得してしまうのだからこれは魔法の言葉です。

それにしても、
その職に就くのにライセンスが必要な仕事は除きますが、一体いつから自分が今の仕事のプロになったか、皆さんはお分かりになりますか?
野球選手がドラフトを経てプロ球団に入って始めて「プロ野球選手」になるわけですから、私たちが入社試験を経て会社に入った時点で「プロサラリーマン」であると言うこともできるでしょう。しかし、入社1日目から「オレ、プロ!Yeah!」と思えるおめでたい思考回路を持つ人はそうはいないと思われます。それでも入社3年もすると「当社の顔としてお客様と相対しているんだ、我々はこの分野のプロなんだぞ!」などと言われるのです。

不思議なことに、別にライセンスが必要なわけでもないし、試験があるわけでもないのですが、いつも間にやら数年経つと自動的に「プロサラリーマン」にならされてしまうのです。「コンサルタント」なんて難しそうな仕事ですら、特別な資格が必要なわけではありません。それなのに堂々と他社の問題に介入してしようというのですから、本当に良い度胸をした人たちなんだろうと心底感心します。私のような小心者には勤まらない仕事であることは確かでしょう。

それはさておき、プロである証拠というのは何だろうと考えだすと、これは結構難しい問題です。単に社歴が長ければプロかと言えばそうとも言えません。社歴の長いダメダメな人が多いことは反逆児であれば、実感として良〜く理解できますよね?会社の規模も関係ないでしょう。小さな企業でもビックビジネスをやってのけている例は幾つもあります。暖簾だけという会社も昨今は多いですしね。野球選手は年俸がその選手のスゴサを測るものさしになっていますから年収でしょうか?何となくですが、年収が多い人が全員プロでもないでしょう。飛び込み営業で「私は年収1,500万円の男です」なんて言ったらぶっ飛ばされること間違いなしでしょうし。果たして、誰もが納得する「プロの証明書」なんてものがあるんでしょうか?

一方、プロじゃないことならすぐに証明できます。納期を守らなかったり、売上数字が赤だったりしたら、プロとはとても呼べません。実に簡単な話しです。やるべきことをやらなかったらプロではない。だとすれば、やるべきことをきっちりこなし目標通りの結果を出すことが、プロの最低条件と言えるかもしれません。

そうだとすれば、とりあえずは成し遂げた仕事の『結果・実績』で語るのが手っ取り早いということになります。反逆児が反逆児として反逆し続けるためには、結果の「正確さ」と「質」と「スピード」を厳しく追求し、絶えずアップデートし続ける必要があるのです。厳しいことです。冒頭の写真のような絶壁をよじ登るかのような道程です。反逆児をやるのも楽じゃありません。周囲から"ぐぅの音"も出させないくらいの気概で仕事をする必要があるでしょう。

とはいえ・・・人間ですから失敗することはあります。そんな瞬間が来たら、私は一度こう謝罪してみたいと思っています。



「自分のサラリーマンができませんでした」


と。周りがどういう反応をするか妄想しただけでハイになれる、反逆児らしい魅力的な謝罪の台詞だと思いませんか?プロスポーツ選手のようにサラッと使ってみたいものですね!軽くミスしてみようかなぁ。

反逆児の仕事術005ースタンドプレーとチームワーク

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私は基本的に「一人が好き」です。一人で黙々と仕事をしている時が、私の一番生産性が高い状態だと思っています。それに加えて「協調性がない」という個性を有しているが故に、会社勤めが性に合っていないのではないかと思う時が多々あります。ひとり、山で炭でも焼いていた方が幸せだったのではないかと思う時もあります。

しかし現在私は会社という組織の一員として糧を得ています。そこで求められる「チームワーク」というものには困ることもしばしばです。組織図の上では、私は社長直属の機関であり、一人の部署なのですが、たとえ一人の部署であったとしても、他部署との連携は必要ですし、全体の方針に対する協調も必要です。ですからそもそも「チームワーク」とは何か?ということをキッチリ考えておかないと、『反逆児』=『トラブルメーカー』として、はじき出されてしまう危険性があります。これは由々しきことですから、反逆児の仕事術におけるチームワークとはどうあるべきか、ちょっと考えてみることにします。

私は、仕事の場での「チームワーク」とは、「チームの仕事の質」と同義だと思っています。「チームの仕事」というのは、必ず目的(求められている水準)があり、チームメンバー全員がその目的達成のために、一人一人の役割をしっかりとやり遂げることで、結果として「チームの仕事」が出来上がります。メンバー各人のやる仕事の種類は異なっても、その各人が完全に自分に課せられた仕事をこなせば、全体として成果が上がる仕組みが「チームワーク」でしょう。従って、チームワークとは、みんなで仲よく仕事をするということではないと私は思っています。自分の機能若しくは役割を正確に行う。これがチームワークの基本であり、そのために分業し、組織化しているのです。ですからチームの”和”を第一に皆で歩幅を合わせて仕事を行うことがチームワークと思っていたとしたらそれは大きな勘違い。それはそもそも仕事ではなく、都合の良い、慣れ親しんだお友だちとの戯れ以外の何ものでもないでしょう。

では、上記の考えを端的に表現したものはないでしょうか?奇しくもアニメにそれはありました。『攻殻機動隊Stand Alone Complex」の公安9課の訓戒がそれです。

我々の間にチームプレイなどという都合の良い言い訳は存在しない。必要なのはスタンドプレーの結果として生じるチームワークだけだ

素晴らしい台詞です。反逆児流仕事術の基本方針としても良さそうです。チームプレイは都合の良い言い訳だというのも痺れます。躊躇することなく口当たりが良いだけの"和"などという馴れ合いを排除しましょう。徹底的に自分の仕事の結果と効率を重視してスタンドプレーを続けていれば、結果として正しいチームワークに繋がると信じましょう。何もかもがドラスティックに変わって行く現代において、旧弊な価値観・仕事観で仕事をすることはリスク以外の何ものでもありません。まずは、しなやかで有りながら確固たるポリシーを持って自分の仕事を確実に成し遂げること。これこそ反逆児の考えるチームワークの基本であり、ひいては反逆児の立脚点なのかもしれません。

愛着品紹介014ー"今"を纏う『MARGARET HOWELLのジャケット』

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ONの日はスーツなので、服選びに困ることはありません。埃と格闘する必要もある仕事ゆえ、ビスポークのスーツなんてもったいないので、吊しのスーツばかりですが、それでも友人のスタイリストに教えてもらった私に似合う柄や素材、シルエットのスーツを着ているので、貧相に見られることもなく、大抵のお店に躊躇することなく出入りできる程度の格好をしています。多分。

問題はOFFの日の装いです。20代まではTシャツとジーンズというカジュアルの王道一本槍で何とかなりましたが、齢30を超えるとそうも言っていられなくなりました。30歳を超えたところで自分のカジュアル姿に違和感を覚えたのです。何というかチンチクリンなんですね。要するに格好悪いわけです。


ネクタイは忘れても、ジャケットだけは、忘れずにいつも持っていろ

と白洲次郎は言ったそうですが、ジャケットを着ていないことにその格好悪さの原因があるのだと思いました。かといって、ユニクロや無印良品のモノではどうも品が無いというかピンと来なくて困っていたところに、MARGARET HOWELLのジャケットと出会いました。

イギリスらしいトラディショナルな印象、数量よりも高品質であることが何よりも重要だという理念を感じ取ることができる素材選びと縫製の丁寧さ。上質でシンプルでありながらも、デザイナーMARGARET HOWELLさんの優しい新鮮な空気が織り込まれているかのようなデザインです。ブランドの服を着るということは、そのブランドの切り取った"時と風景"に共感したということです。私の愛用しているジャケットの素材は「コットンリネン混」。人も物も情報も幾重にも複雑に混ざり合う"今"を切り取った素材選びだと思っています。

このジャケットの下に着るシャツもここの製品と決めています。1970年に発表したメンズシャツがブランドのスタートであり土台ですから、当然シャツも高品質です。新品のシャツなのにヴィンテージシャツを着ているような気持ち良さ。ここのシャツは、アイロンをかけずシワのまま着てOK。そのシワはだらしなさではなく、粋な表情となってくれるからです。そして着心地は言うまでもなく『最高』です。

MARGARET HOWELLの服はどれも数シーズン経ったら時代遅れになるような流行を追ったデザインではありません。そのデザインはどこかルーシー・リーのそれに近いような印象を受けます。決して多弁ではないけれど主張することはキッチリ主張する気骨がありながら、何故か全体的に柔らかく優しい雰囲気があるという不思議なバランスがそう感じさせるのかもしれません。

何とか手が届く値段で、長く着ることができる上質な良い服を着たいという、私のようなワガママな人には最適な服だろうと思います。もちろんブランドの切り取った“時と風景”に共感すればの話しですが。最早このブランドの切り取った“時と風景”に魅了されてしまった私のクローゼットは、徐々にしかし確実にMARGARET HOWELL一色になっていくだろうと思っています。

反逆児の仕事術-番外編 -「Todoリストを作る」というTodo

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※実話です。

恐らく皆さんTodoリストなるものを使っていらっしゃるかと思います。当社では私が適当に作って使っていたTodoリストテンプレートを使うようにと、上層部から指示が飛んだので、皆同じテンプレートでTodoリストを作っています。蛇足ながら「皆と同じというのが嫌」なので私はRemember The Milkを使っています。
 

はてさて、自分がやらなければならないことを書きだしリスト化する。そのやらなければならないことにA.B.Cと重要度で優先順位を付けて、最優先事項のAから処理していく。どこの仕事術の本にも書かれている極々一般的なTodoリストの作り方・使い方です。GTDのフローも自分が気になっていることを集めることからスタートしますから、こういったリストを作るのは仕事術の王道なのかもしれませんね。

別にTodoリストというものについてどうこう言う気はないのですが、今日、同僚から不思議な法則があることを学んだのでシェアしたいと思った次第です。

いつもテキパキと仕事をこなす、見た目も結構イケメンなRさんのTodoリストは見事なくらいに殴り書きです。でも、実行したら上から線を書いて消していて、一日分のTodoは確実に消されています。実に気持ちの良い仕事ぶりです。ヒネクレ者の私ですら、Rさんが振ってきた仕事には(例えそれがムチャぶりでも)何とか応えてあげたいと思うくらいです。

一方、「君の仕事はテキパキじゃなくて、ドタバタと言うんだよ」と教えてあげたくなるくらい、ドタバタとオフィス内を走り回るヤンチャなNさんという人がいます。Nさんが集中して何やら書いている時というのは決まってTodoリストを作っている時です。Nさんの肩越しに覗いて見ると、そのTodoリストたるや「フリーハンドで明朝体って書けるんだ!?」というくらいに綺麗に丁寧に、まるで印刷されたかのようなリストを"制作"しているのです。しかし、そんな綺麗なリストを持ってドタバタ走り回っているのに、Kさんのリストは一向に消されていく様子がありません。いつもビッシリ綺麗なままです。

そこで、ちょっとNさんに聞いてみました。「そんなに綺麗に書くくらいならすぐに片付けちゃえば?」と。返答は「綺麗に書くことによって神聖な仕事に対する気持ちを高めているんだ!」というものでした。

今、一瞬絶句した人は正常な反応ですのでご安心下さい。
 

つまりですね、Nさんに取っては、「Todoリストを作る」というTodoがあるのです。禅問答か!?と突っ込みたくなりますが、彼は至ってマジです。本当に彼は「明日のTodoリストを作る」とTodoリストに書いているのですから!!流石です!仕事を神聖なものと"真顔"で話せる人はやっぱり何かが違います。

「コイツ絶対頭オカシイぞ」と思ったのですが、フッと気になったので、他の「仕事が遅い」「詰めが甘い」「納期を守れない」人のTodoリストを見せてもらったところ、皆とっても綺麗なリストなのです。翻って超仕事ができる営業本部長殿に至っては、古文書を解読するが如き根気と修練を強いる"本人にも読めない"乱雑なリストなのです。これは何とも奇妙なParadoxです。

心理学的にどうとか、科学的にこうだという根拠は全く持ってゼロなのですが、もしあなたの作っているTodoリストがとても綺麗なものであったならちょっと危険な兆候かもしれません。よ〜くTodoリストを見直してみてください。もしそのTodoリストに「Todoリストを作る」と書いてあったら・・・悪いことは言いません。その文字を全力で消して、意識的にラフに書いてみることをオススメします。

反逆児の仕事術004ー反逆児のするべき『努力』

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小中高と一貫して教師から受けた指導の言葉が2つあります。

①協調性がない

今となってはこれだけは直さなくて良かったと思える能力です。この能力があるからこそ堂々と「反逆児」でいられるのですから。現在の会社でも協調性は限りなくゼロです。何故、同僚と友だち付き合いをする必要性があるのか理解できないからです。就業時間の間だけ、関わる必要があるときだけ、手短に話しお互い仕事に専念する方が生産性という観点からも良いと思うのですが、何故か皆で連れだってランチを食べに行ったりするわけです。いい大人が連れ立っている姿を見ると、小学生の女の子たちが手をつないでトイレに行っているようで、全くもって恥ずかしい光景だと私は思うわけです。どういう神経してるんでしょうね?全く以て不思議です。

おそらく私が最初に正々堂々と、属する集団からバックれたのは小学生の時です。運動会で"組み立て体操"をやる意味が本当にわからなくて教師に聞いて回ったことがあるのです。「運動会なのだから、走る・投げる・飛ぶとかを競い優劣を付けることは理解できる。しかし"組み立て体操"というどこの筋力も鍛えないお遊戯を人前でやる意味がわからないから説明してくれ」と。誰一人として満足な答えを出してはもらえませんでした。ですから練習から堂々とバックれました。そんな奴なんです私は。今でもあるんですかね?組み立て体操。

そしてもうひとつ。
 
②努力しない

確かに100m走や校内マラソン、体力測定は言うに及ばず、勉強もですが学校で行われることに対して全力でやったという記憶がありません。校内マラソン大会なんて、マラソンランナーになると決めたわけでもないのに、何故命じられてわざわざ苦しい思いをしなければならないのかさっぱりわからなかったので正々堂々バックれていました。拒否権があって然るべきだと今でも思っています。体育の授業は殆どをサボっていました。プールなんて本当に嫌でした。プールで泳いだ後の授業ってすっごく眠くありませんでしたか?理解できないでしょ?学問を教える学校側が、わざわざ「眠たくなるプログラムを組んでいる」んですよ?それなのに寝たら怒られるわけです。どんなトラップだよと思います。ですから「次の授業に備えたいので」といって正々堂々バックれていました。

まぁそれはともかく私が考える『努力』は、どうも世間一般の認識と大きく乖離があるようなのです。大辞林を引いてみた結果が冒頭にある画像です。何に「つとめはげ」めば良いのか書いていないところがニクイですね、良い仕事してますね。大辞林アプリ。『努力』というと何やら滝行とか、修行とか、歯を食いしばっている姿とか汗水たらしている姿とか、辛いことを必死で耐えているイメージを一般的には想起するようです。そういうイメージですから、私を指導した教師はこぞって「お前は何て努力しない駄目な奴なんだ」と説教をかましてきたのだろうと思います。辛いマラソンとかをバックれたんだから、なるほどその意味では合点がいきます。

しかし、ここでハッキリさせておきたいのですが、私は『努力』という言葉を以下のように定義しています。
 
  • 楽にやるための工夫をすること

例えばですが、何千行にも及ぶエクセルに入力された数値が正しいかどうか元データと付け合わせて調べるという作業があったとして、頭から一個一個元データと見比べて付け合わせていく人と、数式かマクロを使って自動でサッと計算させる仕組みを作る人と、どちらが『努力』しているのでしょう。私は断然後者だと思いますが、どうも世代が上の人々は前者を『真面目で努力家だ』というのです。それは精一杯の優しさを込めて言葉を選んでも"意味をなさない努力"か"徒労"と言うのだと思うのですが。これまた全く以て理解に苦しみます。

こういう考え方の人、意外と多いんですよね。猛烈サラリーマンというのか、クソ真面目というのか、脳みそ硬化症なのか、ほとほと暑苦しい人々です。先の例のように、頭から順に調べていくやり方では次も同じ苦労をするハメになるわけです。数式とかを仕込んでおく『努力』を一回しておけば、次からはグーンっと楽になるわけですが、こういう『努力』はなかなか認めてもらえません。どうせ汗水たらして苦労するのなら、その苦労が次に楽できる仕組みを作る苦労であるべきだろうと思うのですが。まぁ時代待ちですかね。

つまり、私のような反逆児が反抗するのはこうした「無駄な努力」です。パスワードを忘れるのが嫌だから「1Password」を使ったり、何度も同じ文字を入力する手間を省く為に「TextExpander」を使ったり、いちいちマウスに手を移動させなくて済むように「各種ショートカット」を使ったり、長々会議する意味がわからないから、短時間で済むように工夫をしたりしているのです。省いても影響の無い、省くべき無駄を徹底的に潰し、自分が楽しく楽に、より良い仕事ができる環境と、毎日ニュートラルに仕事と向き合えるマインドを作る『努力』が反逆児のする『努力』です。
しかし旧弊な大人たちはこの『努力』 をあろうことか"怠惰"と決めつけるわけです。ああ、腹立たしいやら馬鹿らしいやら。

ですから、ホワイトノイズをかけっぱなしにしているイヤホンを貫通してくる「お前、バカ?」と言いたくなるような大声で話しかけてくるA君とか、イヤホンを気にして話しかけはしないものの、「本当に大人ですか?」と言いたくなるくらい汚い字で書いたメモを"キーボードの上"に放り投げてくるB課長とか、こういう職場環境を悪化させる輩はもはや敵です。A君もB課長も「排除した方が後々、楽に楽しく仕事ができるようになる」わけですから、本当にかったるいですが、彼らを排除、乃至は駆除する『努力』をするのが反逆児の仕事術の本道と言えるわけです。皆さんの会社にもいらっしゃるかもしれない「反逆児」ですが、単純に「理由なき反抗」をしているわけではないということをご理解いただき、ご支援いただけると幸いです。

一体幾つの”力”が必要なんだろう?

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かなり前からなのですが、書店に行くたび、○○力という類の本があまりにも多すぎて気持ちが悪いと思っています。

知的生産力、読解力、集中力、速読力、情報収集力、情報整理力、裏読み力、勉強力、ノート力、メモ力、手帳力、企画力、文章力、手紙・メール力、雑談力、コミュニケーション力、人間関係力、交渉力、質問力、鈍感力、断る力、決定力、・・・etc

何でも「力」を付ければ良いってもんじゃね〜ぞ!と思いますし、「"力"を付ければ何でも売れるブーム」にしようと、出版界全体の談合でもあるんじゃないのかと邪推のひとつもしたくなります。何よりも"力"という字があるだけで、真夏の運動部の部室の臭いみたいな不快な暑苦しさを感じるのは私だけでしょうか?"生理的に"嫌なのかもしれません。男が使って良い言葉なのかどうかは知りませんが。言われた事がなくて良かったと思いますね。書いておいて何ですが。
おっと少々脱線しました。

『手帳力』なんてその最たるものではないでしょうか。手帳力って何でしょう?ダブルブッキングをしないようにスケジュール管理をしたり、アドレス帳に大切な顧客の連絡先を記しておいたり、やるべきことを忘れないように書き留める以上の"力"が手帳を使う上で何か必要でしょうか?

多分"力“をこれだけ広めた立役者は斉藤孝さんだと思いますが、斉藤さんの近著のタイトルが『大事なことは3つにまとめなさい!』であるということは何の冗談でしょう?斉藤先生、あれだけ大量の"○○力"を出版していながら、最後は3つにまとめろと!?是非、斉藤先生が残す3冊を知りたいものです。

それはさておき、仕事をする上で私の仕事に必要ない”力”も沢山あると思うのです。政治家に「裏読み力」は必要でしょうが、私には必要ありません。文筆業の人に「文章力」は必要でしょうが、私の仕事では名文を書く力が必要なわけではありません。インタビューアーに「質問力」は欠かせない力でしょうが、私の仕事で知恵比べのような質問をする必要は特にありません。

つまり、職業・職種が違えば必要な“力”も違ってしかるべきなのに、全ての○○力を万遍なく身につけていないと、もう仕事を続ける資格がないかのような煽り文句ばかりなのはオカシイと感じるわけです。マラソンランナーに遅筋だけでなく、速筋ももの凄い量がないと金メダルは取れないと言っているようなものとでも言いましょうか。そんな違和感です。
 

選択と集中という戦略が必要なように、”○○力”も自分の仕事に本当に必要な力は何か良く考え、選択し集中しないといけないのかもしれません。「知識はあるけど使えない人」若しくは「頭でっかちで動けない人」になってしまわないように、こういった”○○力”本との接し方はちょっと気をつける必要があるのではないかと思います。

(追記)
さて、ここで頭のフェイントに気づいていただけたでしょうか?そう、今求められているのは『選択力』なのです(笑)

釉薬の魔術師のノートを見てきました『ルーシー・リー展』

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国立新美術館で『ルーシー・リー展』がやっていたので漸く行ってきました。ルーシー・リーは、オーストリアのウィーン出身、ナチスの手を逃れ、イギリスに拠点を移し、活動した陶芸家です。日本の民芸運動とも縁のあるバーナード・リーチや、ルーシー・リーと工房を共にし、リーチらの作風に異を唱えたハンス・コパーとの関わりなどでも知られています。私はこの人の大ファンでして、ひとつで良いから作品を手元に置き、日常で使ってみたいということが私のWish Listに載っているくらいです。(お高いですけどね・・・)

この人の作品を語るのはとても難しいようです。批判的なものから肯定的なものまで実に様々な解釈があります。幸いにも私は芸術家ではありませんし、美術史に明るいわけでもありませんから、美術史にどう位置づけるか等の美術学問には全く興味がありません。単純に作品をみて自分がどう思ったかが私にとって唯一重要な事柄です。そしてそんな素人である私の目に映る彼女の作品は大きく5つの要素を想起させます。「静謐」「偉大」「美」「哲学」「創造」の5つです。今回の展覧会でも迫力を増した、5つの要素に圧倒されました。

作品の見方、楽しみ方はそれこそ無限大ですから、この5つが全てだと言うつもりはさらさらありません。作品に彼女の思想を見ることもできます。彼女の生き様をみることもできます。高い実用性を保ちつつ、実用性を壊さない限界ギリギリのところで、実に優美な装飾性と融和させていることに刮目する人もいるでしょう。あるいは作風の変化を追っていくことによって、彼女の創造性の広がりに目眩を起こす人もいるかもしれません。いずれの見方をしても、非常に類い稀な陶芸家であることは間違いないことだと思います。

私がルーシー・リーという陶芸家を知ったのは大分前のことになりますが、私個人としてはルーシー・リーの作品の最大の魅力は釉薬にあると思っています。これほど釉薬を科学的に、緻密に調合し、理詰めで色や線を描く陶芸家を私は知りません。そして色合いと線、全体のフォルムは実に繊細かつ優美でありながら決して多くを語り過ぎることはありません。何とも不思議な色使いです。ですから私は勝手にルーシー・リーのことを『釉薬の魔術師』と呼んでいました。

そして今回の展覧会は、圧巻の250点にも及ぶ作品を年代別に一望できることもさることながら、釉薬の魔術師ルーシー・リーの魂そのものとも呼べる釉薬のレシピノートを見ることができるのです。そのノートにはテストピース別に、調合の割合、化学式、化学記号、恐らく彼女オリジナルの速記や記号で埋め尽くされています。時折覚え書き程度と思しき器の輪郭と使用した釉が書き留められていました。「こんな色が出るのか!?」と思わず声に出てしまう程、時に深く、時に淡く、時には鮮烈にと自在に色合いを操つる魔術の秘密に触れたようでとても興奮する体験でした。

また会場では、生前のルーシー・リーの姿を捉えたドキュメンタリーも流されていました。実際に轆轤を回している姿、電気式陶芸釜から焼きたてホヤホヤの作品を取り出す姿等などが撮影されていて、これも実に興味深い内容でした。こういう映像があると、作品への見方、感じ方が変わるものなので、批判的な方もいらっしゃるようですが、今回のドキュメンタリーフィルムはヘンな媚びがなく、先入観を与えるものではなかったので、ルーシー・リーという女性を立体的に感じる手法として、とても上手く活用されているように感じました。

陶器は、遙か昔、縄文の素焼きの土器の頃から、受け継がれている製法です。恐らく・・・一番人類と共に歩んできた芸術品なのかもしれません。ルーシー・リーという女性が生み出した美には、古の美を見ることもできます。(ホントに土器のような作品もあります)ルーシー・リーの作品に触れることで、日常に溢れている陶磁器の見方が変わることは請け合いです。GW後半の予定が未定でしたら、是非この機会にご覧になられてはいかがでしょうか?

中学・高校英文法総復習MindMap(β版)公開!!

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ハッキリ言って英語苦手です。書けません。読めません。聞けません。話せません。(* ̄^ ̄*)エッヘン

でも、海外のブログやニュース、面白そうなビジネス書くらい英語で読んでみたい!せめて”読める力”だけでも向上したらすっごく世界が広がるはずだと心底思いまして、色々取り組んでみた結果、英単語力の不足も去ることながら、英文法がちんぷんかんぷんな為に誤読をすることが多いのだと気づきました。要は単語の拾い読みだけで何とか文意を想像しているに過ぎないわけです。

文法の基礎知識もなく単語を拾い読みしているようだからイカンのだ!と思って文法の復習を始めたのですが、何で英文法ってこんなにわかりにくいんでしょう?何というかこう、パッと全体像が見えるようなそんな英文法書は無いものか?と色々調べたのですが、イマイチ手応えのある本が無いので、この道のりもまた勉強と思って、初心者向けの英文法参考書を幾つか見繕い、中学〜高校までの英文法の全部を一望できるMindMapを作ってみました。

苦節4ヶ月。漸くそれなりに公開しても恥ずかしく無いだろうというところまで漕ぎ着けましたので、Share and Enjoy!の精神に則り公開します!コチラ(Flickrに飛びます)からダウンロードしてください(^^)/ 

まだ書き切れていないものもあると思います。その点ご了承ください。英語で苦労している同志のお役に立てれば幸いです!

※我が家にはプリンタなるものがないので、この画像がどれくらいの大きさのものか良く分かりません(^^;) ご自由に加工して下さい。このMindMapは、MindMeisterというサービスを使って作りました。

尚、参考にした書籍は以下の通り。最後の2冊は勉強法を学びました。

内容よりAPPに感動!『もしドラ』アプリに未来を見た!

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前々から激しく気になっていたのです。『もし高校野球の女子マネージャーがドラッカーの『マネジメント』を読んだら』という書籍は。

しかし・・・いかんせん、装丁が装丁が・・・「これください」ってレジに持って行ったら、周りのお姉さんやレジのお姉さんに「ぷぷっ」ってされちゃうようなこの装丁はいただけない!!一応真面目なサラリーメンという表の顔を持つ身としては、そんなプレイを楽しむわけには(ん?何か違うような)・・・ということで手に取らずにいたのです。Amazonはって?Amazonで買ったら、それこそTopページが一面アニメキャラに埋め尽くされそうでしょ!?それを会社で開いてしまったらと考えるとリスク高すぎます。と、勝手に曰く付きの本としていた、『もしドラ』ですがiPhoneアプリになっていて、それも800円と書籍より安い!これなら羞恥プレイをせずに済むし、オススメ品がエライことにはならない!ということで早速購入して、先ほど一気に読み終えました。

もう内容はタイトルそのまんま「JK meets Drucker!!」ということで、ドラッガーの名著『マネジメント』を弱小野球部に応用、適用して甲子園目指して成長していく青春感動物語。「ドラッガー?はぁ?何それ?ラリってる人?」という甚だしい勘違いを素でしてくれちゃうような人にも、軽く読めるように随所に工夫が見られます。ハルヒとタッチを足して2.5で割ったような感じとでもいいましょうかね。感想としては・・・良書だろうなぁ。JKとDruckerをカクテルするなんて大変な作業をよくぞ成し遂げた!と思います。勿論大人が読んだら、十分勉強になります。というか幾つも思い当たる節があって時折考え込んでしまいました(^^;)

そんな感動青春無理矢理ビジネス小説の内容はどうでも良いのです(<良くないけど)そんなことより、このアプリが異常に読みやすいということに私は感動しました!!

画面が小さいから読みにくい?ノンノン!絶対コッチの方が読みやすい!これ「今後の電子書籍はみんなこうなっていくんじゃね?」と思わせるくらい秀逸な出来です。まだ『もしドラ』を読まれていなくて、iPhoneを持っている方は断然コチラをオススメします!






 感動しません?この動き!
 紙の裏写りまで再現!
 タップするだけでめくれます。













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 目次はこんな。










 フォントサイズ、行数
背景の色とかも変更できる!














goo辞書や大辞林で、
単語を調べられます!
(この本には不要だろうけど)








決して、Discover 21さんや理想書店さんのアプリも悪いわけではないのですが、それでも正直コチラの方が読みやすいし使いやすい。他の電子書籍もこういう読みやすさの工夫を凝らしたものが増えてくるのかなぁというのが正直な感想です。電子書籍の可能性を感じる一冊でした。

会社という村社会

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一部のちょっとヤンチャな方々にご好評いただいて、私自身のストレス発散にもなっている、毒気たっぷりな不定期腹黒連載「反逆児の仕事術シリーズ」ですが、当然私の実体験を書いています。私はいくつかの会社を渡り歩き、様々な会社の内部に潜入してきましたが、日本の会社には気になることがあります。

それは「会社」と「村社会」の構造が酷似しているということです。

Wikipediaに載っている「村社会」の説明を見てみます。

村は本来、道切りなどにより外部と区別される空間で、村の成員は生業を行い生活に必要な資源を供給する環境を共有し、寄合を行い祭礼や年中行事を共同で行うことにより統一された意思のもと秩序維持を行っていた。村社会は相互互助的な性質を持つ一方で、内部には経済的階層や家柄による家格などが存在し、村の秩序維持のための青年組織などが存在した。特徴としては古くからの仕来りを遵守する傾向があり、それに異を唱えるものや遵守しない者に対しては本人や肉親、更にその者に関わったものまで異端者扱いし、差別を行なうことがある。これにより新たにその地域に移住してきた者や流行にとらわれやすい若者が反発し、古くから住んできた者とのトラブルが後を絶えない。

なるほど。さて、これをですね、こう弄ったらどうでしょう?

会社は本来、社名や建て屋などにより外部と区別される空間で、会社の成員は与えられた仕事を行い、人・物・金などの資源を供給する環境を共有し、組合を作り春闘や、花見や忘年会などの年中行事を行うことにより統一された意思のもと規律維持を行っていた。会社では相互互助的な性質を持つ一方で、内部では派閥や役職などが存在し、会社の秩序維持のための研修プログラムなどが存在した。特徴としては古くからの暗黙のルールや前例を遵守する傾向があり、それに異を唱えるものや遵守しない者に対しては、本人やその上司、更にその者に関わった者まで異端者扱いし、差別を行うことがある。これにより新たにその会社に中途採用者や流行にとらわれやすい若者が反発し、古くから勤めている者とのトラブルが後を絶えない。

どうでしょう?驚くくらい一致すると思いませんか?言葉遊びにしては良く日本の会社の姿を表していると思います。

こうした閉塞的な村の中で生活するのに欠かせないのは「協調性」「空気を読む」「長いものに巻かれまくる姿勢」です。秩序維持を第一に考えれば皆同じ方向を見て、同じ思考で、同じ事を、同じように感じる方が楽ですし、そう育てられるのですから当然と言えます。
 

ただし、特殊技能を有する人は除外されていたかもしれません。刀鍛冶や、医者などは、その人がどんなに変な人でも容認されたと思います。しかしこれらの人は決して村のヒエラルキーの頂点にはなれなかったでしょう。もしまかり間違って一般人が『個性を出したり』『秩序に反旗を翻したり』した場合は出る杭は打たれ、「村八分」という強烈な処罰が待っているわけです。

これらも、そのまま日本の会社に当てはまります。画一的というか「社員総平均化」とでも言いましょうか、突出した個性を持つ人や、突出した仕事を成し遂げる人、若しくは私みたいな単なるへそ曲りは非常に邪険に扱われるわけです。そしていくら一所懸命、声を上げてみても上には届かず、生かさず殺さず『生殺し』という処罰を受けることになり、次第に声を上げる力も無くなったところで、「ヨシヨシわかれば良いんだよ」と優しく受け入れられるというシステムです。無謀にも戦略戦術を持たず、ひたすら声を上げ続けた人は窓際や肩たたきというところに着陸するのが相場でしょう。

画一的な組織の全てが悪いとは言いません。完全なるヒエラルキーの元、一糸乱れぬ動きが要求される軍隊などでは、むしろ画一的で無ければ困ることでしょう。作戦を展開する際にいくら戦況が即時変化するとは言え、各人の判断でバラバラに攻めるなんてことは考えられません。(ただ、現在のアメリカの苦戦は、個別の意思を持つ大勢のゲリラたちに画一的な組織としての軍隊では対処できない様を露呈しているという見方もできそうですが)そういう意味では敵が明確で、管理が必要な場合は、管理の容易さにおいてこの仕組みは使い勝手がよさそうではあります。

また、こうした社会体質・風土の形成に私たちが加担してしまっているとも言えそうなのも問題です。いろいろ文句を言いつつも何だかんだでその実、村(会社)での生活に染まっていて、居心地良く感じている時はありませんか?もしくは一見安全に思える村を出る!と腹を括れる人はどれくらいいるでしょうか?腹を括れない理由は?村を出たら経済的にどうなるかわかりませんし、出た瞬間からどんな脅威が待ち受けているともわかりません。村にいたころはピンチの時には村人に助けてもらえたかもしれませんが、村を出た瞬間から援軍は望めません。どう検討しても、村を出るということはリスキーであることに変わりはないと思います。

何度か転職をした私はこのリスキーさを肌で分かっています。今の会社には「恩がある」ということを抜きにして、何故、会社に勤めているのかと問われれば、やはり「賃金を得ること」を理由のトップに挙げます。どんなに薄給であっても、食べるために働くという図式は如何ともし難いものがあります。かといって再び村を出て、フリーとしてサバイブしていくだけの自信も実力もあるとはちょっと思えないわけです。

では、「村の外に出る勇気はないけど、村がもっと風通しの良い場所になってくれれば良いなぁ」と思っている、私のような都合の良い軟弱者はどうしていけば良いのでしょうか?

ハッキリとした答えは私は持ち合わせていません。このままではヤバイということだけを朧気に感じるのみです。ただどうやら個人が会社に「雇われている」という認識は改める必要がありそうだとは感じます。人生の羅針盤を自分の元に取り戻す必要があるといったところでしょうか。
個として会社と伍していく為には最低限の土台として仕事が出来ることは当然ですが、「身だしなみに気をつける」とか「挨拶をする」とか「約束は守る」とか「味方同士で争わない」とか「味方同士で足を引っ張るような真似はしない」など、当たり前過ぎてついつい思考が「茹で蛙」の状態になってしまいがちなことを、意識的にレビューし、注意を払う習慣づけが、もしかしたら大きな変化へとつながる第一歩なのかもしれません。

反逆児の仕事術003-反逆児流コミュニケーション

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実に残念な事ですが、仕事をする上で他人と一切絡まずに遂行できることは極端に少なくなってしまいました。仕事完了までの道程には「コミュニケーション」というとてつもなく厄介でストレスの溜まるメンドクサイ山脈を通る必要があります。

反逆児は普段から何かと理由を付けて反抗しているので、こういう時に寄って集って叩かれるという可能性が普通の人より格段に高いので注意が必要です。事前に対抗策を練っておくべきです。転ばぬ先の杖ってヤツです。

私が幾つか策を実践してみて、これは効くというものをご紹介しましょう。

1.会議室にお菓子を準備しておく
 「会議」というと皆、身構えて「どこを貶してやろうか」とか「どうやって虐めてやろうか」とか何故か負のオーラ満載&喧嘩腰で乗り込んできます。上の方の人がこの傾向は高いように思えます。ですので、まずはその負のオーラを消し去ることに注力しましょう。自分が招集した会議であれば、お菓子を用意しておいて、アジェンダもカラフルにさも楽しげなように、ホワイトボードに書いておいて、プロジェクターで「机のお菓子を一個でも食べてからご着席下さい」と書いておくのです。すると、毒付いてやろうと身構えて来た人の出鼻を挫けます。「へー、お菓子なんて気が利くじゃないか」な〜んて言われたらその瞬間、勝ちは決まったようなものです。ついでにチョコなどを用意しておき「会議は脳をフル回転させるから甘い物が欠かせないとこの間読んだ本に書いてありましたよ」などと知ったかの蘊蓄をかましておくと、出鼻を挫いた上で主導権を握れます。え?お菓子代ですか?当然自腹ですよ。でないと意味ありません。反逆児の仕事術を貫く為には、これくらいの自己投資は必要です。大丈夫です、すぐ回収できます。安い物だと割り切りましょう。

2.会議室に電子ダーツを設置する
 ブレストを行うときに、でかいテーブルに向かい合わせで4人づつ腰を下ろし、只単にああでもない、こうでもないと議論していき、書記が一人議事録を付けているという不毛な構図は、「時間の無駄づかい確定フラグ」が即時、立ちますから絶対に止めましょう。その代わりに使うのはゲームです。当社では(コレ私の自腹です)電子ダーツを使っています。普通のダーツだと、思わずムカツク奴に投げつけるという失投にかこつけた「未必の故意」の可能性が飛躍的に高まるので、安全性を考慮し、電子ダーツにしています。コレを使って例えば・・・負けたら一個でもアイデアを出さなければならないとか、高得点の人の
アイ デアは粗探しせず、良いところを探すことにするとか、決めておいた部分の標的に当たった人は優先的に予算を確保できるとか。そんなゲームを盛り込みながらブレストする_私はこれを"ワイガヤブレスト"と呼んでいますが_険悪な空気はダーツで発散して、前向きな要素だけを会議に持ち込むということが可能です。

3.密室ではなくオープンスペースで話す
 会議室というのは大体が「部屋」です。ドアを閉められたら密室です。密室になると普段出てこない裏の顔が出てくる確立が高くなります。他の人の目がないから余計なのでしょう。ということで、密室に連れ込まれる=袋だたきに遭う可能性が高いので、コレは何としてでも回避するべきです。ではどうすれば良いのか?ドアを開けておくでも良いですし、オープンな場所で立ち話でもOK。良い会社でしたら簡易ミーティングコーナーみたいなものがあるでしょうからその場所を利用するのも有効です。他の人の目が気になりだすと、相手ははそうそう強気には出てこないものです。勿論こちらは反逆児ですから、人の目があることを利用して多少強引でもOKをもらうことに注力しましょう。「皆あなたの発言に耳を傾けているんですよ」とプレッシャーをかけつつ、「オカシナことを言ったとしたら皆が証人になるんですよ」と暗に臭わせておくというのはかなり有効です。間違っても密室に連れ込まれることの無いように注意しましょう。

4.ホワイトボードを全力で活用する
 いくら言葉でああでもない、こうでもないと話していても埒があかないことは多々あります。特に年配の人になればなるほど、一切メモも取らず一方的に1ビットもこちらの情報が増えないご大層でご立派で型どおりな意見だけを長々と言うどうしようもない人の出現率が高まるから厄介です。そこで活躍するのがホワイトボードです。会議室に据え付けられているホワイトボードでも良いのですが、出来れば昨日UPした記事の「クリアファイルホワイトボード」の方が有効です。これを人数分用意し、座席に置いておくようし、図表を書き込みながら話すのです。自分の席に簡易ホワイトボードが置いてあるというのはまず意外性があります。面白がって使ってくれる可能性が飛躍的に高まるのです。普段から大して脳みそを使っていないご老人たちの為にもこういう機会に「脳トレ」として手書きで自分の話を相手にわかりやすく伝えるというトレーニングをしてもらいましょう。大抵自分の話していることは論理的に破綻していることに気づき、黙りこみ大人しくなります。こうした"気づき"を与えてあげるのも反逆児だからこそできる優しさです。こうして言葉を図に置き換えながら有意義な議論ができる人とだけ話ができるように工夫すると良いでしょう。ちなみに・・・このテクニックは展示会などでも使えます。出展するようなことがあれば、クリアファイルホワイトボードを用意しておきましょう。アンケートだと書き込みませんが、”消せる”もので、日頃使い慣れているものなので、お客さんは書き込んでくれます。お客さんにドンドン書き入れてもらえればそれがそのまま資料だったりネタだったりになります。見込み顧客かどうかも容易に推察可能ですよ。
 

反逆児のコミュニケーションのコツは、相手の出鼻を挫き、自分の土俵に引きこみ、自分が決めたルールの中で勝負することにあります。しかも相手にそれを悟られないようにさりげなくやるというのがポイントです。「アイツが招集をかけた会議は何だか面白い」とでも思ってもらえるようになればOKです。こうなったら余程内容が酷くないかぎり負け戦にはなり得ません。100戦100勝も夢ではなくなります。出鼻を挫くアイデアは幾らあっても困らないので、思いついたらドシドシ、コメントをお寄せください(笑)