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身につけるべきは「健康リテラシー」-『ドクター由美の脳力育成HACKS!』川田浩志著 感想

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このブログでも何回か取り上げさせていただいた現役医学博士でいらっしゃる川田浩志先生の新著『ドクター由美の脳力育成HACKS!』を読み終えました。前著『HEALTH HACKS!』同様、この本でも中核をなすのは「エビデンス」つまり、しっかりとした科学的根拠のある脳力向上方法を取り上げられていること。そして、今回は「読みやすい物語形式」(物語自体はコテコテですけどw)なので、専門用語に悪戦苦闘することもなく、最新の科学の内容がスッと理解できます。

前著は「健康全般」に関して言及していましたが、今回は健康すらも司る「脳」にスポットを当てています。最初は「脳」にスポットを当てた以上、脳科学や大脳生理学などの研究結果オンリーかと思っていたのですが、中盤以降は心理学的側面も多く扱われており、後書きにもありますが「ポジティブ心理学」の研究結果にも光を当てています。故に「ストレス」や「うつ」なども取り上げられています。心理学を盛り込むことによって、理解しやすく、わかりやすい物語を、もっと身近な問題と読者に捉えさせ、高度な専門知識+身近な出来事が繋がり、丁度よいハーモニーを奏でる結果となっています。

何しろ現役の医学博士が書いていますから、「これをやれば仕事の処理速度が100倍になる」とか「こうすればあなたの脳も天才脳になる」とか「何かを聞き続けたら脳力が上がる」とかいう、素人でもどん引きするようなトンデモ論は一切でてきません。あくまでも「エビデンスがあるもののみ」です。

エビデンスがあるもののみを取り上げるという川田先生の強い決意と姿勢は、本書のあとがきの一節から読み取れます。

    いくら世界を股にかけて活躍されているような有名な方が、ご本人で試して効果があると言っている魅力的な脳トレの方法でも、私は決して試してきませんでした。それがどんなに素晴らしい人であっても、その人の個人的な経験や見解で良し悪しを判断された方法は、エビデンスとしては最も低いレベルのものしか持ち合わせていないと科学的には評価されるのです。巷にあふれている、さまざまな脳に関する書籍のうちの多くにも、同様の理由から手を出してきませんでした(もちろん素晴らしい書籍も、また多いのですが)。

この川田先生の矜持は本当に頼もしい限りだと私は思います。そして巷に溢れるトンデモ論は排除し、エビデンスというメスを用いて、多角度から検討された上で、「これが良いと現代の科学で立証されています」というもののみを示されています。不明な部分は「まだその辺はわかっていない」と正直に書かれています。とてもフェアでニュートラルなスタンスだと思います。

健康分野や脳の分野、心理学の分野は、正直言って何を信じて良いかわからない分野と言えると思うのです。例を挙げると、今であれば花粉症対策グッズ。沢山あるけど一体どれが本当に自分の症状に効くのかわからなくなりませんか?TVで扱われている健康によい体操だとか、身体に良い食品だとか、もう素人には判断不能だと思いませんか?心理学の分野では私は佐々木正悟さんと直接お会いしていることもあり、佐々木さんの言を信頼していますが、医療健康分野に関する本に関しては、川田先生の本が一番正確で信頼に足るものだと個人的に信頼を寄せています。

本書のテーマは3つ「正しい脳の仕組み」を学ぶこと(科学的根拠に基づいた内容)」+「その知識を生活の中に取り入れる方法の提案」+「脳科学の研究結果から導き出された「幸せになる方法」を知ること」です。

他の健康関連本と比べて大きく異なる点は、最後の「幸せになる方法」を取り扱ったことでしょう。脳科学の研究結果から「幸せとは何か」を提示されていらっしゃるのです。そしてその結論は大きく頷き、「確かに!」と膝を打つ内容です。「幸せとは一体何なのか?」と悩まれている方は非常に多いと思います。そしてビジネス書を読みまくり、実践しても思うような結果が出ず、余計に悩んでしまっている人も少なくないと思います。そうした方々には是非とも一読を薦めます。おそらく「幸せ」を勘違いしている可能性が高いからです。

「情報リテラシー」・「科学リテラシー」・「環境リテラシー」という言葉が有り、MindMapの開発者トニー・ブザン氏は「メンタル・リテラシー」を提唱されていますが、現代人(ビジネスパーソンであるか否かに関わらず)に真に必要なリテラシーは『健康リテラシー』だと私は思います。やっぱり健康が何をするにも土台です。最新脳科学の「正確な」知識を身につけ『健康リテラシー』を向上させることは必須だと思います。

現在、私は、薬物療法による鬱病の治療を行っていますが、本書によると「有酸素運動は、うつなどの気分障害の予防や軽減にも威力を発揮するとのこと」そしてその効果は「薬物療法に匹敵するという研究報告がいくつもある」そうです。正直に言って鬱と有酸素運動を結びつけたことがなかったので、とてもビックリしたことでした。毎朝エアロバイクを漕いでいたのは無駄ではなかった!!

健康に関する知識は、前著と本書、この2冊が現在一般人が入手できる本としては最高だろうと私は思います。この2冊で脳から身体まで、自分の身体についての正確な知識が身につくことは請け合いです!!

※蛇足:食事の重要性はとても良く分かるのですが、例えば1ヶ月分の健康レシピとか、コンビニで買うならこれにしておけみたいなものが欲しいなぁと思います。ついでに毎日同じモノを食べるというHACKは良いのか不安になりましたww

本質はシンプル&ベーシック-『松浦弥太郎の仕事術』感想

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昨晩、松浦弥太郎氏著『松浦弥太郎の仕事術』を読んでいて、松浦弥太郎という人物にものすごく魅了されている自分を発見しました。松浦氏の著作は数冊、読んでいますが、どれもこれも、そうですね・・・憧れの先輩の言葉を聞くような感じに近いものがあります。

私は、カブスカウト(小学生)と、ボーイスカウト(中学生)をやっていましたが、そこに「憧れの先輩」が数人居ました。私が憧れた人の共通点は、差別をしない。正直である。いつでも明るい笑顔を見せてくれる。平等に優しい。偉そうにはしない。そんなありふれたことを自然体でできる人達でした。
私は、この本を読んで、「ああ、松浦氏からも同じ匂いがするんだ」と惹かれる理由に合点がいきました。

この本は「仕事術」というタイトルであるものの、その実、目新しいタイムマネジメント法も斬新なTodo管理法も、最新鋭のツールの使い方もありません。あくまでも「仕事」と対峙する際の基本的なスタンスと哲学について書かれています。一種の「仕事論」もっと言えば「人生論」と言っても良いかもしれません。
健康管理をしよう。挨拶をしよう。身だしなみに気をつけよう。勉強をしよう。約束を守ろう。人に喜んでもらおう。・・・etc ・・・どれもこれも基本だし、当たり前のことです。とてもベーシックなことです。
これらを「当たり前じゃんか!」と切って捨てることも、流してしまうことも読み手の自由でしょう。しかし『当たり前のことほど徹底することは難しい』と私は思います。私は松浦氏の誠実な言葉に込められた想いに何度も何度もハッとさせられ、自分の「仕事」に対するスタンスと照らし合わせながら読み進めたのですが、いくつもの言葉たちが私の戒めとなる大切な言葉となりました。

松浦氏の著作はどれも、媚や、嘘、虚飾は一切なく、自分の内から出た真実の言葉だけで書かれています。その清潔で清冽でまっすぐで等身大の生き方、恐らくこれらが松浦氏にとってのPrincipleなのでしょう。

私たちは日常、意識しないうちに、変な義理や人情や組織の慣習に縛られ、「仕事」の御旗の元に、自分の死守すべきPrincipleを曲げるような都合の良い嘘をつき、無理や誤魔化しを重ねてしまってはいないでしょうか?
毎朝職場で元気よく挨拶できていますか?知らないことをそのままにしていませんか?身だしなみに気を配っていますか?相手に喜んでもらおうと思って仕事に取り組んでいますか?〆切やアポの時間を厳守していますか?意外とできていないかもしれない・・・と思い当たることがあるのではないでしょうか。

会社勤めをしていると、羅針盤も海図も上司に預けっぱなしで、ただオールを漕いでいるだけということになりかねません。皮肉なことにその方が楽でもあります。責任ありませんからね。でも、そのひと漕ぎが何処に行くためのものなのか、誰を幸せにするものなのかわからないまま、ただ漕いでいるという状況は酷く消耗しますし、得られるものは殆どないでしょう。挙げ句、何かに誰かにコントロールされているという鉄格子から出られなくなる気がします。
松浦氏は本書で、羅針盤を自分自身の手に取り戻し、海図を自ら作りながら自らの決断で、少しづつ航路を修正し、さらに海図に手を加える。「自分で考えて、自分で行う」そんな主体性を取り戻した仕事のやり方を提案されています。実にシンプルなことですが、これぞ徒手空拳で仕事を成し遂げてきた人物にのみ言える言葉だと思います。

私の今の仕事は、前線で戦う営業と、大本営で戦略を練る経営陣との橋渡しだったり、営業への補給兵だったり伝令役だったり、いずれにしても裏方仕事です。決してクリエイティブでもありませんし、ましてや知的生産なんてとても烏滸がましくて言えないものです。しかし、それでも、営業と経営陣のどちらの役にも立つことで、当社の製品を手にしたお客様の役に立てるように(例えお客様は気づかずとも)、日々アップデートできるようなことは、何かしら見つかるモノです。
毎日できるだけ同じリズムで平静に丁寧に暮らし、社会の役に立てるように、人の役に立てるように、丁寧にコツコツ仕事をしていこうと、自分の暮らし方、働き方を見つめ直す良い視点を与えてもらえた、私にとっては裁断不可の座右の書コーナー行きの本です。

蛇足1:この本の中には松浦氏のご自宅と思しき写真が数点掲載されています。そこから垣間見える松浦氏の美意識には強い共感と憧憬を覚えます。これは佐藤可士和氏にも言えることですが、どうやら私は徹底的に整理整頓されたシンプルで上質な環境が好きなようです。自宅の総点検が必要だなぁ(笑)

蛇足2:松浦氏は雑誌『暮らしの手帖』編集長という肩書きを持っていらっしゃいますが、このオファーがあったときは悩まれたそうです。『松浦弥太郎』という名前だけで仕事をしてきて、組織で働くという経験がなかったからだとあります。私は逆です。いくつもの組織で10年以上働いてきました。何ができるかわかりませんが、『Kazumoto』という名、もしくは『本名』で、社会でどう役立てるかを考える必要が有りそうだとも感じました。

E計画遂に発動!アイコトバは「We Love Evernote!」

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本日、Lifehacking.jpの@mehoriさん、シゴタノ!の@shigotanoさん、ライフハック心理学の@nokibaさんという超豪華執筆陣による、『EVERNOTEハンドブック』が遂に発売になりました!

といってもこの本を入手する為に、本屋に行く必要はありません。何故ならこの本はe-Bookであり、Evernoteハンドブックホームページからダウンロード購入するだけでよいからです。そしてここ以外では販売されていません。Amazonだろうと、ジュンク堂だろうと、LIBROだろうと、どこにも陳列されていない本です。これは日本初の試みでしょう。

著者のお三方は累計で30冊近くの本を出版しているプロフェッショナルです。その3名が、出版社及び取次を通さず電子書籍として出版したことのインパクトは計り知れないと私は考えています。しかもこの本は、今後もEvernoteの進化とともに内容がアップデートされ、きめ細かい改訂が約束されています。まさに日本の出版業界に激震を呼ぶであろう記念すべき本であり、その本が出版された、本日3月2日はe-Book元年と思われる今年の中でも特別に記念すべき日だと思います。

では、この本の内容はどうなのか?まず、最初に驚いたことは、「Evernote関連書籍がアメリカでは皆無」であるというEvernoteCEO Phil Libin氏が冒頭の特別寄稿の中で述べていることでした。つまり、この本は、現時点で世界で唯一のEvernote関連書籍でもあるわけです!

そんな特別な一冊を一読した感想は「We Love Evernote!」という熱い想いがヒシヒシと伝わってくる、濃い内容だということ。Evernoteを愛してやまない3人だからこそ、Evernoteをまだそれほど使っていない人、使っているけど使い込んでいるとまではいえない人へ向けて、Chapter1~3を割いて実に丁寧に解説してくれています。さらに(私は知らなかった・・・)様々なTipsも満載ですから、入門者から上級者まで幅広く"楽しく"そして読み進めるごとに"Evernoteが使いたくなる"こと請け合いの一冊だと思います。

クライマックスは、Chapter4!コレは本当にスゴイ!!執筆陣による事例がとにかく熱い!「Evernoteが秘書になる」「ネタ帳として使う」「読書ノートにもなる」「43フォルダーズにもできちゃう」「GTDにも使える!」「人脈データベース」etc...こんな風にもあんな風にもとドンドン具体的なユースケースが惜しげもなく披露されています。

Evernoteはとにかく自由度の高いツールです。その自由度の高さ故、使い方に「正解」がないツールとも言えます。これを敷居が高いと捉えるか、楽しいジャン!と捉えるか、Evernote使いになるか否かの分水嶺はココだと私は思っています。「とにかく使って欲しい!」きっとその一念で、著者お三方はできる限り具体的な事例を盛り込み、読者に使い方のヒントを与えると共に、「ああ、こうも使えるんだ」「こういう使い方もアリなんだ」と気づいてもらえるように丁寧に、丁寧に書いてくれています。本当に「読者目線、ユーザー目線」で執筆されたことがヒシヒシと伝わってきます。

実はこの本が執筆されていることは、去年から断片を伺っておりました。3人の個性を一冊にまとめるという作業、多忙な中執筆された労力、そこらで売っている本よりよっぽど綺麗で丁寧で、読みやすい様々な工夫を凝らされたレイアウト編集作業、ホームページの立ち上げ、課金システムの登録等など、通常だったら出版社とかに任せられる作業まで、全てお三方がなされたわけですから、本当に大変な作業であったであろうと思います。しかしその苦労を負ったとしても出版したいんだ!という熱意には本当に頭が下がります。この執筆から発売までの一連の作業のノウハウは今後、電子出版を考えている人に取っては、ものスゴイ価値があることでしょう。その成果が、あ~た!980円で読めるんですよ!!これは本当に太っ腹!感謝です。ありがとうございます。

今後、進化する本のひとつのコンテンツとして、ユーザーからの事例紹介なんてコーナーができたりすると面白いなと個人的には思いました。私の使い方としては・・・「お薬手帳はもう要らない」とか先般書いた「アイデアプロセッサとしての使い方」とか、現在進行中の自分プロジェクト「Everything I Have(持ち物を全部写真にとって記録する)」がパッと思いつく、少々変わった使い方かもしれません。

Evernoteは「第2の脳」と良く表現されますが、私は本書を読み終わって少し違う捉え方をしました。Evernoteは「人生の足跡」。そう思いました。迷う前にEvernoteに入れておく。たったこれだけで、人生の記録が確実に記録され保存されていくわけですから。それは自らの足跡に違いないだろうと思います。

ちなみに、満員電車の中、iPhoneで電子書籍を読むのは楽しくて朝電車を乗り過ごし、挙句の果てに酔いました(--;; やっぱり電子書籍もそこそこ快適な環境がないと辛いのは変わりないのかもしれませんね。iPadが出たらこの問題も解決されたりしないかなぁ(笑)

命の原点-書評『マタギ-矛盾なき労働と食文化』-

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ヘンリー・D・ソローの『WALDEN 森の生活』を読了したことは先に書いたとおりですが、ひとつだけ気になることがありました。ソローは田畑を耕し、植物を摘み、魚を釣り、たまに日雇い労働に出て、半自給自足生活を送ったわけですが、なぜか「狩猟」についての記述がないのです。人類が誕生し、食料調達のために行ったことは、狩猟採集でしょう。これは農耕以前から行われていた最も原始的で本能的な行動なはずです。なのに採集については書いていても狩猟については書いていない。このことに強烈な違和感を覚えました。そして「森の生活」と言っているが、あれはあくまでソローの実験にすぎない。現実に今も狩猟採集を行っている人々のコトが知りたい・・・こう考えたときに『マタギ』という存在を思い出しました。

日本に『マタギ』と呼ばれる特殊な狩猟集団が北東北から長野県北部の雪深い山間部に現在も実在しています。普段は公務員だったり旅館を営んでいたりするそうですが、皆、狩猟を行う人々"狩猟者"です。狩猟という行為に対し非難の声を浴びせられることも多いことから、頑なに取材を断り、マタギに関しては、つまらない民俗学的な本があるだけだったのですが、なんと著者の田中康弘さんは、そんなマタギたちと友人となり、実際に狩猟の現場へ同行させてもらいます。狩猟の現場を取材した貴重で且つ第一級の資料とも言えるのが本書『マタギ 矛盾なき労働と食文化』です。

熊を獲り、皮を剥ぎ、解体し、食す。
兎を獲り、皮を剥ぎ、解体し、食す。
冬の川で(恐らく最後の)伝統漁法で魚を捕り、食す。
山に分け入り、渓流で岩魚を釣り、食す。
山に分け入り、茸を採り、食す。
山に分け入り、天然舞茸を採り、食す。
最後には聖域とも言える「熊狩り」へも同行し(しかも巻き狩りではなく、「忍び」と呼ばれるほぼ単独で行う奥義のような猟法!)その一部始終をありのままに伝えてくれます。
“今では魚でも肉でも綺麗にパック詰めされている。それが命あるものだったとは感じさせない妙な工夫が施され、単なる食材としてしか意識されない。食肉は特にそうだ。まず命を奪うことから始まり、血と脂の中で解体されていく行程がまったく隠されているのだ。果たしてこれは正しいことといえるのだろうか。私はそうは思えない。他者の命を頂くことで人が生きていくという大切な行為は、狩猟の中にその全てをみることができる。
マタギの狩りは欧米のスポーツハンティングとは立脚点が違います。やたらに殺生するわけではありません。獲った獲物には最大限の敬意を示し、その血の一滴まで無駄にすることなく食し活用します。なにより大自然を相手に「生きるということ」は一人では行えず、仲間、家族を必要とするんだということが腹の底から良く分かります。人が何故コミュニティを作るに至ったか、この本でようやく理解できました。なぜ他人を尊重しなければならないのかも。そして狩猟が原始のコミュニティにとってどれだけ大事なアイデンティティだったのかも。

マタギの弘二さんは、天然舞茸を採ったあと、売れば結構な金になるらしいのに売らず、親戚や仲間に分けます。なぜ売らないのか?
“「ばかくさい」
弘二さんはきっぱりと言う。金を拝むことを喜びとはせず、自然の中から深い喜びを得る暮らし。そしてそれを共有できる人達とのつながりを宝とする、素晴らしい生き方だ。このような考え方は現代社会からは殆ど消えていきつつある。
「ばかくさい」この一言に、物質文明への回答の全てが詰まっているような気がしました。金や物がどうこうではなく、山に(海に)祈り、獲物に敬意を表し、山の(海の)恵みに感謝し、その心を仲間達と共有する暮らし。これが「生きるということの原点」なのだろうと私は思います。

地球温暖化や食品偽装などの不安から、田舎暮らしや山里の生活を見直す機運はあります。キーワードは「エコ」「ロハス」「身体に良い」などです。しかしこの本を読めば、それらは全て嘘くさいと言わざるを得ません。笑ってしまうくらい軽すぎると感じます。田舎の人間も、都会の人間も「他者の生命を奪って食って生きている」のは同じ。ただ命が生きている現場、命を奪う現場を身体でわかっているか否かは厳然たる違いです。本書を読んだ後では、先のキーワードは、何というか臭いものに蓋をするかのような、口当たりが良いだけの、上っ面な言葉にしか思えなくなります。

ソローの暮らした19世紀でも、すでに狩猟は縁遠いものだったようですから、狩猟採集の文化が残る地域は、残念ながら消えていく運命なのかもしれません。山も川も海も汚染され、開拓され、埋め立てられ、環境が変化し、動物もドンドン少なくなっています。私たちが実際に山に入り命を仕留めること、生命維持の原点を全身で味わうことはもうできないことでしょう。しかし、スーパーで売られている鶏肉や豚肉、牛肉、羊肉、刺身、干物、etc は命あるもので、ちゃんと生きていて、それらが解体された姿なのだということは、肝に銘じておく必要があるだろうと改めて思います。

本書はルポとして、真面目に、気負いなく、真摯に、素人の目線で、等身大のマタギの姿が綴られた本です。「生きるということの原点」を知る意味で読んでおくべき本です。熊の解体など恐怖すら覚える写真も多いですが、見なければいけない写真です。恐らく、等身大のマタギの姿を捉えた本はこの本が最後になるでしょう。マタギも継承者がいないとのことですから。しかし、その生き方が我々に教えてくれるものは、 決して忘れてはならない「命の原点」だと私は思います。

『WALDEN 森の生活』読了!

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あけましておめでとうございます!今年もどうぞ宜しくお願いいたします!
新訳版『ウォールデン 森の生活』を読了しました。過去あれほど苦戦し、全く理解できなかった本でしたが、この新訳版でようやく、ようやく少し腑に落ちました。そしてちょっとした発見をしたので、新年一発目はそこから。

ソローは読書について、こう言っています。
本は、書き手と同じひたむきな気持ちで読まねばならず、書き手が込めた深い意味を推し量りながら読まねばなりません。
年末年始の殆どの時間をただひたむきな気持ちでソローの宇宙を少しでもくみ取れるようじっくりじっくり読みすすめました。
ソローは森に自分で家を立て、ほぼ自給自足で暮らします。こうしたシンプルな暮らしを行ったのは「生活にかける時間を徹底的に減らすことで精神にかける時間をできるだけ増やす。」「物質崇拝の社会を客観的視線で検証する。」などが動機でした。
食べることさえ徹底的に簡素化しています。「食欲という欲望の奴隷になって自由を失うのがいや」で、「贅沢の為にお金を稼ぐのがばかばかしいと思った」こと「生活の為に時間を費やしたくなかった」ことなどが理由だと書いています。
さらに、ニュースやゴシップ、町で交わされるうわさ話の類も全く無駄なものとして退けています。

生活をより簡素に必要最低限に留めたソローが選んだのは、能動的な生き方です。こちらが望みもしないのに飛び込んでくるものの中で何が良いもので何が無駄なものであるかの判断が追いつかないままに溺れて流されて暮らすのではなく、自らが選び、自らのためのものの中で暮らそうとしたのです。自らが選択して身につけていく良い情報として古典を読むことと、身の回りの世界を眼を凝らしてつぶさに観察することを薦めています。実際この本も多くの神話や古典を紐解き、引用し、森の動物や昆虫、池のことなど周りの自然をとても丁寧に観察し、とても豊かで充実した生活を送っている様が読んで取れます。

ソローの住まいは自分で建てた、食料保管のための地下室がある、暖炉を付けた一部屋だけの小屋です。そのシンプルな家にあるものと言えば、
ここに私の家具の品目を挙げておくと、ベッド、テーブル、机がそれぞれひとつ、椅子三つ、三インチの手鏡、暖炉の火箸と薪を載せる台、やかん、鍋、フライパン、ひしゃく、食器洗い用ボウルがそれぞれひとつ、ナイフとフォーク二セット、皿三枚、カップ、スプーン、油差し、糖蜜差し、それに漆塗りのランプがそれぞれ一つなどです。
たったこれだけ。でも・・・日本人だったらもっと削れる!と私は思いました。

”和風森の生活”を想像すると、ベッドの代わりに布団(コンパクトにたためる!)テーブルの代わりに卓袱台(折りたたみ可能!)机は卓袱台が担います。椅子は不要。座布団を必要とするか、布団で代用するかですね。暖炉は七輪があれば、布団を卓袱台にかぶせて簡易コタツにすれば暖は取れます。調理器具はまぁ同じようなものかな。でもフォーク二セットは箸一膳で済みます。皿三枚は茶碗とお椀と皿になるでしょう。ランプは蝋燭になるでしょう。と、ココまで考えて一つの風景が浮かびました。

究極的に何も削るものがないところまで無駄を省いた空間・・・そう「侘び茶(草庵の茶)」の世界です。この空間では上下の関係はなく、豊かなもてなしの心で満たされています。「露地」の自然から既にもてなしの心の現れであることも考え合わせれば、千利休が構築した茶道は一種の”和風森の生活”といえるのかもしれません。

庶民の暮らしを考えても、長らく暮らしてきた居間という空間は、リビングであり、ダイニングであり、寝室であり、書斎であったわけですから、当時の日本人は簡素でミニマムな暮らしの達人揃いだったのではないかと思います。もし、こうした質素な生活の反対には豊潤な精神世界があるのだとしたら・・・そんなことを考えていたところ、年末特番を見て、山口百恵さんが「秋桜」を歌っていたのが18歳だということに驚愕しました。なんと大人びた顔をした18歳なんだろうと。改めて検索してみたら、夏目漱石や芥川龍之介、菊池寛、太宰治、三島由紀夫、等々、昔の小説家の写真は皆、もの凄く大人びた顔をし、意志的で強く透徹した目をしていることに気づきました(漱石は諦念か?)。百恵さんはともかく、昔の多くの文豪、文化人の写真を見ると、明らかに今の日本人とは目つきと顔つきが違うということには、多くの方に頷いていただけると思います。

この顔つきの違いは精神の豊かさの差なのでしょうか?長屋→一軒家→アパート→団地→マンションと住まいが変わって行く中、生活はどんどん欧米化し、畳はフローリングになり、コタツはエアコンや床暖房に代わり、あらゆる面で物質的に豊かになり、経済的にも随分豊かになり、内省し精神世界を豊かにする時間はあって然るべきはずなのに、どうして私たちの顔は幼く、昔の人の顔は大人びて意志的なのでしょうか?

ソローがこの本を書いたのは1850年代。浦賀に黒船が来たり、ナポレオンが皇帝になったような年代です。テレビも飛行機も電話もない時代です。そんな昔でもソローに言わせれば、人々は暮らしを複雑にすることから逃れられなくなったと写るそうです。そこでソローは約2年間、町を離れ森に入って、生存に必須なもののためだけに働くという実験を試みる。あえて社会との距離をおき、「最も大切な必要」である「人間を耕す」ために空白の時間を設けた(空けた)わけです。

さて、私は「自らを耕す」時間を持てているのか?生存には不要な物質ばかりに目を奪われていないか?生存に不要な情報に耳を奪われていないか?命を維持する以上に食べてはいないか?生きるために必要な香りを知っているか?近くの木々の成長、動物の成長を感じ取れるか?なにより自分が真に必要なものとは何か思いを巡らせているか?自分のに必要な物を知っているか?答えは全てNoでした。

今の私の置かれている状況では、ソローと同じような生活を送ることはほぼ不可能ですが、身の回りを見直し、自分の生活を能動的なものにできるよう、今年一年、あらゆる自分の中に作ってしまった枠を疑い、できるだけ時間は「自分を耕」すことに使うようにし、何事も慎重に考えながら生活をしてみようと思います。

まだまだ多くの気づきが得られる本です。繰り返し読みつつ発見があればブログでアウトプットしていきたいと思います。

あなたのマナーは大丈夫?-書評-『平林都の接遇道』

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「あなたは人に対して、相手に届く礼を尽くせているか」これがこの本の主題です。本になるきっかけになったらしい、フジテレビ「エチカの鏡」で著者の特集を組んだときのDVDを家内が借りてきてくれたので見たのですが、確かに教え方はとっても厳しい。ちょっと引くぐらいの厳しさです。しかし、著者の厳しさは理由もなく高圧的に言っているのではなく、心底理解して欲しいからあえて言っているんだなぁと思えるものでした。

私も新卒で入った会社では、マナー研修を受け、外部のマナー研修にも数回参加したことがありますが、この本を読むとただただ恥じ入るばかりです。その頃の研修資料を見直してみたのですが、まぁ、できていないことできていないこと。

さすがに社会人生活も長いですから、最低限の部分はできているだろうと思っていましたが、本書で解説されている、「ちゃんとした礼」ができていないことは、ちょっとしたショックでした。私の会釈は会釈じゃないし、私の礼は礼ではありませんでした。ただ頭を下げれば良いものではないと頭では分かっていても身体が分かっていないということを痛感させられました。

辞書を引くと接遇とは「もてなし・接待・あしらい」とありますが、著者はもっと重い意味合いのある言葉だと言います。曰く、「仕事場はあなたの舞台」なのだから、「清掃と身だしなみ」を徹底し、「礼と挨拶と言葉遣い」に神経を配り、「自ら行動すること」でその言葉を裏付け、お客様に「残る満足」を与えなければならない。なぜなら「企業は「できない人」で評価され」てしまうのだから。接遇ができているかいないかで、企業の評価も自らの評価も大きく違ってしまうのだと。

道徳や礼節、躾というものは、誰もが家庭で学校で教わったものだと思いますが、本来はここまで徹底しないと身につかないものなのだと再認識させられます。

病気のせいなのか、それまで比較的得意だった人と相対することが今では大の苦手になってしまいましたが、交渉上手の営業マンの様なトークやカッコよいプレゼンはできずとも、身だしなみや仕草、挨拶、言葉遣いに気をつけることによって、少なくとも「アイツはちゃんとしたヤツだ」と思ってもらえるようにはできるかもしれないと、少し勇気をもらえました。

さらっと読める本ですが、日頃の自分の振るまいを念頭に置いて読むと、意外と多くの気づきが得られる一冊だと思います。

残すべき「核」の見つけ方は??

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ディスカバー社、この夏の一押し?『減らす技術(The Power of LESS)』を読了したので、ちょろっと感想などを。




"減らす技術 The Power of LESS" (レオ・バボータ)


たぶん私だけなのでしょうが、いつも自己啓発書の類を読むと感じる困惑をこの本にも感じました。



人生はシンプルなほどいい。余計な雑音を排除すれば、自分の好きなことを楽しめる。

仕事もシンプルなほど調子が出る。

文章だって、シンプルなほど力強く訴えかける。余分な言葉をどんどん削っていけば、核となるアイデアを伝えるのに必要な言葉だけが残る。



なるほど、確かに著者の主張は明快でわかりやすい。雑音・雑事・余計なこと、こういったものを削っていって「自分の好きなことをやろう」


でも、「自分の好きなことって??」と考え込んでしまうんです。自分の「核」とは何だろうって。いつもここで躓くんです。


もし神が目の前に現れて「さぁ、君に一生使い切れない程のお金と時間と健康な身体を与えよう。好きに生きたまえ」と言われたら何をしたい?若しくは死神が現れて「あと1ヶ月で君をあの世に連れて行く。一応予告しておくから残りの1ヶ月をエンジョイしたまえ」と言われたら何をする?


どちらにしても私はこの答えを持ち合わせていません。どうにも「欲」のようなものが希薄な人間のようです。村上龍的に言えば狩猟的ではなく農奴的ということでしょうか(『愛と幻想のファシズム』より)


著者はタバコを止めることに全エネルギーを注いだことが最初の一歩だったといいます。ということは、私は今、自分の「核」が何だかわからないけど、無駄だな、邪魔だなと思っていることを削っていけば最後には「核」が残るということになるのでしょうか?削りに削った結果が「空っぽ」だったと考えると非常に怖いのですが、きっと何かの形が残るだろうと信じてみるしかなさそうです。とりあえず体育感にでも自宅にあるモノ全部並べて選別してみたくなりました。


ところで、読了後非常に薄気味悪い感情にも囚われました。これほど「削る」・「ダイエット」・「整理」・「シンプル」・「選択」・「集中」・「断る」などの言葉を大連呼しなければならない程、あらゆるモノ、あらゆる情報、何もかもが溢れかえっている社会というのはどうなんでしょうか?『銀河鉄道999』という漫画に「機械を支配するのに成功した星」という話があります。何もかも機械にやらせて、することがなくなった人間がどうなるかという話なのですが、現代もきっと他の星の生命体から見たら非常に醜い姿をしているように思えて、何やら空恐ろしくなりました。



ビジネス書の中の「仕事」はフェアではないんじゃないだろうか?

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このところビジネス書の類を読んでいて「フェアじゃないな」と感じることがあります。例えばこんな主張に接したときです。



  • スケジュールやタスクをパソコンで管理しよう。


  • リマインダーを設定しておき適切なタイミングで思い出しど忘れを防ごう。


  • 書類はEVERNOTEなどに集めてiPhoneなどの端末からいつでもアクセスできるようにしよう。


  • 様々な情報を効率的に収集するにはRSSリーダーを使って、いつでもどこでも見られるようにしておこう。


  • 離れた場所の人と連絡を取るときもSkypeやGoogleTalkがあれば連絡は取れるよ。


さらに踏み込んで、「 そうさ、インターネットに接続できれば別にオフィスなんか無くたっていいんじゃないか、別に会社に縛られる必要もないじゃないか、ようやくサラリーマンが「自由」を手にできる時代がやってきたんだ。だから最先端のツールで武装して、「個」として仕事をした方がいいんだよ!」という主張も見られます。


"仕事するのにオフィスはいらない (光文社新書)" (佐々木俊尚)なんて思いっきり上記のような主張ですよね。


わかるんです。理解はできるんです。それがスゴク便利で自由なワークスタイルだっていうことは。でも・・・どうしても「でも」と感じてしまうんです。


私はこういったITツールが基本的に大好きですし、病気のこともあり「効率化」できることに関しては積極的に取り入れているつもりです。しかし私が働いている業界が特殊なのかもしれませんが、どうしてもどう頑張ってもこのワークスタイルは適用できないんです。


実例を挙げましょう。


スケジュールとタスク管理。これはある程度可能です。が、様々な薬品を使う現場、細かい屑が飛び散る現場などでは、精密機器はあまり適しません。ラテックスの手袋してたらiPhone動作しませんし(笑) もちろんモノ作りの現場以外の営業マンなどは積極的に取り入れる部分だと思いますが、どうも聞くところによると、8/1に取ったアポが8/3に変更になって、また最初に戻ったなどという場合、8/1に最初にアポを入れたという履歴がなくなってしまうのでやりづらいということなどがあるようです。


書類をEVERNOTEなどに集約させようという部分。私の仕事で最も必要且つ重要な書類は図面と仕様書です。確かに出先で見られたら便利でしょう。しかしこれは極秘資料です。絶対に漏洩させるわけにはいきません。私の会社では、紙(原本)として保管し、必要な場合は上司の許可が要る仕組みになっています。基本的にコピー不可ですし、データ化もNDA契約に抵触場合があるので原則できません。


情報収集に関しても私の働いている業界の最先端情報はまずというか絶対的にインターネットで公表している類のものではありません。個人で書いているブログも散々探したのですが、どうも見あたりません。最新製品の心臓部分に関わる情報なのでどこの企業でも極秘扱いなんでしょうし、大学・研究機関もあまり積極的には情報公開していません。ある程度、技術的目処が立ったという情報ではすでに出遅れているので私の仕事としては意味がない情報となってしまいます。よってRSSで効率的にというのもどうも当てはまりません。


お客さんとの連絡に関しても、極秘事項に関するやり取りなので、Skypeなどではセキュリティ上どうしても心配が残ります。何しろ電話で話しをするのも嫌がるお客さんもいます。従って対面での折衝が必要不可欠です。


そしてオフィス。実験・検査・計測・制作などの作業があり、使う機械もまかり間違っても個人で購入できるような価格のものではありませんし、作業の連携が欠かせないので、「一カ所に集まり作業をできる場所」は必要です。外回りする営業の方でも一人の担当しているA社の進めているプロジェクトの問題点が、B社の進めている案件の一部分をちょっと変更すれば解消できるなんてことは日常茶飯事なので、営業も集まり情報を交換する場所が必要です。これもマル秘情報に関するやり取りなので、基本的に対面でのやり取りが必要です。


現状ではどうやってもできないんですよ。今「最先端」のワークスタイルとは相容れないんです。


この「最先端」のワークスタイルを実行している人は多分に"情報"と呼ばれるものを生産・加工して対価を得ている人なのでしょう。私たちみたいな"モノ"を作っている人、極端な例を言えば蒔絵職人さんや、靴職人さん、お豆腐屋さんなどには適用できない可能性が高いのではないかと思います。でもその指摘はどこにもなくて、「これが理想的な働き方だ」というのはフェアじゃないなと感じてしまうんです。


皆さんの仕事の"現場"はどうですか?ITを駆使すれば本当に問題点が解決されますか?それより「5Sハックス」や「品質管理ハックス」「カイゼンハックス」と言ったものがあればそちらの方が実践しやすいという部分ってありませんか?


モノ作りの現場にフォーカスした書籍でオススメがあれば是非教えて下さい。



一日の仕事に「フタ」をしよう

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超久しぶりの更新になってしまいました。別にこの間、何にもしていなかったわけではありませんよ(笑)

今日取り上げる書籍は佐々木正悟さんの新刊「残業ゼロの1日1箱仕事術」です。

前にも書きましたが、病気になって以来、他人より体力が圧倒的になくなっているのと、私の性格上、必要以上に仕事を受けてしまいがちなこと、さらには仕事漬けのままでいると病気の悪化に繋がりかねないので、仕事量の調節というのは私にとっては、仕事をする上でウェイトの重いテーマでもあります。そのため、この本はジャストミートでした。

題名にもあるとおり「箱」という考え方がシンプル且つ汎用性のあるフレームワークです。ついつい仕事を振られると「YES」と返事をしてしまいがちですが、自分の1日の仕事量を「箱」に入るものだけに限って、フタをしてしまえば、それ以上入れたくても入れられないわけです。

さっそく会社で実践するにあたり、(この本では本当の箱を用意するわけではないと書かれていますが)本当にちっちゃな箱を用意して「私の1日のキャパシティ」というテプラシールを貼り、フタの表面には同じくシールで「今日はこれで精一杯」というシールを貼ってみました。それを机の3段トレイの一番上(つまりGTDで言うところのINBOX)にちょこんと置いておき、その日にやることをその箱に入るだけに限定してみました。ちなみにこの箱ですが、ロディアのNo.11サイズと同じくらいの大きさ・高さのものです。

上司や同僚が「コレ頼める〜?」と言ってきても箱に入る量しかできないと決めているので、箱を指さしながら「明日以降で良いですか?」と言うと納得を得やすくなりましたし、1日の仕事量が本当に目に見える量になっているので、気分が楽になったというのが実感です。

また、「やる気」というものは有限で起きてから寝るまで、その有限のリソースを上手く割り振っていく必要があるという指摘も目から鱗でした。しかもこの「やる気」はストレスを受けると減っていくと言います。P165の一節、

=私たち人間は、精神的ストレスを受けたことがわかっているのにもかかわらず、何度も同じ場所に行かなくてはいけない。職場には嫌でも毎日行かなくてはならないわけです=

というのも、スゴイ説得力がありました。これを逆に捉えれば、職場が快適な場所であれば、精神的ストレスは軽減されるはずということになります。その為に仕事量を自分のキャパシティ内に押さえてコントロールすることによって「仕事」そのものに対するストレスを減らし、後は職場でのコックピットたる自分のデスクや、その周囲(人間関係も含めて)を快適なものに変えていけばよいのだというのが分かったのが本書から得た最大の学びでした。読みやすい上に色々な気づきが得られる一冊です。仕事量にあっぷあっぷしてたり、押しつぶされそうになっている人にはうってつけだと思います。

どうすれば18時に退社できるか!?

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思いつきなのか、何なのか突然、勤め先の社長から「18時には全員会社を出るように。特に水曜日は言い訳無用。絶対に帰れ」とのお達しが。お達しだけならたいした影響はないのですが、私に「必ず実行できるためにその方法を考えよ」という特命がありました。

中小企業ゆえ、こうなると何かしら実施して、且つ効果を出さねばなりません。

私自身は、鬱病から回復しても以前の(特に20代の頃の)体力は未だ戻らず、ムリが利かないので18時には退社できるように段取りを組んで仕事に臨んでいますし、一つ一つのタスクにどれくらい時間がかかっているか、タイマーを使って測定して、時間短縮の余地が無いか常に考えながら、半ば時間短縮マニアのように仕事をしているのですが、どうも同僚はそういう意識が薄く、恒常的に遅くなっているようなのです。特にバックオフィスを担当している女性(独身1名・既婚1名)がいつも22時頃まで仕事をしているのは、やっぱり夜道などの危険性を考えても、彼女たちのために良くないので、これは何とかしたいと思っています。(男はどーなっても知りませんよ!)





さっそく、リアル書店を物色して、女性の目線で書かれたこの本を買ってきました。著者の小室さんはプロフィールをみると同じ年だったのですが、起業されて活躍されている同じ年の女性がいるということにまず驚きました。反面、「オレってば・・・」と思わなくもなかったのですが(^^;)

この本なのですが、出産・育児という体験を通して、小室さん自身が試行錯誤して作り上げた情報共有の仕方、チームの意識の変え方、仕事の効率を高める方法、など具体的なノウハウぎっしりの本です。同じ年というバイアスがかかっていることを考慮しても、勝間和代さんの著書より、ワークライフバランスに関しての具体的な考察は優れているのではないかと思いますし、本書の中での提案がより身近な物として感じられる感じがします。

ほわっとした暖かい文体でありながら、ときどき鋭く切り込む文章を読むに、きっと小室さんの人柄もこういう感じなんだろうなと思います。

ネタバレ自重しますが、E-Mailをいかに有効活用するか、みんなが同じ問題意識を常に持ち続けられる「仕組み」についての考察は即実戦可能で勉強になります。

早速、この3連休でアイデアをまとめて、週明けには上層部に提案してみようと思いました。非常に良い本だと思います!!

そうか"勉強"ってそういうことだったのか

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昨日ひいてしまった風邪ですが、気合いを入れて仕事をしていたら治りました!すごいぞオレ!やればできる!

さて、仕事でアメリカのから商品を仕入れることがあり、当然英語でアメリカの会社とe-mailのやりとりやら、Videoカンファレンスやらがあるわけですが、英語がかろうじて読めるだけ程度では、役立たずも良いところなので、最近地味に英語の勉強をはじめています。

が、なんで英語がわからないのかがわからない。。。

とりあえず英文を読むことはできるのですが、それが本当に正しいのか説明できないんですよね。単に単語だけを拾って読んでいるような感じがぬぐい去れないし・・・ということで、高校受験まで遡って英文法を勉強しなおしています。忘却の彼方って感じの知識がいっぱい。学生時代に勉強しておけば良かったのに・・・とオヤジくさい感傷に浸りながら少しづつ英文法の本を読み続けています。

しかし、もうちょっと上手いやり方みたいなものはないものか?とリアル書店を物色していたら、こんな本に出会いました。


しかしこの本、勉強本ってジャンルに入るのでしょうが、内容は完全に「自己啓発書」です。一番ドキッとしたのは下記の一行


”自分の人生の目標は何か?それはなぜか?そのために何をしているのか?”
・・・答えられませんでした・・・逆にそれを見つけるために日々もがいているところもあるわけで・・・人生の目標、夢、そういう文言が出てくる本を読むたびに「自分ってダメだなぁ」と思って凹んでしまいます。
でも、この一行の後に”その答えをさがすために、私たちは勉強をしているのである”という文章があって、救われました。今は見えなくても、勉強をして世の中を学び続けていれば、いつかきっと自分のミッションが見つかる瞬間があるってことだと解釈しました。

後は、次の言葉もビンビン来ましたね。

”言葉がなぜ力を持つのか。(中略)息は「自らの心」と書く。つまり、私たちは自らの心を言葉として吐き出しているのだ。”
なるほど!!自分が使う言葉には気をつけろと色んな本で読みますが、この文章ですっとーんと腑に落ちました。

「勉強」って言葉はどうも窮屈で嫌なことに思ってしまいますが、本来の勉強ってそういうことではないんだなとたくさんの気づきをくれる本でした。
さーって、ポジティブに英語を勉強しようっと!!

予想ガイで〜す・・・

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昨日、健康に気をつかっていることを書いたのに、今日は風邪を引きました・・・なんてこったい。

朝起きたら、すごい頭痛でゲンナリ。
すごい気合いを入れて会社に行ったら、予想外の仕事が飛び込む飛び込む・・・
全く予定とは違うタスクをこなさざるを得ず、これまたゲンナリ。
しかも、全部1時間以上かかるタスクで、しかも今日の今日が締め切りだという救いのなさ。



この本を読んで、少しでも自分の集中できる時間を確保しようと悪戦苦闘しているのですが、今日のように急な仕事がドッサリ降ってくるとまだまだ翻弄されてしまって、自分のペースを保てません。急な仕事を振っても大丈夫だろうという思い込みを相手に持たせない努力が必要みたいですね。”「いつでも電話してください」は命取りです”というのはホントですね。結局、他人の仕事の尻ぬぐいをして一日が終わってしまうのは、やっぱり不毛な消耗戦でしかありません。

この本に書いてあることでまだ実践していないのが、理想の1日を探し出す「24時間テンプレート」です。理想的な時間の使い方に自分の行動をチューニングして、サイクルを回せば、毎日を理想に近づけることができるとのこと。今週中にはこれを一回作ってみて、毎日を「調子のいい状態」で習慣化できるようにしていきたいと思います。

実践結果は、また後日!

健康管理の重要性

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2007年に鬱病に罹ってから、とにかく何もする気が起きなかったけど、その反動か、最近は色々なことがやりたくてウズウズする。2年ぶりの感覚だけど、なんとも新鮮。

最近もっとも興味があるのが"健康"

やっぱり健康じゃないと何もできないというのを実感して、意識的に健康に関する情報を集めるようにしています。でもどうも胡散臭いのが多くて、一時期はやった「あるある大辞典」みたいな感じがぬぐい去れない・・・。

そんな中、「HEALTH HACKS」という本と出会った。



「すべて科学的エビデンスつき!」という帯に惹かれて購入。読み始めたらこれが最高に面白い!完全に健康オタクと化している医学博士が書いていて、しかも全てのタイトルが何らかのビジネス書のタイトルとかけてある懲りよう。

現役の医者が堂々と出している書籍だから、それだけでも十分信用に値する。ということで、早速色々取り入れています。

まずは、筋トレ。腕立て・腹筋・スクワットそれぞれ朝晩に16回づつ。何でか中途半端な16回って書いてあった。これの根拠はわかんない(笑)

次にサプリメント。とりあえずマルチビタミンってのを買ってきて、毎朝飲むようにしてる。

食事もオススメされてた「豆乳鍋」ってのを試してみたら、これが旨い!!ということで、我が家でも定番化決定!

トレッドミルの活用法を超プッシュされているので、ビックカメラに見に行って来たんだけど、使うには動作音がなぁ・・・これはちょっとペンディング。

でも、エアロバイクじゃダメなんだろうか?あれだったら置けるし、音もそんなにうるさくなかったんだけどなぁ。

それと、すごく以外だったのは、コーヒーを飲むのは身体に良いらしいってこと。勝間本などでは、「コーヒー=悪」という論調だったので、泣く泣く量を減らしていたんだけど、これで堂々と飲めますよ(笑)でもね、ひとつ疑問が。銘柄についての研究は無いらしいんだけど、缶コーヒーでもOKなのかなぁ?糖分ゼロってのだったら良いのだろうか?うーむ。朝、缶コーヒーを飲むのが日課になっていたものにとっては、大問題なんだけど。