会社という村社会

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一部のちょっとヤンチャな方々にご好評いただいて、私自身のストレス発散にもなっている、毒気たっぷりな不定期腹黒連載「反逆児の仕事術シリーズ」ですが、当然私の実体験を書いています。私はいくつかの会社を渡り歩き、様々な会社の内部に潜入してきましたが、日本の会社には気になることがあります。

それは「会社」と「村社会」の構造が酷似しているということです。

Wikipediaに載っている「村社会」の説明を見てみます。

村は本来、道切りなどにより外部と区別される空間で、村の成員は生業を行い生活に必要な資源を供給する環境を共有し、寄合を行い祭礼や年中行事を共同で行うことにより統一された意思のもと秩序維持を行っていた。村社会は相互互助的な性質を持つ一方で、内部には経済的階層や家柄による家格などが存在し、村の秩序維持のための青年組織などが存在した。特徴としては古くからの仕来りを遵守する傾向があり、それに異を唱えるものや遵守しない者に対しては本人や肉親、更にその者に関わったものまで異端者扱いし、差別を行なうことがある。これにより新たにその地域に移住してきた者や流行にとらわれやすい若者が反発し、古くから住んできた者とのトラブルが後を絶えない。

なるほど。さて、これをですね、こう弄ったらどうでしょう?

会社は本来、社名や建て屋などにより外部と区別される空間で、会社の成員は与えられた仕事を行い、人・物・金などの資源を供給する環境を共有し、組合を作り春闘や、花見や忘年会などの年中行事を行うことにより統一された意思のもと規律維持を行っていた。会社では相互互助的な性質を持つ一方で、内部では派閥や役職などが存在し、会社の秩序維持のための研修プログラムなどが存在した。特徴としては古くからの暗黙のルールや前例を遵守する傾向があり、それに異を唱えるものや遵守しない者に対しては、本人やその上司、更にその者に関わった者まで異端者扱いし、差別を行うことがある。これにより新たにその会社に中途採用者や流行にとらわれやすい若者が反発し、古くから勤めている者とのトラブルが後を絶えない。

どうでしょう?驚くくらい一致すると思いませんか?言葉遊びにしては良く日本の会社の姿を表していると思います。

こうした閉塞的な村の中で生活するのに欠かせないのは「協調性」「空気を読む」「長いものに巻かれまくる姿勢」です。秩序維持を第一に考えれば皆同じ方向を見て、同じ思考で、同じ事を、同じように感じる方が楽ですし、そう育てられるのですから当然と言えます。
 

ただし、特殊技能を有する人は除外されていたかもしれません。刀鍛冶や、医者などは、その人がどんなに変な人でも容認されたと思います。しかしこれらの人は決して村のヒエラルキーの頂点にはなれなかったでしょう。もしまかり間違って一般人が『個性を出したり』『秩序に反旗を翻したり』した場合は出る杭は打たれ、「村八分」という強烈な処罰が待っているわけです。

これらも、そのまま日本の会社に当てはまります。画一的というか「社員総平均化」とでも言いましょうか、突出した個性を持つ人や、突出した仕事を成し遂げる人、若しくは私みたいな単なるへそ曲りは非常に邪険に扱われるわけです。そしていくら一所懸命、声を上げてみても上には届かず、生かさず殺さず『生殺し』という処罰を受けることになり、次第に声を上げる力も無くなったところで、「ヨシヨシわかれば良いんだよ」と優しく受け入れられるというシステムです。無謀にも戦略戦術を持たず、ひたすら声を上げ続けた人は窓際や肩たたきというところに着陸するのが相場でしょう。

画一的な組織の全てが悪いとは言いません。完全なるヒエラルキーの元、一糸乱れぬ動きが要求される軍隊などでは、むしろ画一的で無ければ困ることでしょう。作戦を展開する際にいくら戦況が即時変化するとは言え、各人の判断でバラバラに攻めるなんてことは考えられません。(ただ、現在のアメリカの苦戦は、個別の意思を持つ大勢のゲリラたちに画一的な組織としての軍隊では対処できない様を露呈しているという見方もできそうですが)そういう意味では敵が明確で、管理が必要な場合は、管理の容易さにおいてこの仕組みは使い勝手がよさそうではあります。

また、こうした社会体質・風土の形成に私たちが加担してしまっているとも言えそうなのも問題です。いろいろ文句を言いつつも何だかんだでその実、村(会社)での生活に染まっていて、居心地良く感じている時はありませんか?もしくは一見安全に思える村を出る!と腹を括れる人はどれくらいいるでしょうか?腹を括れない理由は?村を出たら経済的にどうなるかわかりませんし、出た瞬間からどんな脅威が待ち受けているともわかりません。村にいたころはピンチの時には村人に助けてもらえたかもしれませんが、村を出た瞬間から援軍は望めません。どう検討しても、村を出るということはリスキーであることに変わりはないと思います。

何度か転職をした私はこのリスキーさを肌で分かっています。今の会社には「恩がある」ということを抜きにして、何故、会社に勤めているのかと問われれば、やはり「賃金を得ること」を理由のトップに挙げます。どんなに薄給であっても、食べるために働くという図式は如何ともし難いものがあります。かといって再び村を出て、フリーとしてサバイブしていくだけの自信も実力もあるとはちょっと思えないわけです。

では、「村の外に出る勇気はないけど、村がもっと風通しの良い場所になってくれれば良いなぁ」と思っている、私のような都合の良い軟弱者はどうしていけば良いのでしょうか?

ハッキリとした答えは私は持ち合わせていません。このままではヤバイということだけを朧気に感じるのみです。ただどうやら個人が会社に「雇われている」という認識は改める必要がありそうだとは感じます。人生の羅針盤を自分の元に取り戻す必要があるといったところでしょうか。
個として会社と伍していく為には最低限の土台として仕事が出来ることは当然ですが、「身だしなみに気をつける」とか「挨拶をする」とか「約束は守る」とか「味方同士で争わない」とか「味方同士で足を引っ張るような真似はしない」など、当たり前過ぎてついつい思考が「茹で蛙」の状態になってしまいがちなことを、意識的にレビューし、注意を払う習慣づけが、もしかしたら大きな変化へとつながる第一歩なのかもしれません。

反逆児の仕事術003-反逆児流コミュニケーション

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実に残念な事ですが、仕事をする上で他人と一切絡まずに遂行できることは極端に少なくなってしまいました。仕事完了までの道程には「コミュニケーション」というとてつもなく厄介でストレスの溜まるメンドクサイ山脈を通る必要があります。

反逆児は普段から何かと理由を付けて反抗しているので、こういう時に寄って集って叩かれるという可能性が普通の人より格段に高いので注意が必要です。事前に対抗策を練っておくべきです。転ばぬ先の杖ってヤツです。

私が幾つか策を実践してみて、これは効くというものをご紹介しましょう。

1.会議室にお菓子を準備しておく
 「会議」というと皆、身構えて「どこを貶してやろうか」とか「どうやって虐めてやろうか」とか何故か負のオーラ満載&喧嘩腰で乗り込んできます。上の方の人がこの傾向は高いように思えます。ですので、まずはその負のオーラを消し去ることに注力しましょう。自分が招集した会議であれば、お菓子を用意しておいて、アジェンダもカラフルにさも楽しげなように、ホワイトボードに書いておいて、プロジェクターで「机のお菓子を一個でも食べてからご着席下さい」と書いておくのです。すると、毒付いてやろうと身構えて来た人の出鼻を挫けます。「へー、お菓子なんて気が利くじゃないか」な〜んて言われたらその瞬間、勝ちは決まったようなものです。ついでにチョコなどを用意しておき「会議は脳をフル回転させるから甘い物が欠かせないとこの間読んだ本に書いてありましたよ」などと知ったかの蘊蓄をかましておくと、出鼻を挫いた上で主導権を握れます。え?お菓子代ですか?当然自腹ですよ。でないと意味ありません。反逆児の仕事術を貫く為には、これくらいの自己投資は必要です。大丈夫です、すぐ回収できます。安い物だと割り切りましょう。

2.会議室に電子ダーツを設置する
 ブレストを行うときに、でかいテーブルに向かい合わせで4人づつ腰を下ろし、只単にああでもない、こうでもないと議論していき、書記が一人議事録を付けているという不毛な構図は、「時間の無駄づかい確定フラグ」が即時、立ちますから絶対に止めましょう。その代わりに使うのはゲームです。当社では(コレ私の自腹です)電子ダーツを使っています。普通のダーツだと、思わずムカツク奴に投げつけるという失投にかこつけた「未必の故意」の可能性が飛躍的に高まるので、安全性を考慮し、電子ダーツにしています。コレを使って例えば・・・負けたら一個でもアイデアを出さなければならないとか、高得点の人の
アイ デアは粗探しせず、良いところを探すことにするとか、決めておいた部分の標的に当たった人は優先的に予算を確保できるとか。そんなゲームを盛り込みながらブレストする_私はこれを"ワイガヤブレスト"と呼んでいますが_険悪な空気はダーツで発散して、前向きな要素だけを会議に持ち込むということが可能です。

3.密室ではなくオープンスペースで話す
 会議室というのは大体が「部屋」です。ドアを閉められたら密室です。密室になると普段出てこない裏の顔が出てくる確立が高くなります。他の人の目がないから余計なのでしょう。ということで、密室に連れ込まれる=袋だたきに遭う可能性が高いので、コレは何としてでも回避するべきです。ではどうすれば良いのか?ドアを開けておくでも良いですし、オープンな場所で立ち話でもOK。良い会社でしたら簡易ミーティングコーナーみたいなものがあるでしょうからその場所を利用するのも有効です。他の人の目が気になりだすと、相手ははそうそう強気には出てこないものです。勿論こちらは反逆児ですから、人の目があることを利用して多少強引でもOKをもらうことに注力しましょう。「皆あなたの発言に耳を傾けているんですよ」とプレッシャーをかけつつ、「オカシナことを言ったとしたら皆が証人になるんですよ」と暗に臭わせておくというのはかなり有効です。間違っても密室に連れ込まれることの無いように注意しましょう。

4.ホワイトボードを全力で活用する
 いくら言葉でああでもない、こうでもないと話していても埒があかないことは多々あります。特に年配の人になればなるほど、一切メモも取らず一方的に1ビットもこちらの情報が増えないご大層でご立派で型どおりな意見だけを長々と言うどうしようもない人の出現率が高まるから厄介です。そこで活躍するのがホワイトボードです。会議室に据え付けられているホワイトボードでも良いのですが、出来れば昨日UPした記事の「クリアファイルホワイトボード」の方が有効です。これを人数分用意し、座席に置いておくようし、図表を書き込みながら話すのです。自分の席に簡易ホワイトボードが置いてあるというのはまず意外性があります。面白がって使ってくれる可能性が飛躍的に高まるのです。普段から大して脳みそを使っていないご老人たちの為にもこういう機会に「脳トレ」として手書きで自分の話を相手にわかりやすく伝えるというトレーニングをしてもらいましょう。大抵自分の話していることは論理的に破綻していることに気づき、黙りこみ大人しくなります。こうした"気づき"を与えてあげるのも反逆児だからこそできる優しさです。こうして言葉を図に置き換えながら有意義な議論ができる人とだけ話ができるように工夫すると良いでしょう。ちなみに・・・このテクニックは展示会などでも使えます。出展するようなことがあれば、クリアファイルホワイトボードを用意しておきましょう。アンケートだと書き込みませんが、”消せる”もので、日頃使い慣れているものなので、お客さんは書き込んでくれます。お客さんにドンドン書き入れてもらえればそれがそのまま資料だったりネタだったりになります。見込み顧客かどうかも容易に推察可能ですよ。
 

反逆児のコミュニケーションのコツは、相手の出鼻を挫き、自分の土俵に引きこみ、自分が決めたルールの中で勝負することにあります。しかも相手にそれを悟られないようにさりげなくやるというのがポイントです。「アイツが招集をかけた会議は何だか面白い」とでも思ってもらえるようになればOKです。こうなったら余程内容が酷くないかぎり負け戦にはなり得ません。100戦100勝も夢ではなくなります。出鼻を挫くアイデアは幾らあっても困らないので、思いついたらドシドシ、コメントをお寄せください(笑)

クリアファイルHack!!

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イキナリ告白ですが、私ホワイトボード大好き野郎でして、もうホワイトボードLoveな人なのです。ですから当然、自宅の書斎コーナーにもホワイトボードが欲しいのです!が、これまた当然お値段と場所の問題で却下されます。

何とかホワイトボードをと願い続けて幾星霜、漸く辿り着いたのは「クリアファイル」を使うということでした。そう、あの書類を挟んで入れておくクリアファイルです。あれの材質は大抵ポリプロピレン(PP)。PPであればホワイトボードマーカーで書いても消せるのです!!



 
こういう事!











簡易ホワイトボードの特徴は以下の通り。
1.軽量
2.安価
3.A3サイズまで対応可(短辺を切る)
4.何処でも広げられる
5.使い回せてeco!

透明なクリアファイルは白い紙を挟んで使うとGoodです!個人的にはグレーとかイエロー、もちろん白のクリアフォルダが見やすくてオススメです。消すときはティッシュでも指でもOKです。

使い終わったら、写真を撮ってEvernote行きでもOKですし、TurboScanなどのScanアプリを使って読み込んでもOKでしょう。コピーを取るときはもう一枚透明のクリアファイルを被せると、コピー機のガラス面を汚さずに済みます。

このHack、営業職の方は活用しがいがあると思います。コレは私の経験ですが、お客様先と面談していて、余りにも要求が複雑でメモしづらいという体験をした方は多いと思います。ぶっちゃっけ一番早くて確実なのは、お客様ご自身に書いてもらうことなのですが、ノートを出しても書いてくれないものです。しかし何故かクリアファイルとホワイトボードマーカーを渡すと「へぇ〜!書けるんだぁ!」と面白がって書いてくれるのです!これで何度救われたことか・・・。

何しろ軽量で身近にあって、場所も取らず、いつでも鞄に入っているような代物であるクリアファイルですが、短辺を切ったA3サイズ対応型を1枚用意しておくけば、それこそ居酒屋やカラオケボックスでブレインストーミングなんてことも可能です。もしもの為に、クリアファイルはホワイトボードにもなると覚えておいて損は無いと思いますヨ!

反逆児の仕事術002-ルールは常に都合良く解釈する

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人間の脳が一番良く活動してくれる時間帯は午前中であるということは脳科学を扱ったどの本にも書かれていますし、知の巨人、外山滋比古氏に至っては、著書『思考の整理学』の中でこう述べられています。
 

朝の仕事が自然なのである。朝食前の仕事こそ、本道を行くもので、夜、灯をつけてする仕事は自然に逆らっているのだ。

そう、朝仕事をするのは「本道」なのです。朝の脳は能率的、午後になると覿面に能率は落ちる。そうであれば朝仕事をするのが一番理に適ったワークスタイルだということになります。何しろ「本道」ですしね。

そこで・・・当社の始業は9時ですが、私はここ1ヶ月、7時には到着し、7時5分には仕事を開始しています。もちろん私が一番早いので、オフィスには誰もいません。電話も鳴りません。つまり昨日書いた「職場騒音」に悩まされることも無く、誰にも邪魔されることもないゴールデンタイムなのです。
この7時~9時でその日の6割方の仕事は片付けられます。片付けられずとも目処は立てられます。何しろ邪魔されないので存分に脳に汗をかくような仕事に取り組めます。

そして9時~12時は目処が付いた仕事を形にする時間。午後は明日の仕込みをする時間。そして定時で帰る。こうすると、脳の働きからして非常に理に適った時間割ができます。

しかし・・・朝7時に出社しているというのは、2時間余分に仕事をしている、つまり2時間残業していることと同義です。これは由々しきことです。反逆児たるもの何とかせねばなりません。会社が決めている就業時間というものが脳の働きにあっていないにも関わらず、自主的に脳の働きにあった就業時間を実行してみたら、2時間"も"多く会社に時間を取られているというのは承伏しかねるところです。


ということで、朝7時から仕事を開始したら、定時の2時間前には「帰りマース!」と言って自宅に帰ってこれるように持って行くのが反逆児の理想とする時間術です。当社だと17:30が定時ですから、15:30には「おつかれっしたー」と会社を出ることができれば理想です。1日の業務時間9時~17:30と同じだけの時間を会社で過ごしているんだから問題ないだろうに、と思うのですが、未だこれは実現できずにいます。何故か定時までは自席にいろと言われるのです。

しかしこちらは反逆児。間違っても「ハイそうですか」とは答えてはいけません。抜け道探しを始めましょう。「定時までは自席にいろ」というのであれば、良いでしょう自席にはいましょう。しかし15:30以降は仕事以外のことをするというのはどうでしょう?つまりこういう屁理屈です。「ええ、言われたとおり、自席にはいますよ、ただやっている事は仕事じゃないことですけどね。何か文句が?」ってなもんです。

この発想の転換により、私は15:30以降定時までは、自席にはいるけど、仕事ではないことをしています。ブログの草稿を書いたり、RSSの未読フィードを読んでみたり、Evernoteのタグ付けを変更してみたり、iPhoneの新しいAPPを試してみたり、Twitterを見てみたり、Someday/Maybeリストを更新してみたり、全くもって仕事とは関係のないことをしてます。これなら自席にいるというルールを遵守しながら、その実仕事をしないことで、まぁ半分は帰ったも同然ということができます。勿論会社に拘束される時間は就業規則通りの時間を差し出していますし、前業した分は夕刻から仕事をしないことにより相殺しているので、就業時間内で全ての仕事を終わらせていることになるわけです。

反逆児たるもの、ルールを自分の味方に付ける手段と方法を常に模索し続けましょう。ルールとは都合良く解釈しようと思えば幾らでもできるものです。高い生産性を保ちつつ、シラっと「お先!」とやるのが反逆児の粋の見せ所でしょう。


ちなみに・・・これも会社で書いて会社からUPしています(^^)/

反逆児の仕事術001ー職場騒音というテロに立ち向かえ!

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仕事術系のネタも少しづつ溜まってきているところなのですが、先般書いた「中小企業で仕事を絞り込む方法と、日本的ワークスタイルの壁」というエントリーに対し、@rashita2さん主宰のPosterousブログR-style待合室にて、「変人だ」と言う評価をいただきました。ありがたいことです。じゃぁどうせ変人なら変人らしく、変人らしい仕事術の記事を書いてみるか、ということで「反逆児の仕事術」と題して、シリーズ化(できれば)してみようと思います。

まず、皆さんの職場を思い出して下さい。職場はどんな「音」が鳴っていますか?電話の音、人を呼ぶ声、プリンタの印刷音、コピー機が印刷している音、FAXの通信音、クラシック音楽のBGM、外の道路から聞こえる車の音、人が歩き回る音、モノをドスンと置く音・・・etc・・・すごい数の音が鳴っていることと思います。

さて、そんな色んな音が鳴っている職場であなたは毎日8時間程度勤務しなければならないわけです。仮にあなたが今30歳だったとしましょう。定年退職は60歳とします。30年働くわけですね。1年は365日、年間休日日数が120日と仮定して、1年に働く日数は245日。30年で7,350日。1日8時間勤務だとその時間たるや約58,800時間!!1万時間の法則に則れば、5種類のプロになれる可能性がある膨大な時間です。(私は34歳なので、ざっくり50,960時間しかありません)

その58,800時間という有限で貴重な持ち時間の中で、何とか仕事を成し遂げたいのに、それを色々なものが邪魔してきます。その邪魔もののひとつが「騒音」です。その騒音の中でも3大巨頭が「電話」と「呼びかけ」と「BGM」です。まず反逆者はこの「騒音」に立ち向かいましょう。

電話は相手の都合による、一方的な暴力です。反逆児であればケーブルを引っこ抜いて鳴らないようにするか、他のデスクに移動させちゃいましょう。できることなら、いっそのこと電話がかかってきたら着信音が鳴る前に「大変恐れ入りますが、当社では電話でのお問い合わせは全てお断りさせていただいております。次に申し上げる弊社代表のメールアドレス宛に、Eメールでご連絡をいただけますようお願いします。担当の者より折り返しご連絡申し上げます」とでも自動応答にしてしまっても良いのではないかと思います。代表メールであれば、担当の人が確認しているでしょうから、社内アウトソーシングが可能です。知らない間に人に電話という暴力への対処を任せてしまいましょう。大体電話で話さなければならないような超至急の重大な事案など、命に関わる仕事でも無い限りそうは起こりません。それと携帯電話の番号を顧客に教えるなどという愚を犯さないようにご注意を。その顧客はひっきりなしに携帯電話に電話してくる困った客へとスグ変貌すること請け合いです。

次に一番腹立たしい「お〜い、XX君、あの件どうなってる?」とか「ちょっとココを教えてくれ」とか「ちょっとこれ手伝ってくれ」などという、上司や管理職からの超一方的な呼びかけという騒音です。大体コレは仕事がノッているときに来るというマーフィーの法則があるから余計にタチが悪いものです。これは自衛するしか手立てがありません。私はイヤホンを耳に突っ込み排除しています。最初はもの凄く険悪になりますが、「自分はこの方が生産性がこれだけ上がる」という説明を用意しておいて、何か文句を言われてもその説明を水戸黄門の印籠のように使って黙らせましょう。どういう説明かって?簡単で良いんですよ「私が助言や指示を求めるときのみお力を貸して下さい。進捗報告は毎日日報(日報が無ければEメール)で提出します。何か問題がありますか?」と言えばOKです。これだけで「毎日報告・連絡していること」「相談があればこちらから行くこと」が伝わっているわけです。報告・連絡・相談という所謂ホウレンソウは守っているんだから黙ってろってワケですね。たいてい、こちらが忙しいときにその空気を読めずに言葉をかけてくる上司は生産性向上に関する勉強をしていません。反逆者としては、躊躇することなく、きついカウンターパンチをくれてやりましょう。

最後にBGMです。皆さんの仕事場はBGMが流れていますか?当社はUSENでクラシック音楽が一日中エンドレスで流れされています。当社の社長曰く「適度なBGMがあったほうが能率が上がる」とのこと。しかし・・・私はこの主張には納得いきません。車の運転のように数をこなし慣れた動作・作業であれば、脳は特に注意を払うことだとは認識しないので眠くなります。その為、覚醒レベルを上げる手段としてラジオを聴いたりした方が良いという理屈は良く分かります。しかし仕事の場合は話しが別。私は基本的に仕事は、5感を総動員してひとつのことしかやらないという超シングルタスクでやるほうが生産性が上がると思っています。シングルタスクがベストであることは多くの書籍に書いてあることです。私は基本的に完全無音状態が一番集中できるので、常にイヤホンを耳に突っ込みホワイトノイズを流しっぱなしにして遮音しています。唯一音楽の力を借りる時があるとすれば、何となくノッてきた時に、後押ししてくれるアップテンポの曲を聴くというのは有効でしょう。つまりダラダラ流れている音楽と自分の仕事のテンポが合うことは少ないでしょうから、その時に合う曲を自分で選曲できるようにしましょうということです。音楽は味方に付ければ心強い相棒となってくれます。

何故か日本の職場は、あちこちで聞こえる話し声(大体が無駄話)や電話がジャンジャン鳴っている様子が「活気がある職場」であり「良い職場・良い会社」とされる向きがありますが、これは大間違いだと私は思います。限りある集中力・創造力・思考力というエネルギーを、電話や上司の戯れ言、仕事のリズムに合わないBGMというテロに邪魔されてはなりません。反逆児たるもの、自分を他人に無理に合わせる「協調性」なるものを重視する日本的仲良しこよしワークスタイル、馴れ合いワークスタイルにはキッパリ決別しましょう。むしろ他人に多少嫌われてでも「自分の生産性を最大限に上げる道」を選びましょう。変人だと思われていたとしても、そのワークスタイルが、生産性向上に繋がり会社に貢献していさえすれば、周りは納得せざるを得ません。勇気を持って実行してみてはいかがでしょうか?
(多分、次回もあると思います・・・)

愛着品紹介013ー長い友だちでいたいから。『薩摩柘植のヘアブラシ』

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「髪」という漢字の正確な字源は知りませんが、この漢字を覚える時、私は「髪は長い友だち」と覚えました。髟(かみづくり・かみかんむり)は「かみのけのたれた様を表す」と『漢字源』改訂新版に載っていますので、あながち間違いでもなさそうです。ともあれ、髪の毛とは一日も長く良好な関係を保っておきたいと思うことには男女問わず多くの方に同意いただけると思います(^^;)

さて、写真のヘアブラシのお値段、幾らくらいだと思われますか?
・・・・・
・・・・
・・・
・・

正解は、28,350円です!

「高っけー!」と思われたと思います。しかし価格に見合うだけの価値と理由がちゃんとこのブラシにはあるのです。

薩摩柘植で作られた櫛は江戸時代から「櫛になりたや薩摩の櫛に諸国娘の手に渡ろ」とうたわれ全国にその名を知られるほどに有名です。柘植は緻密で固い木なので櫛の歯が折れにくく、色の艶が美しいことが魅力です。黄色くてなめらかなその肌は黒髪に染まるごとに渋みを増し、年を重ねるに従って見事な光沢が出てくると言います。櫛の場合、日本女性の長い黒髪に艶のある黄色の櫛がスーッと通っていく様は実に美しい一瞬だと思います。

というわけで、柘植の"櫛"は結構見かけると思うのですが、これは"ブラシ"です。櫛とブラシは何が違うのか?それは「櫛は髪を美しくするもの。ブラシは髪を育てるもの」と言い、このブラシは最初こそあたりが強いものの、地肌を優しくマッサージしてくれ、頭皮の汚れを掻き出してくれます。また、柘植素材の最大の特徴として、静電気が殆ど生じないので、頭皮にほどよい刺激を与え、枝毛や抜け毛、切れ毛が少なくなるのです!つまりこのブラシは立派なヘアケア用品なのです!!

残念ながら長い友だちになれず、カツラ君とか発毛君いう友だちを作ると、ん百万円というお金が必要だと言います。となれば、カツラ君と友だちにならないで済むようにしてくれる道具が28,350円で手に入ると思えば安いものだと思います。

私が所有しているのは、歯はもちろん柄の部分も薩摩柘植の品です。柄を他の材質にしたものもあり、それであればもっとお安くなるのですが、やはり銘木薩摩柘植の木目の美しさ、手触り、質感、重さの魅力には抗えずこれを買い求めました。もちろん天然物ですので、同じモノは二つとありません。柄の長さ、厚さ、重み、歯の数によってお値段は変わってきますし、柄の部分人それぞれ使いやすいと感じる形が違うというのも選ぶ楽しみが味わえる製品です。

使い心地が良いことは言うまでもありません。コレ本当に気持ち良いんです。耳の上の当たりを、顔から首にかけて少し力を込めて梳くと、嘘か誠か停滞したリンパが流れると言います。実際、何度か梳くだけで頭が軽くなり、軽い頭痛程度であればこれで治ってしまうくらいですから、本当なんだろうと私は思っています。

手入れも椿油を月1回くらいのペースで綿棒に染みこませて拭くだけですし、普段の手入れは、たこ糸を束ねた専用のブラシクリーナーゴシゴシこすりつけるだけでOKという手間いらずなところも嬉しいところです。歯が取れたり折れたりした場合はちゃんと修理してくれますから将に一生モノです。そして、なんとこのブラシ実用新案登録されているので、こういう製品にありがちな「本当に〜?」という疑念を払拭してくれ、安心して購入できます。

そんな素敵なブラシを作られているのは「喜多つげ製作所」さん。ネット通販もしていらっしゃいますが、全国のデパートで催される物産展にも積極的に出展されていらっしゃいますので、是非ホームページでチェックして、実際に手にとってご覧になられることをオススメします。

最近髪が細くなったような・・・最近枕に抜け毛が・・・とか寂しいことを言う前に、悪いことは言いません。是非このブラシを一度お手に取られてはいかがでしょうか?(別に喜多つげ製作所さんの回し者ではありませんヨ(^^;))

シンプルライフと殺風景の境界線

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一昨日の名古屋遠征の際、ビジネスホテルに一泊しました。ホテルの部屋はまさにシンプルライフの王道といえる空間かもしれません。ベッド、ライティングデスクとチェア、TV、小さい冷蔵庫、ユニットバス、照明、鏡、カーテン、以上!という感じで、一切の無駄がありません。お金が沢山あったらどんな家を買う?という話しになると、いつも義母は「ホテル住まいをする」と答えます。理由は食事は作らなくて良いし、洗濯もお願いできるし、家事の一切をしなくて済むからだと言います。なるほど確かにホテルにずっと暮らすことができたらこれ以上身軽なライフスタイルもないのかもしれません。

少々話しは逸れますが、『THIS IS IT』のDVD特典映像の中で、公演を50回に増やすオファーをした時のエピソードが紹介されています。Michael Jacksonは2つの条件を出したそうです。ひとつは「ギネスに申請して欲しい」ということ、もうひとつは「家族と過ごせる家を確保して欲しい」ということです。この条件は私にとってはとても意外な条件に思えました。MJほどの人になれば、食事から洗濯まで身の回りのことは全て、その専門の人がやってくれるでしょうし、ホテルであれば最上階の超ゴージャスなお部屋でしょうし、当然プライバシーは守られ、セキュリティも最高レベル。寝具から調度品、アメニティに至るまで全て洗練された無駄のない空間に身を置くことができたはずです。しかしMJはホテル暮らしを嫌い、「家」を要求したというのは少々違和感を覚えずにはいられませんでした。

今回私が泊まった部屋は極々普通のシンプルな部屋でした。キチンと清掃が行き届いていて清潔でしたし、色合いもシックに纏められていて結構良い感じでした。しかし始めはどこか余所余所しく、何というか私を歓待してくれているようには思えず、どうにも落ち着けなかったのですが、部屋に荷物を置き、ジャケットを壁にかけたところで漸く部屋が私に馴染んだ印象を受けました。着慣れた愛用のジャケットを壁にかけて、それを見て初めてホッとできた自分を発見したのです。これは何だ?としばし考え込みました。

生活に必要な最低限のモノしか所有せず、シンプルに生きる。身軽で清潔で潔いとても素晴らしいライフスタイルだと私も思います。ヘンリー・D・ソローも「シンプル」に関しては、このような言葉を残しています。

 
シンプルに、シンプルに、生きよう。すべきことは百や千ではなく、二つか三つでいいのだ。


僕は確信している。もし人がすべて僕のようにシンプルに暮らせば、盗みや強盗なんて耳にしなくなるに違いない。そういった犯罪は、必要以上に所有する人が一方で、十分にものをもたない人がいる社会でのみ起こるのだ。

しかし、今回私が気づいたのは、必要最低限しかモノが無い生活では「心」は安らげないのではないかということでした。モノを沢山持っていることが=豊かであるとは私も全く思いませんが、どうやらモノを単に減らせば万事解決といくようなそれこそシンプルな問題でもなさそうです。でなければ極限にシンプルなホテルの空間で最初から存分に寛げなければオカシイでしょう?

私が思うに、必要最低限のモノしか所有しない生活とは「殺風景」と紙一重と言えそうです。そして殺風景の「殺」という字の相手は、私たちの心なのではないかと思います。故に、必要最低限+毎日愛でることができるだけの愛着品を持つこと。これが一般人にできる一番シンプルな生き方と言うことになるのではないかと思います。愛用品みたいなものがあるだけで、まるでそれがお守りのようにもなり、その場を自分の居場所だと特定してくれるような気がします。今回の私のジャケットがそうであったようにです。そんな生活必需品ではないけれど、大切にしているモノが全くなければ、心が寛げるだけの空間にはならないのかもしれません。どんなに楽しい旅から帰ってきても「やっぱり家が一番だ」というのは、家にあるモノたちが心をマッサージしてくれているのかもしれないなと思いました。

ちなみに・・・ソローはこんな言葉を残しています。が、私はどうやら前者のようです(^^;) たとえ前者であっても少しでも後者に近づけるよう研鑽していく道程こそがその人のライフスタイルであり、そのゴールのひとつがシンプルライフなのかもしれませんね。

粗野な人がシンプルに暮らすのは、無知と戯れているか、または怠惰によるものだ。しかし、物事を深く考える人がシンプルに生活するのは、そこで得られる知恵によるものである。

ちなみに・・・写真は「森の家」でソローが使っていたデスクのレプリカだそうです。あんなに多くの著作を残した人の机とはちょっと思えないくらい小さく、部屋もシンプルそのものです。これぞ知恵ある人の成せるシンプルライフなのでしょう。