自分をメンテできる職人になりたい

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「ポジティブ・シンキング」「前向きに頑張る」「努力すれば夢は叶う」どこの雑誌にも、どの自己啓発本にも書かれていることです。これらは良いことのように思えます。信じて実践している人も多いことでしょう。「より良い自分になり、より良い人生を送る」ことは、確かに素晴らしいことだと私も思います。しかし、こういう前向きな考え方によって、かえって自分自身が摩耗してしまっているように感じることはありませんか?

私が鬱病という何とも厄介きわまりない爆弾を抱えているので余計にそう思うのかもしれませんが、とにかく「ポジティブ」や「前向き」に生きることは、私にとっては苦行です。正確に言うと「出来ない」のです。

病気を患って(今も闘病中ですが)出来なくなったことは沢山あります。例えば体力的に無理が利かなくなりました。薬のせいでお酒も飲めなくなりました。他人とコミュニケーションを取るのが苦手になりました。他人と話すのがヘタになりました。昔は「きっかけさえ掴めば誰が相手だろうと必ず売ってみせる」と豪語していた、猛烈営業マンでしたが、今はもう誰かに製品を売り込むなんてことは到底無理です。(実際某社の製品の一括受注台数記録は未だに私が一位だそうです)

どうやら病気ということをきっかけに私の中のエンジンはフェラーリのそれからプリウスのそれへ乗せ替えられてしまったように思います。
「ポジティブに」「前向きに」「ひたすら前へ」を実践しようにも、フェラーリの様な高出力のエンジンがない以上、私にはどう頑張っても無理だと感じています。


その代わりに、病気の前はあれこれチヤホヤしてくれた人が大勢去って行く中で、それでも残ってくれた人は私が守らなくてはならない大切な人間関係だと見極められましたし、自分の人生を嫌が負うにもダイエットした結果、ここだけは譲ってはいけないというものも朧気に見えてきました。ここだけを大事に慈しむようにしよう。そして何か危機があったとしても、このポイントを守るために、一瞬だけ高出力が出せればよいのであって、常に全開で行く必要なない(し出来ない)と最近は考え方を変えるようにしました。

日常生活というのは高速道路ではなく、一般道ではないかと思います。一般道ではフェラーリの性能を100%出して走ることは難しい。むしろプリウスのように低燃費で効率よく走る方が向いています。
しかし、いざという高速道路では、フェラーリが優勢なのは間違いないとは思います。しかし、それも日々メンテナンスをしていればの話し。フェラーリのエンジンが気むずかしいということは良く言われていることです。いざという高速道路でエンストしてはせっかくのフェラーリも意味がありません。ならばプリウスでも、故障もなく走れば互角に勝負できると思うのです。まるで兎と亀の童話のようですが。


日々を無理して「ポジティブに、前向きに」と背伸びして生きる必要はなくて、重要なのは守らねばならないポイントと、自分を日々メンテナンスすることなんじゃないか。そこそこ、ほどほどに暮らしていくという生き方だったら、今の私でも出来るし、自分自身を鉋で削るような真似をしなくて済み、自分を、自分の大切な関係や譲れないものも、長持ちさせられるのではないだろうか?と思うのです。

自分を扱えるのはやっぱり自分しかいません。その為に必要な技術は人それぞれでしょうが、「自分を長持ちさせるための技術を持つ職人」になりたいと私は思います。いざという時のためにも、普段何かと無理をさせがちな、「自分」と保守契約を結んだほうが良いのではないかと思っています。まぁ、今ちょっと病気で伏せっているので、こんなことを考えるのかもしれませんし、そもそも私自身が、私のメンテナンスが出来ていない証でもあるわけですけれども(^^;)
皆さんはご自分のメンテナンス、ちゃんとできていますか?

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